第2章 大山脈の北の国

第6話  名刀、宗平(ムネヒラ)

「あれ? 父ちゃん。あのおじちゃんは何処に行ったの?」


「あの、叔父のことは忘れろ」


「でも~~?」


「忘れるんだ。俺も忘れる」


 言い聞かせるように、俊是ジュンジェは、河允カインに言った。


 珂英カインの言っているのは、三日前に突然現れた俊是ジュンジェの父の弟だと名乗った男のことだった。


《いつか、血族の者が魔族になる》


 そう言って再び姿を消したが、俊是ジュンジェには分かっていた。

 その予言の者が誰かを……。

 この時、俊是ジュンジェは、余命幾ばくも無いことを……。

 幼いながら、の持ち主である、蓮華リエンファの力をもってしても、完治が難しい病にかかっていた。


(俺はもうすぐ死ぬ……、叔父はもう人ではあるまい、であれば、残るは珂英カインしかおるまい……)

 俊是ジュンジェは、叔父の言い残して行った言葉が忘れられなかった。


 そうして、俊是ジュンジェは決意したした。

 昔、拾った紅輝石くれないきせきを使って、魔族に対抗する刀を河允カインのために遺しておかねば……息子を護るために。


 そして、半年後に息子の住む俊是ジュンジェは、焼き爛れた顔と手で、冬の夜明け前に長老、若馨クゥシンのもとを訪れた。


珂英カインはいるか?」


「父ちゃん? どうしたの?」


 俊是ジュンジェは、朝露に濡れた上着を脱いで若馨クゥシンの家にあがった。


「父しゃん、手がイタイ、イタイね。華々ファファが治してあげる」


 二歳の蓮華リエンファが寄って来て《ジュンジェ》の爛れた手を取ると、銀色の光を放ち、見る見るうちに火傷は癒えていった。


「ありがとう、華々ファファ、もう俺は大丈夫だ。まだ眠いだろう? 

 もう一度寝ておいで」


「でも父しゃん、オムネに黒いカゲがあるよ? イタイでしょう?」


「気にするな、婆様。華々ファファを頼む」


 朝早い時間の突然の訪問に、若馨クゥシンも驚いていたが、察することがあったのだろう蓮華リンファと共に、家の中へと入っていった。


「父ちゃん?」


珂英カイン、強い男になるんだぞ。魔族なぞに負けぬ男になれ」


「当り前だよ、俺は大きくなったら、都に行って来破浪ライ・ポーラン将軍の下で働くんだ。俺も英雄になりたいんだ」


「良い心がけだ。その誓いを忘れぬように、父と今一度約束をしてくれ。

 魔族に屈してはならぬ。お前は英雄となるのだ。そして、この刀がお前の力となる」


 俊是ジュンジェは、一振りの刀を珂英カインに渡した。


「銘は宗平ムネヒラだ」


「それ、ソウヘイじいちゃんの名前?」


「陶国での名前らしいな。俺も知らぬが、陶国では、魔族のことをおにと呼ぶそうな……なんにしても、陶国から逃れてきたものは皆死んだ。お前が唯一の生き残りだ。その誇りも忘れるでない!!」


「でも、帝に命狙われて、命からがら逃げただけじゃん? 格好悪いよ~~」


「それでも、鍛冶の里に伝わる秘法は守り切ったのだ。それも俺の代で終わるが……」


 俊是ジュンジェ寂しそうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る