魔法学園と呪われた少女
魔法学園での新たな生活
入学の日の、涼しい風が吹く昼下がり。魔法学園の大きな建物の真上で、太陽がやや雲に隠れていた。
母とのやり取りで心がモヤモヤする中、書類を持って前回と同じ部屋に来ていた。おそらくここが校長室だ。
校長は奥にある豪華な机の前に座り、書類を受け取るとサインを始めた。やけに高そうな椅子だ……一体金貨何枚分の座り心地なんだろうか。サファイアは、私の肩の上で退屈そうにあくびをする。
「ではミリさん、これから私が学校や寮を案内しますね」
「校長先生が直々に案内してくれるんだ」
「ええ、貴重な推薦入学の生徒なんですから。特別な扱いを受けるのも当然でしょう」
「へぇ……」
私はジジイに言われるまま、必死に推薦入学を目指していたので、それがどれくらい難しいかどうかなど知る由もなかった。今の話を聞く限りでは、推薦入学生が来るというのはかなりの大事のようだ。
私は校長の後に続いて、建物の外に出た。外観同様、この学校はとても広い。一日で回りきれるか心配になるほどだ。
背の高い石造りの建物の隙間を、石畳の道が延々と続いている。まるで迷路かダンジョンのようだった。
また学校だというのに、洒落たカフェのようなものがあり、何人かの学生が談笑しているのがガラス越しに見える。
そして、各教室や食堂。自由に使って良い場所や入ってはいけない場所など……学校の敷地を隅から隅まで回った。中でも気になったのは、芝生の広場だ。石畳だらけの学園だが、こうして芝生があると自然を感じられていいな。ここで昼寝なんかをすれば絶対に気持ちいいだろう。田舎者の魂が騒ぐぜ。
やがて、足の裏が痛くなってきた。引きこもって勉強ばかりしたせいだろう。長時間歩くのは苦手だ。
校長は足を止め、私の顔を覗き込んだ。
「寮を紹介する前に、一度どこかで休憩しますか?」
「あ、うん」
「なんだか調子も優れないように見えますね」
「そう?」
顔色でも悪かっただろうか。それとも、母のことばかり考えてしまっているのが見抜かれたのかもしれない。ずっとモヤモヤした気持ちが抜けないのだ。証拠に、さっきの説明もほとんど頭に入ってこなかった。
そういえば、校長が初めて会った時に言っていた『旅立ちの瞬間は後悔の無いようにしたほうがいい』とは、このことだったのか。占い、と言っていたが……未来予知とかができる魔法というものが存在するのだろうか。
私が医者になれるかどうかも、彼女にはお見通し、とか?
あれ、なんで医者になるんだっけ。
◇
校長とベンチで話していると、知らない女性に話しかけられた。この学校の生徒の年齢は様々だが、彼女の場合は恐らく二十歳前後か。
「校長先生、こんにちは! 隣にいる子もこんにちは! 新入生かな?」
「……まぁね」
「へぇ! じゃあ、よろしくね。猫ちゃんも、よろしく」
サファイアは「にゃあ」と返事をした。
一方で私は、そのやけにキャピキャピした振る舞いに、少し萎縮してしまった。なぜこの人は見ず知らずの人に平気で話しかけられるのだろうか。挨拶をするとスタンプでも貯まるのか? 十個集めると素敵なことが起こります! とか?
なんだか違う世界に生きている気がしてならないな。
その生徒は挨拶をするなり、すぐさまどこかへ行ってしまった。何がしたかったんだ……といった気持ちでいると、そのことについて校長が説明した。
「彼女は生徒会の者です。挨拶をして回るのも仕事の一つなんですよ」
「なるほど、暇なわけじゃないんだ。あと、スタンプカードも無い、と」
「スタンプカード……?」
周りの生徒たちは皆、キラキラしていた。私のイメージでは、もっと陰気臭くて皆、自室に籠もって本ばかり読んでいるのかと思っていた。存外、勉強以外のことばかりしているように見える。
そんなことだから、医者になるのに何年もかかるんじゃないか。よし、ならば私は勉強だけに専念しよう。友達とかはいらないな。サファイアがいるし。
そして、最後は寮に案内された。学校のメインである一番大きな校舎からは少し離れたところにあるらしい。
寮といっても一つの建物ではなく、計三つの建物に分かれていた。
一つ目は男子寮で、四角く横に長い建物だった。一階の中央には食堂やホールがある。
二つ目は女子寮で、男子寮とほとんど構造が同じである。二つの建物の間は、石の塀で区切られていた。
そして、それら二つよりさらに離れたところにあるのが特別寮である。ここは、推薦入学を受けた者やエリート達が住んでいるらしい。そのため、一番小さい割に一番豪華な外見になっていた。
「私も特別寮でいいの? こんなにもガキだぞ」
「年齢は関係ありませんよ。優秀な者はそれなりの待遇を受けるべきでしょう」
「なるほどね……」
優秀な者か。貴族の子や王族の人間もここにいるらしい。どうしよう、廊下ですれ違ったりするときに、こいつ農民のガキだ! と罵られでもしたら。金持ちとは絶対に馬が合わないだろうし、なんなら見るだけで不快になりそうだな。
「校長、私特別寮は嫌だな。普通の女子寮がいい」
「どうしてですか? ここだけの話、食事も豪華ですよ」
「いや、そういうのは興味ない」
「……ふむ、なら女子寮に変更しましょうか。空いてる部屋はいくつもありますからね」
私が「わがまま言ってすみません」と謝ると、「いえ、あなたらしいですよ」と言われた。校長は時々、私のことを見透かしているようなことを言う。本当に不思議な人だ。
◇
夜になった。校長とは別れ、手渡された鍵と学校生活のマニュアル本を持って女子寮にやってきた。
ランタンで彩られた大きな入口をくぐると、各部屋がある上階へと繋がる階段が中央にあった。エントランスは派手な吹き抜けになっているようだ。初めて見るが、これは中々奇妙な構造である。万が一落ちて怪我したらどうするんだ。
右手側には食堂、左手側には自由に過ごせるスペースがあったがひとまずスルー。他の生徒とすれ違うも、これまたスルー。そして、真っすぐに自分の部屋に向かった。
自室の番号が刻まれた、木製の扉に手をかけた時、少しだけ高揚した。ここから新しい生活が始まる。私の人生の転機だ。サファイアも心なしか、肩の上でそわそわしていた。
「サファイア、じゃあ開けるよ」
「にゃ」
部屋の中は、非常に静かで何も無い空間だった。向かって右側には木製の古いベッド、左側には机とランタンが置かれていた。それだけである。が、今までの生活から考えれば豪華だな。
ベッドがちゃんとあって、机と椅子がある。それだけで幸せだ。
「サファイア、新しい我が家だぞ! 一人部屋にしてよかったよ。この空間、全部使い放題だってさ」
「にゃ?」
「あ、そうか。サファイアと一緒だから二人部屋だぁ……!」
私はサファイアをしばらく撫で回していたが、そのままベッドに倒れ込むと眠気が襲ってきた。こんなに色々なことがあったんだ。当然かもな。
寝転んだまま、奥にある窓から、夜空と月を拝むことができた。心が荒んだ少女にも、それは美しいということが理解できた。
思えば、ずっと下ばかり見てきたな。
私はそのまま、深い眠りについた。疲れ切った身体は、嘘みたいにフカフカのベッドに沈んで、やがて感覚を失った。
◇
私は朝日にさらされ、目を覚ました。昨日すぐに寝てしまったせいで、カーテンを閉めていなかったことに今更気がついた。
サファイアは窓のフチに座り、日光浴を楽しんでいた。目が覚めても家にいないというのは、非常に変な感覚である。何だか、騙されたような気持ちになった。
大きく伸びをして、昨日渡されたマニュアルをパラパラとめくった。
曰く、入学から五日間は準備期間ですぐに授業は始まらないとのことだ。制服や教科書、部屋の家具などを校内の至る所にある売店で買い揃えることもしなくちゃいけないらしい。
私は推薦入学なので、学生証を見せればなんでも無料で手に入るらしい(勿論限度はあるが)。本当に至れり尽くせりだな。そんなにしてもらっていいのか、本当に。
「じゃあサファイア、ショッピングに行こう」
「にゃ」
私はサファイアと学生証を携え、魔法学園の敷地内にある数々の店を回った。
教科書や紙などの勉強に必要なものや部屋に置くランタン、食器などの生活に必要なものまで、両手と背負った鞄が塞がるほどの買い物をした。一日のうちにこんなに物を買ったのは初めてだ。悪いことをした気分になる。
そして最後に、豪華な食材を用意した。私とサファイアの分で、お腹いっぱいになるくらい沢山。
その帰り道、いかにもガラの悪そうな男に話しかけられた。胸元に金色の首飾りをつけた、大柄な男だ。
「おい、そこのお前! ミリだよな? 確か……最年少で推薦に受かったって噂の」
「…………?」
「おいおい、無視かよ! せっかく先輩が話しかけてやってるのにさぁ!」
ソイツは、私の姿をじっくりと眺め、また不快な嗄れ声で言った。
「噂通り、遊び甲斐がありそうな可愛い娘だな……まだガキなのが玉に瑕だが。とにかく、俺と仲良くしておけば、この学校での安全は保証してやるぜ?」
ほう、何か勝手に話が進んでいるな? どうやらコイツは、いわゆるスクールカーストとやらが高い存在らしい。
証拠に、さっき通りかかった見ず知らずの生徒は、私と目があったのにも関わらず知らないフリをしてどこかへ行ってしまった。
…………面倒なことになったな。
「…………」
「チッ、また無視かよ」
私が頑なに無視し続けると、男は呆れた様子でその場を去った。本当に何だったんだ。魔法学園というのはこんなにも治安が悪いのか?
こうして私には、やんちゃなセンパイAができた。
私が家につく頃にはもう、すっかり暗くなっていた。途中で変なセンパイに絡まれたものの、無事に買い物も済ませることができた。サファイアと夕食を摂ることにしよう。
この寮には階に一つ共有の炊事場があり、自由に料理ができるようになっている。
そこに先ほどの豪華な食材を持ち込んで、レシピを見ながら調理していった。本に書いてあることを真似するだけだと思っていたのだが、案外料理というのは難しいものだ。
いつも母がしてくれていたからな……。
苦戦しながら野菜を切っていると、横から誰かに話しかけられた。
「その部分、食べられないですよ」
「え?」
見ると、白い髪の少女(と言っても私よりは少し年上に見える)がいた。右目は長い前髪で隠れて見えない。私の手元を覗き込み、切っている最中の野菜を指さしていた。
「その芯のところ、すごく固いじゃないですか。料理の食感も損なうし、下手したらお腹を壊しますよ」
「あぁ、そう……てか誰だよ? 何者?」
「誰とは失礼ですね、せっかく教えてあげたのに」
彼女は不満そうな顔をした。すまんな、口が悪くて。しかし、コミュニケーション能力なんざ医者には必要ない(私調べ)ので、ここは申し訳ないがスルーしておこう。本当は礼くらい言うべきなんだろうけど。
しばらく何か言いたげな顔をした後、彼女は炊事場を去った。その後ろ姿を目で追ってみると、なんと私の隣の部屋に住んでいることが判明した。これが、俗に言う「気まずい」というやつか。
なんて思いつつ、私は切っていた野菜の芯を捨てた。
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