第35話  山中での契り

詩夏シーシは魔族の同胞から追われて、南の地にいる仲間を頼ろうとした。

 大山脈越えは難しいが、詩夏シーシの力をもってすれば、出来ないことは無かった。ただ、問題は食事だ。

 人間界を襲いに行ったのも久しぶりで、あの時は食事も出来てないのだ。詩夏シーシは、本当にお腹が空いていた。

 吹雪を、風壁で避けて大山脈に入って行った。

 すると、程なくして人間の行き倒れを拾ってしまった。

 しかも、雄だ。自分は、雌だから丁度良い。

 詩夏シーシは、ディン族でも、古い血筋の種族だった。

 今時の仲間は、人間に触れただけで食事が出来るが、詩夏シーシは、人間の男と契ることで食事となるのだった。


 男は、憎い男を殺すためだけに、大山脈を越えると言った馬鹿みたいに単純な男だった。

 詩夏シーシは、男に契約を申し出た。

 道案内と食事の提供を、代わりにその雄との関係を迫ったのだ。

 雄は、初めは目をパチクリさせて、信じようとはしていなかった。

 無理もない。

 詩夏シーシは、人間でも滅多にいない美女なのだそうだ。


 その晩初めて、雄と契りを交わした。


「あんたのおかげで、生き延びたわ。」


「オレは……すごく怠いんだが……」


「そうね、私が食事をするとそうなるよ。数日休みましょう」


 詩夏シーシの風壁のおかげと、持って来た毛皮で凌げていた。


 人間と魔族は、二か月彷徨って、大山脈の広大な山中を抜けた。


詩夏シーシ、あてはあるのか?」


 少々、やつれて年を取った傑倫ジェルンが言った。

 二ヶ月も一緒にいたので、傑倫ジェロンはもう人間の恋人のように接して来ていた。

 詩夏シーシの方は、食事としてしか見ていなかったが、共に大山脈を越えてきた友情みたいなものは感じていた。

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