魔石の謎

 例の事件から数ヶ月。私は着実に医学の知識をつけていった。授業やテストでは苦戦したものの好成績をキープし、それ以外の時間は図書館に入り浸った。そこで、シーナと共に自習をしたり、たまにサボったりも……。


 勉強は楽しかった。魔法はいつも、私をワクワクさせてくれる。


 中でも興味深かったのは、魔石の授業だ。魔石は、以前ジジイに触らせてもらったことがある、魔力を流すと発光する不思議な石のことだ。洞窟やモンスターの宝物庫などから入手することのできる、いわば高級品だ。

 また、驚くべきことに、魔石は魔力を蓄える性質があるらしい。魔石が破壊されると、その魔力も放出されるのだとか。


 しかし、生物や物の持つ魔力は、常に流れているので、一つの場所に留まっていられるのは非常に珍しいことである。

 膨大な魔力の塊……私はそれに、シーナにかけられた呪いと同じものを感じた。



 その日、私とシーナはいつも通り、図書館の五階に集まっていた。対面して席に座り、少し緊張しながら言う。


「シーナ、右目を見せてくれない?」

「な、何故ですか……? まぁ、あなたなら大丈夫だとは思いますけど……」

「まぁちょっとね、確認したいことがあって」

「なら、まぁ。いいですけど」


 シーナは恐る恐る、前髪を上げた。私はぐっと顔を寄せて、シーナの右目を覗き込んだ。


「なんだかこれ、恥ずかしいですよ!」

「目、逸らさないで」

「なっ……!」


 私は赤面しているシーナの右目に、そっと魔力を流し込んだ。ヒールするときと同じ要領で、手のひらをかざして、力を込める。

 すると、シーナはギュッと目を瞑って、すぐさま目を逸らした。これは間違いなく、何かを感じたんだ。


「大丈夫?」

「は、はい……なんだか変な感じでした。温かいというか、魔力を感じるというか」

「魔力を感じる? そうか……」


 私は、魔力を感じる瞳に覚えがあった。校長がもつ魔眼の能力である。もしもシーナの目が魔眼なのであれば、魔石と同じような性質を持っている可能性があるかもしれない。


「シーナ、あなたの瞳は、もしかすると魔眼かもしれない」

「魔眼? あの……噂には聞いたことがありますが」

「そう。その魔眼を解明すれば、呪いが解けるかもよ」

「えっ……? 私の呪いが、ですか?」

「まだ分からないけどね」


 シーナは信じられない、といった様子だった。実際、私もこれで呪いを解明できるという確証はない。それに、彼女が入学から数年間呪術の勉強をしても解明できなかったんだ。私の知識程度でなんとかなるかどうかは分からない。

 ただ、できることはしてみよう。このままシーナが、呪いに怯えて生きていくと思うと辛くなってくる。


「今度校長に話を聞いてみるよ、彼女も魔眼持ちなんだ」

「あ、ありがとうございます! その、スミマセン……お世話になってばかりで」

「まぁ気にするなよ、私は医者になる人間だからさ」


 少しカッコつけて、そう言ってみた。そうだ、私は医者になるんだ。友達にかけられた呪いの一つや二つ、すぐに祓ってやるよ。

 ……なんだかカッコいいぞ、このセリフ。また今度使ってみよう。



 校長に接触するのは非常に困難である。何せ、学校で一番偉い人だからな。多忙なのだろう。前回は偶然会うことができただけだったようだ。


 が、生徒会長を通じてなんとか時間をとってもらうことに成功した。

 そして、数ヶ月ぶりに校長室にやってきた。やはりこの場所に来ると、三割ほど背筋が伸びる。普段勉強ばかりして猫背な自信はあるのだが、やはり校長室ともなると姿勢を正さないといけない気がするものだ。


「校長、さっそくだけど聞きたいことがある。片目に呪いをかけられた友人がいてさ。それに、恐らくは魔眼持ちでね」

「ほう、私と同じですね」

「でも、校長みたいには使いこなせていないけどね。で、その子の呪いを解くために何か知っていることはないか? 個人的には、魔石の性質と何か関係があるかもしれないと踏んでいる」


 彼女は「なるほど」と言って、しばらく考え込んでいた。


「ミリさんは、魔眼と魔石の性質が似通っていることをご存知なのですね? だから関係があるかもしれない、と」

「まぁね」

「魔石や魔道具に詳しい生徒がいます。その方なら何か知っているかもしれませんね。紹介しましょうか?」

「ほんとか? その、お願いしても?」

「いいですよ。ただし、その……彼女は少し変わり者でして」


 確か、魔法を物に付与するために、魔法陣が描かれた道具を総じて魔道具と呼ぶらしい。

 が、魔道具の研究も呪術と同じくマイナーな学問だ。それ故に、世界的にまだ研究が進んでいないとされている。そんなものに熱心なヤツは、間違いなく変わり者だろうな。


「で、どんなヤツなの?」

「その生徒は、あなたと同じく推薦入学を受けています。そういえば、ミリさんは特別寮ではないのでお会いしてないんですね」

「推薦入学か。今は二人しかいないんだっけ。以前言ってたよな」

「そうです。それで、その……まぁ、会えばわかりますよ。悪い子ではないので」


 ん、何か言い淀んでいたな? よっぽど変なヤツなんだろうか。普通に会うのが嫌になってきたぞ。だがまぁ、なりふり構ってられないな。シーナのためだ。


「その人に会わせてくれよ」

「わかりました。では今度、南口の手前にある『魔道具研究棟』にいる、『ネム』という人物を訪ねてください。あと、ネムさんに気に入られるためのコツも教えます」

「気に入られる? コツ?」


 私は、魔道具研究棟までの地図を手渡された。そして、校長が続ける


「ネムさんはですね、何か甘いものを与えれば餌付けできますよ。ケーキとか」

「な……なるほど?」


 なんだよそれ。というか、校長が生徒に餌付けとか言っていいのか。倫理的に。この人の性格は本当に読めないな、全く。

 とにかく、気の利いた差し入れさえあればネムとやらとは仲良くできるということか。なるほど、これは確かに変わり者だな。


「色々言いたいことはあるけど、教えてくれてありがとう。校長」

「いえいえ、お力になれたなら幸いです。では、そろそろ行きますね。次の用事があるので」


 そう言って、校長は立ち上がった。



 私は棟を出て、いつの間にか日が暮れていることに気がついた。暗く静かな学校をゆっくりと歩く。

 どうやらネムという人物は、私と違って特別寮に入ったらしい。だからずっと接点が無かったのか。そう考えるとあの時、私が女子寮を選んだからシーナと会えたとも言えるな。


 私はメモを折りたたむと、少しだけ急ぎ足で帰路を辿った。

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