友達から教えてもらったもの
「ミリ、本当にありがとうございました」
「あ、うん」
例の事件の次の日、私の部屋にやってきたシーナは、入るやいなや頭を下げてきた。シーナがいじめられていた理由は、ある時偶然センパイに右目を見られたかららしい。貴族の子で、家柄によるプレッシャーに耐えかねていたヤツは、ストレス発散の対象をシーナに選んだのだ。酷いことを考えるものだな……。
「しかし、ミリが無事で良かったですよ。本当に心配したんですから」
「まぁ、ほら。世の中は金と……後はほんの少しの助け合いだからさ。私はその、助け合いの部分を実行したまでだよ」
「なんですかそれ……ミリらしいですね」
「そうか? 一部は友達の言葉だよ」
「友達、ですか」
シーナは少し俯いて、小さく呟いた。
「私のことも、友達だと思ってくれますか?」
彼女の発言に、私は驚いた。そんなこと、考えたこともなかったからだ。友達ってどうすればなるものなんだ? 何かこう、基準があったら分かりやすいのにな。
……しかし、昨日シーナの居場所を男達に聞いた時、こんな質問をされたな。
『何故そんなことを知りたいんだ?』
『はぁ? その子が私の友達だからだよ!』
確かに私はそう答えた。ということは、もう決まっているな。ずっとそうだったんだ。
「シーナは友達だよ」
シーナの表情はぱぁっと明るくなった。
「そ、それ本当ですか! 私とミリは友達なんですね!?」
「あぁ、そうだけど……圧がすごい」
「あ、スミマセン……」
彼女は噛みしめるように、何度も「友達かぁ」と呟いていた。考えてみると、彼女は『他人から嫌われる呪い』をかけられていたんだな。それも、産まれた時からずっとそうだったらしい。そりゃあ、友達ができたのは嬉しいよな。
私はずっと、自分が世界で一番不幸だと思っていた。貧乏な農民で、父を亡くし、希望の無い世界で必死に足掻いていると……そう思っていた。
しかし、彼女を見ていると、自分は恵まれていると自覚することができた。優しい人に囲まれて、偶然にも魔法の才能があって……案外、私は幸せなんだな。
「シーナ、ありがとう」
「えっ? いや、感謝すべきなのは私ですよ! ミリ、ありがとうございました!」
「まぁ、ほら。お互い様ってやつだよ」
シーナは今にも泣き出しそうな表情で、私に抱きついた。少し動揺したものの、彼女の気持ちを考えると抵抗はできなかった。
「ミリは本当に不思議な人ですね……!」
「それはシーナもでしょ。って、この会話何回目だっけ」
「それもそうですね……って、そういえば」
「そういえば?」
「言い忘れてたんですけど、校長が、時間がある時に校長室に来てくださいとのことでした」
「え……」
どうしよう、怒られるかもしれない。例のセンパイの件で、レンからも注意されたからな。これで退学とかになったら洒落にならないぞ。
「そっか。じゃあちょっと行ってくるよ……だから、一回離れて」
私に抱きついていたシーナは、慌てて元の体勢に戻った。そして、顔を赤くしながら「スミマセン……つい」と呟く。やはり不思議なヤツだ。
歳が近いとはいえ、シーナは私の先輩のはずなんだけどな? 威厳が全く無いぞ。
そして、私はシーナに私が校長室に行く間の「留守番」と「サファイアの餌やり」という使命を与えた。特別に、サファイアを撫でても良いことにした。きっと嬉しいだろうな。なにせ、サファイアの毛並みをチェックできるのだから。
◇
校長室の前にやってきた。なんだか威厳のある大きな扉をノックすると、コンと厚い木の音がした。間もなく、部屋の中から「どうぞ」と返事が聞こえる。
中に入ると、広くて綺麗な空間が広がっていた。壁や柱には大層な装飾がなされており「校長って偉いんですよ」と言わんばかりの豪華さだった。
「ミリさん、こんにちは。早速本題に入るのですが……」
「……うん」
「学校の生活には慣れてきましたか? 何か困ったことなどありませんか?」
「え?」
私は思いもしない質問に驚いた。例の一件について怒られて、それを弁明するまでのシミュレーションを脳内で済ませていたのに。最悪土下座してでも医者の夢を諦めない覚悟だった。
「どうされましたか?」
「え? いや、怒られるのかと思ってたから」
「怒る? あぁ、先日の暴力騒動の件ですか。あれは、生徒会が言っていた通り『厳重注意』です。シーナさんに事情は聞きましたから」
「それだけなんですか?」
「えぇ……ここだけの話、生徒同士のいじめには手を焼いていましたからね」
なるほど、私のしたことは暴力に違いないが、センパイが悪なのは間違いない。だから厳重注意という名目で事を済ませたのか。同時に「次はないぞ」と言われているような気がするがな。
「それで、学校の生活のことだっけ? まぁ、上手くいってるよ」
「それは良かったです」
「それだけ? 校長直々にそんな質問なんてさ。ずいぶん手厚いんだな?」
「現在、推薦入学した生徒の中で在学しているのはあなたを含めて二人だけなんですよ。だから、こうして個人的に話をしたりできるというわけですね。私も、生徒と話すのは好きですから」
なるほど、推薦入学した生徒というのは私の思っているよりもレアみたいだな。そのもう一人の生徒の存在も気になるな。やはり優秀な魔法使いなのだろうか。
「気になりますか? もう一人の生徒のことが」
「……まぁそうだな。というか、前から思ってたんだけど校長は心が読めるの? もしくは未来が見えるとか」
「え?」
「それは魔法? それとも魔眼の力とか?」
校長は私の質問に、可笑しそうにした。
「私はただ、あなたの表情や行動を読んだだけですよ! 魔法じゃありません。人って、思っている以上に顔や行動に気持ちが現れるんですよ?」
「……な、なるほどね」
これは少し恥ずかしいな。てっきり、その魔眼でなんでも見透かしているのかと思った。よく考えれば、そんな魔法が存在したら本に載ってるはずだよな。図書館に籠もって読み漁っても、そんな情報一つも無かったからな。
そういえば、入学前に言っていた話も気になるな。
「校長は私が入学する前に、『旅立ちの瞬間は後悔の無いようにしたほうがいい』と言ってたよね。あれは何だったの?」
「あれはですね、教訓です」
「教訓?」
「そうです」
よくわからない人だな、なんて思いつつ、私は旅立った日のことを思い出していた。あの日、母にあんなことを言ってしまった。そんな時どうすればいいのか、校長なら知っているだろうか。
「校長。私、ここへ来る日に母と喧嘩したんだ。ひどいことを言った上に、そのまま家を飛び出したんだ」
「ほう、そんなことが」
「うん、それでその……ずっとそのことが気になっていて」
校長は表情を変えた。
「でもミリさんは、お母様のところへ帰りたいんですね?」
「まぁね……でも、あんな風に出て行ってしまったからさ。ちょっとね。むしろ、見捨てられてるかもと思ってるよ。こんなクソガキさ」
「いいえ、それは違いますよ! 親というのは、子供のことを捨てたりはしませんから。あなたのことをずっと待っているはずです」
「そうかな?」
「今すぐとは言いません。心の整理がついたら帰ってみてはいかがですか? この学校にも長期休みはありますので」
帰る……か。正直、帰っても何を話せばいいかわからないからな。やめておこう。
「その、ありがとう」
「いえいえ、また何かあったら相談してください」
私は軽く会釈して、校長室を後にした。ひとまず、センパイの件については肩の荷が下りた気分だ。それに、誰かに悩みを打ち明けるというのは、案外スッキリするものだな。
暗い石畳の道を、建物から漏れる灯りを横目に歩いた。女子寮までの距離がやけに遠く感じるのは、早く帰りたい気持ちがあるからだろうか。
────自室に戻ると、シーナがサファイアとイチャイチャしていた。これには心が広いことで有名な私(諸説あり)でも、流石に嫉妬した。私のいないところで勝手ににゃんにゃんしやがって! 混ぜろ!
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