第4章 短編、大山脈越え

第32話  大山脈

金傑倫キム・ジェルンは、寒さに耐えていた。

 大山脈に入って、ひと月経つというのに、出口は見えなかった。

 今日は、岩と岩の間の隙間を見つけたので、そこにありったけの毛皮を身に纏って、横になった。

 しばらくすると、いつの間にか傑倫ジェロンの前に、女が現れて取ってきた肉を渡した。


 彼は、快くそれを受け取ると、火を起こし始めた。

 女の方は、火を見て少し遠くへ移動した。


「毎度、毎度、言ってるが寒くないのか!? そんな薄着で? 火にあたりに来たって良いんだぞ。お前には、世話になりっぱなしだ。オレ一人ではとてもここまで来れなかっただろう」


「言ってるよね。火に弱い種族なんだって!! アタシは、あんたの食料を取って来る、その代わりにあんたはアタシにちょっと、食事させてくれるだけで良いのよ。もう少しアタシに力があれば、一気に山越えくらいするのに。アタシは、生命力は強いけど、力の少ない種族で……」


「気にするな。オレは、なんとしても生き延びて、張 珂英チャン・カインの奴をこの手で殺してやるんだ!!」


 傑倫ジェルンの目には、憎しみが宿っていた。

 魔族の詩夏シーシには、人間がこれほど深い憎しみを同族に向けることは考えられなかった。

 詩夏シーシ自身も、人間を襲った時に不覚にも囚われ、夕方に放たれた時に巣の場所を人間に突き止められ、多くの同胞が人間に殺された。

 責任を取らされ、仲間から追放された詩夏シーシの道は、大山脈の向こうにいるという同胞のもとへ行くことだった。


 ディン族の古い血筋の詩夏シーシには、ちょっと骨の折れる移動だった。

 寒さは平気だったが、古い血筋を引く者ほど、特殊能力も低かった。

 食事は、月に1度くらいでも平気なのだ。


 一回で移動できる距離が、知れている。

 そんな時に、人間の道連れが出来た。


 彼も住む世界を追われ、憎い奴が越えて行ったであろう大山脈を越えたいと言っていた。

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