逃げて
そして、とうとう授業が始まった。初めての教室、初めての先生……期待を胸に挑んだ初の授業は「回復魔法入門」。しかし、内容はクソみたいに簡単だった。どうやら、入学してきたばかりの生徒向けらしい。周りの生徒は、魔力の扱いすら知らない様子だった。
私があまりにもつまらなさそうな態度をとったためか、授業後に先生に呼び出された。怒られたわけではないぞ? 飛び級の制度を教えてくれたんだ。よって、次回以降はまた別の教室らしい。なんだよそれ。
授業終わりに、シーナと約束した時間に図書館へ向かった。所謂待ち合わせというやつだ。今日も魔法について色々話そうと決めていたのだ。が、時間になっても彼女が現れることはなかった。
日が暮れて図書館が閉館になるまで、私はずっと待ち続けた。しかし、彼女は来なかった。約束を破るタイプではないと思っていたが……何かあったのか。
諦めて図書館を出ると、入口の前にいた二人組の男の会話が耳に入った。どうやら噂話をしているみたいだ。
「あれは流石にひでぇよ。でも止めたら俺たちがターゲットにされるからな」
「あぁ、あんないじめには巻き込まれたくないな」
いじめか……嫌な予感がする。私はすぐさま、二人の話に割り込んで質問した。
「ねぇ、今話してるいじめの被害者って、白い髪の女の子だったりする?」
「え? あぁ、そうだな。片目を隠してた気がするよ」
「……やっぱり。それで、いじめっていうのは?」
「そのいじめはずっと続くんだよ。知らない?」
その内容は、対象に怪我を負わせてすぐさま治療するというものらしい。そうすれば、バレずにいじめることができるのだとか。クズそのものである。
また、ターゲットにされるのが怖くて、生徒会や先生には誰も報告していないらしい。
なるほど。恐らく昨日のシーナは怪我を負わされた後、図書館に逃げ込んでやり過ごしたが、今日は逆に図書館で待ち伏せされていたのか。
「で、お前ら二人はなんで彼女を助けなかったの?」
私は少しイラついて、生意気なのは承知の上でそう言った。
「なんでって……俺たちがターゲットにされたら────」
「じゃあ放っておくのかよ! クソだな、本当に」
「なっ……そんなこと言われてもな」
「で、今どこにいるの?」
「は?」
「いじめられた彼女はどこへ行ったの?」
男は困惑した様子だった。
「何故そんなことを知りたいんだ?」
「はぁ? ……その子が私の友達だからだよ!」
◇
私は二人に言われた通り、図書館裏の狭い路地へと入っていった。すると、例のセンパイAが、地面に伏せたシーナに向かって何か怒鳴っているところだった。
私は思わず声を荒げる。
「おい、何してんだよ!」
「ん? 何だテメェ! あぁ、最年少で入学したガキか」
そして、私を正面から睨みつける。正直言って怖い。が、シーナが殴られているところを見てしまったんだ。今更引けない……気がする。それに、勝算だってあるんだ。
「何か文句でもあんのか?」
男が威嚇する。私はそのままゆっくりと近づいて、小さく呟いた。
「いや、偶然通りかかって……」
その瞬間、シーナと目が合った。彼女はボロボロになりながら、地面に倒れ込んでいた。そして、唇で「逃げて」と合図をする。しかし、私はそうしなかった。
「通りかかっただけならさっさと消えろ!」
「そうするよ。これだけ借りたらね!」
私は男の首飾りを掴んで、強引に引きちぎった。そして、そのまま走って裏路地から逃げ出した。男は怒り、私の後を追ってくる。やはり、この首飾りはよほど気に入っているみたいだな。いや、奪われたことに怒っているのか? まぁいい。とにかく捕まってはいけない!
背後で私を追っている男から、強い殺気を感じる。それでも、首飾りをしっかりと握りしめ、ひたすら走った────。
息切れは加速し、やがて喉が痛くなった。鼓動のスピードが異常に早くなり、肺がヒリヒリする。
そして広場に差し掛かった頃、足が縺れ、地面に叩きつけられた。私の運動不足の足は限界を迎えたのだ。とても痛い。足元が芝生じゃなかったら大怪我だった。私は擦りむいた足をすぐさまヒールする。
見かねた男は、倒れている私に駆け寄って来る。そして私の胸ぐらを掴み、そのままグッと持ち上げた。コイツにとっては、子供の私なんかは簡単に持ち上げられるのだろう。
首が締まって苦しい。息ができない…………。
「おい、ガキ! テメェもさっきのアイツ同じ目にあわせてやろうか!」
「怪我させてヒールするヤツだっけ、陰湿だな……」
「なんだと! ガキだからって許されると思ってんのか!」
男が拳を振り上げたその瞬間、何かが男の腕に絡まって動かなくなった。腕だけではない。男の全身に、植物が巻き付いて、やがて身動きが取れなくなっていった。男は困惑した様子であった。
────私が使った魔法は、どうやらうまく機能したみたいだ。この辺りにある芝生を成長させ、それらを操り拘束する作戦は、見事成功したらしい。ここまで走った甲斐があったな。
私は掴まれていた手を振り払い、地面に着地した。
目の前にいる、無様なセンパイAを眺めてみる。
「お前がバカで助かったよ」
「なんだと!?」
「たかが首飾りくらいで、ここまで追いかけてくれるなんてさ。わざわざ植物の多い場所までね」
「なっ……殺してやる! 離せ! この野郎!」
男は抵抗するが、強く締め付けた植物の葉は解けない。
その様子を見て、私は良いことを思いついた。コイツにシーナと同じ痛みを味わわせるんだ。怪我させられて、回復させられて、また怪我させられる。考えただけでもゾッとするね。
私は右手に植物の魔力、左手に回復の力を纏わせた。
そして、男を縛っている植物の締め付けを徐々に強めた。すると、男の叫び声とともに、何かが折れるような鈍い音が響いた。それを、すぐさま回復魔法で治療する。そしてまた、締める力を強める…………これが本当の地獄ってヤツだな。
男のさっきまでの威勢は消え、哀れにも命乞いを始めた。
「痛い……助けてくれ! もうやめてくれ!」
「なんで? あなたがシーナにしたことなのに?」
私は何度も何度も、男の骨を折った。そして、何度も回復させた。繰り返すごとに男の抵抗は弱まり、声は次第にかすれていった。助けてくれと何度も言われたが、私はやめなかった。
────突然、背後から女性の声が聞こえた。
「やめて! ミリさん」
声の主は生徒会長のレンだった。その表情は焦りと怒りが混じっている。また、右手には片手剣が握られていた。
「生徒会長……なんでやめなきゃいけないの? それに、剣まで構えてさ」
「この問題は生徒会が処理するから。ミリさん、あなたも生徒会室に来なさい」
「なんで私も? 私はただ……」
「理由はシーナさんから聞いたよ。でも、暴力は暴力だから」
やがて、複数の生徒会の人間が集まってきた。そして、私とセンパイAは別々の部屋へと連れて行かれた。
なんで私が、なんて思いつつも、途中さらシーナと合流し、先生や生徒会長に入念に事情を説明した。また、シーナを見捨てた二人組もその場に来て事情を説明していた。
その結果、私は厳重注意、センパイは退学となった。
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