隣同士
部屋に戻り、完成した料理をサファイアと一緒に食べた。料理の出来は三十点なのに対し、食材は百点満点なので非常に美味しかった。サファイアもずいぶんと嬉しそうにしている。
けれど、少しだけ寂しい気持ちになった。せっかく入学したんだからと贅沢したつもりだったが、思っているほど良いものではなかった。むしろ、母のいない食卓はいつもより広くて辛い。
「サファイア、なんだかもうすでに帰りたくなってきたよ……まぁでも、帰ったって追い返されそうだ。あはは…………」
「にゃ?」
サファイアは私の目を覗き込んで、首を傾げた。その拍子に、母がくれた首輪についた赤い宝石が揺れる。
私がそのモフモフ具合を確かめようと手を伸ばした瞬間、サファイアは私に背を向け走り出した。そして、部屋の扉の前でピタリと止まる。そのまま、何か言いたげな目でこちらを見つめた。
「どうしたの? 外に出たい?」
「にゃあ」
私が扉を開けると、サファイアは真っ先に廊下を駆け抜けて、隣の部屋の前まで向かった。そして、前足を器用に使ってコンコンと扉を叩く。
この部屋は確か────。
「なんですか、こんな時間に」
ガチャリと扉が開いて、先程の白髪の少女が嫌そうな顔をして出てきた。やはりこの部屋だったか。
「あ……」
「何故ハズレくじが当たった時みたいな顔して突っ立っているんですか? 要件はなんです?」
「いや、用はないよ。ノックしたのはサファイアだから。ややこしくてすまんな」
「そうですか」
彼女は視線を落とし、サファイアの姿を見て納得した。猫とは自由気ままな生き物だからな。許してくれたまえ。
私はすぐさまサファイアを抱え部屋に戻ろうとしたが、その途中で呼び止められた。
「あの……さっきの料理、うまくいきましたか?」
「まぁ、そこそこ。余ってるけど、食べる?」
私は自分の部屋を指差した。さっきお礼を言えなかったし、ついでにこの学園のことでも聞けたらいいな、などと考えた上での提案だった。すると、彼女は何故か動揺していた。
「なっ……そうなると私が部屋に入ることになりますよ?」
「駄目なの? そういうルールでもあったっけ?」
「いえ、そんなものはありません。ですが、その……そういった経験なくて」
彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。
「へぇ、友達とかいないんだ」
「う、うるさいですね! じゃああなたはいるんですか!」
「いや、その……必要ない」
「はぁ……珍しいですね。普通友達って欲しい、って感じるものじゃないですか?」
友達が欲しい……か。思ったことないな。だって、そんなものがいても医者になるのに必要ないし。むしろ、妨げになるかもしれないし。クラリス? あいつは……そうか、友達か。
そんなことはいい、立ち話は疲れた。
「で、来るの? 来ないの?」
「えっ? あ、それじゃあ……お邪魔します」
彼女は恐る恐る私の部屋に入った。そして、「何も無い部屋ですね」と一言。昨日来たばかりだから仕方ないだろ。これから色々増えていくよ、多分。
サファイアはというと、また窓のフチの定位置に戻って眠たそうにあくびをした。どこか、満足げな顔をしているようにも見える。
彼女はベッドの上に腰掛け、私が渡した器をじっと見つめた。中には先程私が作ったスープが入っている。
「本当にもらっていいんですか?」
「食べきれなかったからさ、丁度良かった」
「ありがとうございます……」
彼女は一口飲んで、ゆっくりと味わった。
「どう? あまり自信はないけど……」
「美味しいですよ。言った通り芯も取ってますね」
「でしょう? 自信作なんだよね」
「はぁ、さっきと言ってることが違う気もしますが」
彼女はなんだか嬉しそうだった。そんなに腹が減っていたのか? それとも思わず口角が上がるくらい美味しかったのか? 不思議なヤツだな。
「君、名前は?」
「私はシーナといいます。あなたは?」
「ミリ」
「ミリですね。よろしくお願いします」
シーナはまた、嬉しそうに笑った。
そんな彼女の姿を眺めていると、彼女が右目を隠していることが気になった。怪我でもしたのだろうか。
「シーナはなんで右目を隠しているの?」
何気なく聞いてみた。が、その質問で彼女の表情は曇った。
「な、なんでもいいじゃないですか……別に」
「いや、でも気になってさ」
「関係ないですよ、ミリには」
「うん……まぁ、それもそうか」
彼女の言う通り、私には関係ないな。どうせ本とかに登場するイケメンダーク主人公に憧れているのだろう。気持ちはわかる。私も闇のパワーで敵を一掃したいと思うことくらいあるからな。闇の力で土を金に変えるのも良さそうだ(そんな力があれば、金の価値が無くなる気がするが)。
その後、シーナに学園の生活や授業について聞いた。学生たちがどのような生活しているのか、授業は難しいのか、どんな先生がいるのか……スープの器が空っぽになる頃、彼女は礼を言って自分の部屋に戻った。
◇
次の日、授業が始まるまでの間の余暇を潰すために散歩に出ていた。散歩といっても、広大な学園の敷地をうろついて、それぞれの建物や教室の場所を把握するというのが目的だ。ちなみに、サファイアはお留守番だ。
学園を歩いていて気がついた。何故か、すれ違う人たちに視線を向けられる。そんなにジロジロ見るなんて、私の服がそんなに変なのか? それともロリコンなのか? ……などと考えていたが、恐らくこの年齢の学生というのは、彼らにとって珍しい存在なのだろう。
校長曰く、最年少でかつ異例の若さで入学したから、何もしなくても注目を浴びる事があるかもしれない、とのことだった。
まぁ、すれ違う度に見られるくらいならいいか。実害はないからな。しかし、これだと気分が良いのか悪いのか分からないな。
私は、校長と休んだ場所で同じベンチに座り、水筒に入った水をグッと飲み干した。
すると、背後から聞き覚えのある声がした。
「こんにちは! 新入生さん!」
見ると、茶髪でショートヘアのお姉さんが元気に手を振っていた。前にも挨拶されたことがあるな。確か、生徒会の人だっけ。ギラギラしてて苦手なんだよな、この人。
「こんにちは……えっと」
「私はね、生徒会長のレンだよ。よろしくね」
「あ、どうも。私はミリ」
「ミリさんね」
レンは私の横に座り、「ふー休憩しよ」と言って水筒を取り出した。しれっと相席するんだな。そして生徒会長だったんだな。
「生徒会長は、いつもこの辺りをうろうろしてるの?」
「うろうろって言うか、パトロールがてら挨拶して回ってるんだよ。異変とかにすぐ気づけるでしょ」
「へぇ」
ご苦労なことだな。私とは正反対の人間って感じがするよ。まず、よく他人のために時間や労力を使えるよな。それとも、成績に影響でもするのかな。それだったらまだわかる。
「ミリさんは、入学したてだよね? 何か困ってることとかない?」
「あ、そう。丁度困ってたんだ。暇すぎる」
「え?」
「授業が始まるまでの準備期間が暇すぎる」
レンは困惑した様子だったが、すぐに状況を理解した。もしかすると、入学したばかりの生徒にはよくあることなのかもしれない。
そして、図書館なるものをオススメされた。なんと、沢山の本を無料で借りることができるらしい。しかも、館内には机と椅子が沢山あって、自習や読書もできるとのことだ。そんなに素晴らしい施設があるのか、何故誰も教えてくれなかったんだ。いや……昨日校長が言っていたような気もするな。
私はレンにお礼を言うと、ふらふらと図書館へ向かった。
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