友達と白い花

 日が昇ると同時に本を開き、暗くなると小さなロウソクを一本つける。僅かな明かりでページを照らし、目を凝らしながら読み進める。とっくに寝てしまった母を起こさないよう、静かに本をめくる。


 そんな生活を続けているうちに、読めない文字も少なくなった。しかも、簡単な魔法なら何種類か使えるんだぞ。すごいな、私。


 目の前で揺れているこのロウソクの火も、私が魔法で付けたのだ。火属性の魔法で、冒険者には必須とも言われている技術らしい。極めれば、ロウソク無しでも火を灯し続けることすらできるという。なんてコスパがいいんだ。羨ましい。


 私は、少しづつ夢に近づいているのを感じた。


 寝る間を惜しんで勉強した甲斐があった。食事中すら、ずっと本を読んでいたぐらいだ。それを見た母は、私ぐらいの歳の農民はそんなに勉強しないと褒めてくれた。

 ……はは、まず農民は勉強しないだろうよ。こっちは文字を読むのにも苦労してるんだよ。などといったことを考えてしまった私はやっぱりクソガキだ。


 そんな中、年頃の私にとうとうステキ(笑)な出会いが訪れた。いつものように庭で勉強をしてたところ、近所のクソガキが話しかけてきたのだ。近所の農民ジュニアである。

 見るからにガキ。見るからにアホ。これからはこいつをクソガキBと呼ぶことにする。


「おーい、虫取りに行こうぜ!」

「…………」

「おーい、虫取りに行こうぜ!」


 クソガキBが復唱する。なんだ、音読が趣味なのか?

 大人気の絵本に『主人公の少年が、近所のガキを虫取りに誘うシーン』とかがあって、大変気に入ったから音読して周ったりしているのだろうか。他所でやれよ。


 しかし、そうではなかった。クソBの右手には名前も知らないような変な虫の姿があった。それらの捕獲を手伝えと……そう言いたいんだな?

 ふむ、残念だが虫は金にならない。ここは一つ、丁寧にお断りしよう。


「おいクソガキB、静かにしてくれ」

「えっ!?」


 …………クソガキBは泣いた。


 その日の夜にクソガキC、クソガキDの襲撃にそなえて素敵な悪口を考えておいた。

 確実に追い払うことのできる、攻撃力が高い悪口を四つほどストックできたので、出現したらすぐに詠唱してやる。


 しかし、その悪口を使うことはなかった。

 口の悪い少女の噂はすぐに広まったのだろう。そんな奴に対して、わざわざ遊びに誘ったりしないもんな。


 ……これは、静かでいいな。うん、そうだよ。





 先日の、クソガキBを泣かせた件を知った母は、心配そうな顔で私に問いかけてた。


「お友達と喧嘩しちゃったの?」

「友達じゃないよ、クソガキBだ。あと喧嘩でもない」

「そう……? 仲直りとかは」

「しない」


 すまんな、母よ。私は勉強で忙しいんだ。友達とかそんなものはいらないんだよ。クラリス? アイツはその、知り合いだよ。


 そういえば、クソガキAはいないのかって? 私だよ。母を心配させて近所の子供を泣かせたヤツにぴったりだろ?

 母は、そんな私の気持ちを悟ったのか、すぐさま話題を変えた。


「ミリ、魔法はどう?」

「どうって、順調」

「そうなのね……ほら、たまには一緒に畑仕事でもしてみる? 息抜きにはなるかもよ?」

「時間の無駄だし、疲れるからやらない」

「そうよね、疲れるものね」


 母は寂しそうな顔をした。でも私は勉強しないといけないんだ。わざわざ畑なんて行かないぞ。虫だって沢山いるだろうし……まてよ、畑か。


「母さん、やっぱり畑仕事手伝おうかな」

「ほんと! 助かるわ」

「うん。その代わり、適当な植物で試したいことがある」


 ◇


 母の管理する畑は、家の何倍も広かった。家の目の前にあるのに、散歩以外で立ち入ることはほとんどなかったので新鮮だ。広大な土地の全ては緑に染まっており、風で草木が揺れるとカサカサと心地よい音をたてる。

 すぅっと息を吸ってみると、土と草の匂いが混ざり合っているのを感じた。


「母さん、ちょっと見てて」

「うん?」


 私はその場に屈んで、手前にあった花の蕾にそっと触れた。そして、回復魔法と同じ要領で魔力を流し込む。全身がじんわりと温かくなり、そのエネルギーがやがて手に伝い、花に伝わる。魔力の扱いも慣れたものだ。


 すると、その蕾は真っ白い花へと姿を変えた。魔法の力で、植物の成長を促進させたのだ。


「ミ、ミリ!? 今のは魔法……?」

「うん。あ、そうか。初めて見るのか、私が魔法使ってるとこ」

「ええ……す、すごいのね! 私びっくりしちゃった!」


 母は私に抱きついて、「よしよし」と頭を撫でてくれた。私はなるべく嫌そうに振る舞うが、抵抗はしなかった(決して撫でられるのが好きなわけじゃない! もう子供じゃないんだから!)。


「母さん、もしかして私が魔法の勉強してるの、信じてなかったの?」

「信じてないというか、なんというか……信じられない気持ちでいたわ。でも、今ので確信した! あなたやっぱり自慢の娘よ!」

「へへ……」


 そうか、私って頑張っているんだな。


 沢山褒められた後は、再び魔法のテストを再開した。今度は、母が育てている野菜を魔法によって成長させることができるかどうかを試してみることにした。


 しかし、結果は芳しくなかった。魔法により無理やり成長させた植物は、腐っていたり、食べても味気がなかったり、中身がスカスカだったりした。つまり、これでボロ儲けはできないということだ。


 次に、本に書いてあった植物を動かす魔法を練習した。これは案外簡単だった。

 魔力を通して植物に命令すると、それらの葉や根が自在に操れるようになるのだ。軽いものを持ち上げたり、物に巻き付けたりもできるようになった。冒険者ギルドに所属しているヒーラー達は、この能力を利用して自分の身を守るのだとか。


 また、ジジイの言う通り魔力量が多いのかをチェックするために、畑中の雑草を全て、一斉にに操ってみることきた。操れる植物の量イコール魔力量と本に書いてあったのだ。これも、手こずることなく成功させることができた。


 その後は少しだけ畑仕事も手伝った。魔力切れで疲れてはいたものの、悪い気はしなかった。何時間か畑にこもり、手が土だらけになって鬱陶しいと感じた頃、母が切り出した。


「ミリ、そろそろ日が暮れるわ。戻りましょう」

「うん……ねぇ、母さん」

「どうしたの?」

「私って、頑張ってるよね? 私、凄いよね?」

「ええ、そうね。あなたは最高に頑張ってるし、とっても凄いわ」

「えへへ」


 母の腕の中で、温もりを感じたほんの数十秒間、私にとっての大きな目標であった「父をバカにした奴らを見返す」ということが、とてもくだらないことだなと思った。

 私が欲しいのは、本当に「医者の肩書き」なのだろうか。本当に「お金」なのだろうか。


 私が早とちりで咲かせた白い花は、すぐに枯れてしまうだろうか。

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