君を蝕むモノ

 図書館は縦に長い建物だった。なんと五階建てらしい。一階には受付と授業に関する本、二階には回復魔法、三階に薬学、四階に小説、五階には呪術についての本があるそうだ。呪術とは、回復魔法のサブジャンルといえばいいか。病気でも怪我でもなく、人為的あるいは自然によって発生する「呪い」についてを解明するものらしい。かなりマイナーな学問だ。


 私は、二階の回復魔法のコーナーから気になる本を引っ張り出してきた。が、この階にある席は何人かのグループが陣取っており、その横に座るのが気まずかった。

 私は思い切って、五階まで上がることにした。マイナーな学問なんだから、きっと席もガラ空きだろう。人気がないから最上階なんだな、きっと。


 五階まで上がりきるころには、すでに息切れしていた。予想通り、人の気配が全く無い。こころなしか薄暗く、掃除も行き届いてないように感じる。

 私は窓際の席について、本をパラパラとめくり、これから習うであろう内容についての予習を始めた。内容は思ったよりも簡単で、すぐに理解できそうだった。


 が、部屋の奥から聞こえる物音に気がついた。なんだろう、虫とか幽霊とかだったらどうしよう。虫だったら放っておけばいいし、幽霊だったら……どうしようか?


 私は、物音の正体を確認するために本を閉じて立ち上がった。そして、音のする方へと歩き出す。よく耳を澄ますと、それは人の泣き声だった。


 恐る恐る近づいてみると、一番奥の本棚の裏に、ある少女がうずくまって座っているのが見えた。白い髪で、はっきりとは見えないが右目を隠している。間違いない、彼女だ。


「シーナ? どうしてここに?」

「あっ……ミリ」


 目があったシーナの瞳は、涙で潤んでいた。そっと近寄ると、彼女の全身に痣のようなものがあった。また、唇からは血が垂れている。


「シーナ、怪我してるぞ!?」

「あっ、これはですね……」

「治すから待って」

「えっ?」


 私はサファイアに使ったものと同じ回復魔法を使って、シーナを治療した。すると、痣だらけだった身体はすぐに元通りになった。やはり、私はこの程度の回復魔法だったら使えるんだ。


「ありがとうございます……ミリ。回復するの上手なんですね」

「上手……? まぁなんでもいいけどさ。色々聞きたいことがある。まず、どうして自分で治療しなかったの?」

「私、回復魔法が使えなくてですね……」


 ほう、この学園にいてそんな人もいるんだな。そういえば昨日、呪術が専門と言っていたような……?


「じゃあ、なんで怪我したの?」

「いやぁ、その……いじめってやつですよ」

「誰から? 誰にやられたんだ?」

「言わないですよ。ミリも巻き込まれちゃうかもしれないでしょう」


 そうか、いじめか……聞いたことはあったが、本当に実在するとはな。しかし、こんなに派手に怪我させておいてよくバレないでいるな。一体どんなヤツが……ん、そういえば。


「もしかして、ダサい首飾りをつけたヤツにやられた?」

「なっ……知ってるんですか?」

「いや、一度話しかけられたから無視したけど」

「そうですか。目をつけられてないといいですけどね……というか、ダサい首飾りって。本人は気に入ってるみたいですよ……はは」


 やはりセンパイAだったか。

 シーナはゆっくりと立ち上がって、涙をぬぐった。


「あの、ありがとうございました。これ以上いると愚痴ってしまいそうなのでもう行きますね」

「なんで? もう少し話そうよ」

「え? ……私なんかと話しをですか?」

「そう。暇だからね」


 シーナはクスッと笑った。そして「あなたは不思議な人ですね」と言った。私は、「シーナもでしょ」と返し、元の席に戻った。


 そして、しばらくの間他愛もない話で盛り上がった。呪術についての詳細や、オススメの本なども教えてもらった。どうやら、回復魔法はさっぱりだが、呪術については相当詳しいらしい。

 彼女曰く、呪いというものは、回復魔法でも治すことのできないモノもあるそうで、その効果は様々らしい。呪いはかつて、戦いの手段として用いられたが、術者自身にも害を及ぼすために使う人は減った。そんな呪いを祓う技を会得するために、彼女は日々勉強しているそうだ。


「色々教えてくれてありがとう。そこそこ楽しかったよ」

「そこそこって……まぁ良かったです」

「ところで、シーナの右目の件だけど。やっぱり気になるんだよね。なんで隠してるの?」

「なっ……それは」

「見せてよ」


 シーナは席から立ち上がり、私から距離をとった。


「どうして逃げるの?」

「右目は見られたくないからです」

「そんなこと言われると余計気になる」


 私はジリジリと彼女に近寄るも、彼女は距離をとった。引きこもって勉強ばかりしていた私の探求心を舐めるなよ。逃がしてたまるか。

 私はシーナに飛びかかるが、彼女は必死に抵抗した。しかし、私はやめなかった。床に倒れ込んだ彼女に馬乗りになって、獣のように襲いかかる。


「大人しくしてろ」


 私は彼女の髪をかき上げ、強引に右目を見た。が、ごく普通の右目だった。色も左と同じ青色で……綺麗だった。何の変哲もない瞳である。

 しかし、シーナは絶望、あるいは恐怖したような表情を浮かべ、また泣き出してしまった。


「あー、ごめんってば……普通に綺麗な瞳だったよ。そんなに恥じなくて良いと思うけど」

「えっ?」

「えっ?」


 予想外の返事に困惑した。しかしシーナも、同じ様子だった。


「私のこと、嫌いだとか思わないですか? 後はその、憎悪とかが湧いたり……」

「は? そんなの感じたりしてないけど」

「えっ! わ、私のこと殴りたいとか思わないんですか?」

「思うわけないだろ……」


 どういうことだ? 普通、目を見ただけで嫌いになったりしないだろ。別に目つきも悪くないしな……うん? まさか。


「もしかして、シーナの右目は呪われているのか?」

「……はい、よくわかりましたね。目を合わせると、みんな私のことが嫌いになるんですよ。でも、ミリだけは違う……ようですね?」

「まぁね。なんでだろ」


 私はひとまず立ち上がり、また席に戻った。彼女も落ち着いたのか、私の隣に座った。


「ミリは呪いに耐性でもあるんですかね?」

「わからない……もしかして呪いってのは魔力に近いものなの?」

「それはどうでしょう。ただ、魔法の中の一つとして扱われることがあるので、そうなのかもしれません」

「なるほどね。昔さ、言われたことがあるんだよね。私の魔力量は膨大過ぎて、他の魔力に気づかないことがあるって。そのせいかもね」


 シーナはまた笑顔になった。


「ミリは本当に不思議な人ですね……!」

「それはシーナもでしょって」


 私達はその後、すぐさま世間話を再開した。正直、彼女と話すのは楽しい。また、私が魔法学園に来た経緯をシーナに話すと「すごいですね」と言ってくれた。友達というのは、こういうものなのかもしれないな。クラリス以来だな、こんなに他人と仲良くなったのは。


 これは悪くないかもしれない。不安ばかりの魔法学園生活だったが、彼女となら乗り切れそうだ……。


 けど、やはりいじめの件が引っかかるな。

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