第2話

 月曜から新しい恋人との十日間が始まると構えていた郁としては、肩透かしを食らった感は当然ある。

 しかしながら今この瞬間に、恋人を猛烈に熱望している訳ではない為、なんとなく毎日を過ごす内にあっという間に約束の木曜日はやって来た。

 平野公園の位置は既に確認済みである。思い描いていたどの公園とも違っており、少し距離がある事が判明した折には籤をやり直そうかと本気で迷ったが、郁は縁という言葉が割と好きだ。万、億といる人間の中で、郁が出会う人類の数はたかが知れており、付き合っていく相手は選べても出会う人間は選べない。出会った中から選ぶ他ない。

 つい、自分と似たような人間との継続的な関係を望みがちになる。その点、この恋人探しは様々な考え方の人間と出会うきっかけとしては大いに興味深い。顔も性格も知らぬ相手と出会い、十日間その人間の事だけを考えて生活をしてみる。当然詰まらないまま終わる事もあれば、存外面白い発見もあったなと思えて終わる事もある。始まるまでは面倒だが、始めてしまうとこれが、割と楽しい。

 郁は、十七時半過ぎに約束の場所に到着した。

 平野公園は、全体を見渡せる程に小さな公園で、滑り台とブランコ、雲梯とシーソーが遊具の全てであった。

 到着した時には小学生のグループが滑り台を陣取って遊んでいたが、十分もすると揃って帰路につき、静寂が落ちる。

 郁は手持ち無沙汰に公園を一周し、滑り台の階段に足をかけた。ベンチはあったのだが、高いところからの景色が見たくなって、滑り台の頂上に腰を下ろした。滑り下りる訳でもなく、そこからぼんやりと風景を見つめる。

 夕日は位置関係からして背後にあるのだろうが、それでも夕なずむ空は美しく、誰もいない公園は物寂しげに見えた。置き忘れのボールが微笑ましく映ったが、よくよく見ると空気が抜けて拉ていた。捨てて行ったとするならば、意味合いは変わってくる。ボールを忘れたと言って母親に怒られている少年の姿を想像して微笑ましく思ったのだが、要らないからと捨てて行ったとなると少年の顔が急に太々しく思い描かれる。郁は、ポイ捨てを許せないタイプの人間だ。

 十分前になって、ふらりと男性が公園に入って来るのが見えた。

 一瞬どきっとしたが、直ぐに待ち合わせの相手ではないと理解した。明るめの茶髪に薄汚れたつなぎ姿で、工事現場のお兄さんがお手洗いに寄った、という印象であった。きょろりと公園内を見渡し、郁の姿を見つけて一瞬ぎょっとしたようであったが、真っ直ぐに奥の手洗いに向かって行く。

 郁は足をぶらつかせながら、三箇所ある公園の出入り口に順に視線を投げる。

(七分前)

 郁は時間を確認して空を仰ぎ、ふう、と詰めていた息を吐く。曲がりなりにも十日間付き合う相手だ。初対面の瞬間は、そうは言っても緊張する。

「あの」

 不意に足元から声がして、郁はぎょっとする。

 慌てて視線を落とすと、滑り台の下からこちらを見上げる男が在る。

「……はい?」

 先程のつなぎの男が、小首を傾げてこちらを見上げていた。一人でいる事を不審に思われたのだろうか。

「待ち合わせ?」

 問われて、ナンパかと身構える。女子高生が一人で滑り台に腰掛けて空を眺めている。客観的に想像して、少し様子がおかしい人かも知れないと思い、郁は意味もなく胸の前で両手を振る。

「鬱々としているとかではなく。そう、待ち合わせ中です」

 だからナンパはお断り、と暗に示す。辺りは住宅街で車通りのある道路に面しているが、人通りはない。強引なナンパだったらどこに向かって逃げようか、などと考える郁に対し、男はお尻のポケットから帽子を取り出し、被りながら言った。

「ええっと、結城、郁さん」

 面食らったのは郁だ。小学生じゃあるまいし、鞄や持ち物に名前は付けていない。男の顔をまじまじと見つめ、初対面である事を再度確認した郁は、恐る恐る、問う。

「……佐藤、さん?」

 はい、と男はそこで初めて、小さく笑った。

「すみません。着替えて来る余裕がなくて、こんな格好のままで」

「それ、仕事着ですか?」

「ええ」

「……学生さんじゃ、ないんですか」

「中退で、働いてまして。今、十八」

 自らを指差しながら言う男、佐藤はどうやら本当に、郁にメッセージを寄越した待ち合わせ相手のようだった。同じ高校の制服を着た男が現れると思っていただけに、郁は頭の整理がつかないまま面食らう。流石に、想定外だ。

「あ、学生じゃないと駄目でした?」

 学校の下駄箱が申請窓口である。当然、校内限定の心算ではあったのだが、校内の学生限定とルールを明確に示した事はない。暗黙の了解かと思っていたのだが、確かに、外部の者不可、教師不可、などの条件をつけていなかったのは自分である。目の前の男を責めるつもりも、今更今回の恋人を選び直すつもりもない。

 それに、これはこれで面白い出会い方だなと、状況を飲み込み始めるにつれ、郁の心は段々と弾んで来ていた。まさに縁、普通に生活していたなら付き合う筈のない人間だ。おそらく、今までで一番。

「いえ、大丈夫です」

「なら良かった」

 男は埃を払うようにズボンを叩くが、汚れはおそらく、否、絶対に落ちない。

「年は、十八?」

「そう。あなたは?」

「私はまだ十七だけど、学年でいったら同じですよね?」

「この前十八になったから、多分?」

「タメ口でもいい?」

「どうぞ」

 はは、と笑うと、男は急に幼く見えた。制服姿であったなら、年下に見えたかも知れないとさえ思う。

 郁は滑り下りようと身を前屈みにし、スカートの前を押さえた。郁が何をしようとしているのか分かったのだろう、佐藤は待った、と手のひらを前に突き出してきた。

「昨日の雨で滑り台湿ってるから、やめた方が」

「濡れる程じゃないけど?」

「多分滑らない。スカート持って行かれてお尻で滑る羽目になるかも」

 想像して、郁はくすりと笑う。

「それは痛そう」

「走り下りるか、階段からどうぞ」

 郁は徐に立ち上がり、高さに逡巡する。子供の頃はなんとも思わなかったが、これを駆け下りるとなると、少し勇気がいる。つんのめって落ちる羽目になりそうで、恐怖心に負けて大人しく階段から下りた。

 滑り台を回り込んで佐藤の側に立つ。

 身長は、そこまで高いという事はない。郁が小さいので見上げなければならないが、今までの経験からいって、百七十五あるかないか。標準と言えば標準的だ。

「ふふ。こんなに汚い格好で現れた人、初めて」

「それに関しては申し訳ないとしか。仕事が思ったよりぎりぎりまでかかって。遅刻するよりはいいかな、と。帰ってシャワーくらいは浴びてくる予定だったんだけど」

「遅刻するよりは正解」

「やっぱり?」

「人によると思うけど、私はね」

 蔑ろに扱われたと怒る女性もいそうだと思ったが、郁は遅刻してくる人間は信用出来ない。互いの連絡先を知らず、遅刻する事を知らせる手段がない状況であるからこそ尚更、遅刻という選択肢はない。

「とりあえず座る? 缶ジュースくらいなら奢る」

 公園の隅にある自動販売機に視線を向ける佐藤に、郁は少し悩み、小さく頷く。

「どうもありがとう。それじゃあ、カフェオレをお願いします」

「ん。座ってて」

 急ぐでもなく自動販売機に向かって歩いていく佐藤の背を見送り、郁は手近なベンチに腰を下ろした。ひやりと少し冷たい。

「あ、ホットがあったらホットで」

 郁が叫ぶと、自動販売機の前に立つ佐藤は、ホットある、とだけ返事を寄越した。

 戻ってきた佐藤の手にはホットカフェオレと、リンゴジュース。その片方を受け取りながら、郁は可愛らしいものを飲むんだな、という感想は飲み込み、隣に座る事を促した。

「今日は初日だから、注意点だけ先にいい?」

「うん。どうぞ」

「ある程度は周知の事実なんだけど、何も知らない?」

「なにも。先週学校の工事に入った時に、噂を小耳に挟んで。丁度先週の水曜の夜間に最後の点検が入ってたから、靴箱探してメッセージ入れて帰ったんだけど」

「興味本位で」

「あはは、そう、興味本位で。今日来てくれないだろうなって思ってたんだけど」

「確率は八分の一でした。ご当選です」

「それはラッキー」

 佐藤はプルタブを押し上げ、一気に飲み干す。仕事終わりで、おそらくは急いで来てくれたのだろうから、喉が渇いていたのかと気付く。

「それで、注意点て?」

 問われ、郁もまたプルタブを押し上げながら言う。

「注意点というか、私と付き合う上でのルールというか。それでも私と付き合いますかという、確認」

「うん」

 一口だけ飲んで、郁は缶を膝に乗せる。

「まずはお付き合いの期間。今日含め十日間、水曜日の午後七時まで。……っていつもは言うんだけど、貴方の場合は、どうしようかな」

「というと?」

「いつもは月曜から始めて十日間、水曜日までだから」

 ああ、と佐藤は笑う。

「こっちが勝手言ったんだから、月曜から数えて十日でいいよ。だからええっと、来週の水曜日まで?」

 予定通りとすべきか、イレギュラーに木曜日からの十日間とするかはその場で考えようと決めていた郁としては、相手がそう言ってくれるのであればそれで異論はなかった。祝日を挟むのは、何かと面倒だ。

 郁はカレンダーアプリを開き、言う。

「それじゃあ、五月一日水曜日の、十九時までで」

「おっけ。それが一つ目ね」

「うん。次は、付き合い方、というか。まずはお触り。一切禁止です。付き合っているという条件下、放課後とか、休みの日とか、極力空けれる時間は貴方の為に割くけど、学校休んでまで遊園地とか、そういうのはしません」

 うんうん、と佐藤は頷きながら聞いている。

「それと門限は二十時だから、それ以降の呼び出しは応じない。電話とかメールとか、そういうのはオッケー。もう一度念をおしておくけど、お触りは禁止。回避の為として、家デートはしない方向で。このくらいかな? 何か質問は?」

 んー、と佐藤は空を眺める。辺りは薄暗くなってきて、完全なる日没は目前だった。

「概ねは理解したから、あとは付き合ってみて疑問が出てきたら聞くよ。一つ、君の事じゃなくて、付き合う上でこちらの条件も聞いてもらえるのか、質問してもいい?」

「お付き合いだもの。嫌な事は嫌というし、合わせられるところは合わせる。これだけはという条件があるなら、今聞いておきたいわ。時間も限られてるし」

「母に会って欲しいんだよね、彼女として」

 郁は黙る。どう答えるべきか、これは考えて発言すべき案件だと咄嗟に判断した。

「……十日間の、あ、いや貴方の場合は七日か。七日間しか恋人でないというのを前提に、言ってる?」

「言ってる。正直、明日にでも会って欲しいくらい。もういつ死んでもおかしくないみたいだから。こう、ちゃんとした年相応のお嬢さんって感じの人と付き合ってますよって姿を見せて安心させてあげたいだけで。君がこんなに美人だとは予想外だけど」

 美人である自覚はある。ただ佐藤の口振りからして、郁の容姿を知らずに交際を申し込んできたことは明らかであった。

 郁は、んー、とこめかみを掻きながら迷う。割と重い事を頼まれている事だけは理解した。

「お母さんに付いててあげなくていいの? 言っちゃなんだけど、こんなところで油を売ってというか」

「もう入院して長いから、覚悟は出来てる。今日死ぬかも、なんてずっと考えてたら働きになんて出れない。会うっていっても、ほとんど喋れないから横に立っててくれたらいいだけっていうか、ほんと顔だけ見せてくれたらいいだけというか。俺が話すから」

 それもあってだけど、と佐藤は苦く笑った。

「一週間付き合って貰えるってなっても、正直、別に土日にがっつりデートとか、考えてないし。何もしないまま終わると思う」

「という事は、私とのお付き合いを希望したのは、お母さんの為だけって事だ?」

「端的に言うと」

 病院か、と郁は小さく呟く。気が重い。はっきり言って気が重いが、郁には思うところがあった。この様子だと、佐藤はおそらく、先までの恋人達とは違って可能な限り郁の時間を保有しようとはして来ないだろう。そうすると、来週の水曜まで佐藤と付き合う上で、こなすべきタスクは母親に会う事、ただそれだけだ。

(折角出会ったんだし。それにそろそろ、……病院も克服したいし)

 郁は、両親を交通事故で亡くしている。

 あの時病院で見た光景がトラウマになっている自覚はあって、郁は、とにかく病院が嫌いだ。

 両親が亡くなって既に十年。そろそろ、覚悟の決め時かも知れないと丁度思っていたところだ。これもまた縁、運命というものかもしれない。

「分かった。これで、条件の擦り合わせは大丈夫ね?」

 郁が承諾を示すと、佐藤はほっとしたのか、体中から力を抜いて、背中を丸くして項垂れた。俯くようにして両手で顔を一度覆い、ふう、と詰めていたと思しき長い息を吐いた。

「ありがとう」

「でも、先に言っておくと私、病院が苦手で。気分が悪くなったら、許して」

「そうなの? それは、……いいの?」

「気分が悪くなって倒れたら、彼氏として助けて」

「お触り禁止だけど?」

「そういうのは、時と場合でしょ。やらしい意味で、よ。私に断られて、次のあてなんてないんでしょ?」

「まあ、ない」

 佐藤は認めて、小さく笑った。頼りない笑顔は、何故か子犬を想起させた。

「それじゃあ、合意ということで、一週間。よろしくね」

 郁が小さく頭を下げると、佐藤もまた、ぺこりと頭を下げた。

「家、どのあたり? 嫌じゃなければ、送るけど」

 佐藤は徐に立ち上がる。時刻は十九時前、門限まではまだ時間があるが、帰路を思えばまだまだ時間があるとはいえない。

「それじゃあ、近くまで送って貰ってもいい?」

「いいよ。バス乗る?」

「徒歩三十分は、最低かかるかな。もう少しお喋りしていたいから、佐藤君が疲れてなければ、歩きで行きたいな」

「大丈夫」

 郁が方向を示し、並んで歩き始める。

 出会った初日というものは、聞きたい事が沢山ある。何も知らないが故に、聞くべき事は山のようにあった。本来時間をかけて知っていくべきものなのだろうが、郁の恋は、十日、もとい、一週間しか時間がない。

 住宅地が居並ぶ道路を歩いていると、家々から香る匂いにお腹が鳴る。当然ながら、まだ夕食は食べていない。

「ガムならあるよ」

 佐藤がポケットから取り出したガムを示し、郁はそれを受け取りながら笑う。

「葡萄ガム」

「嫌い?」

「さっきのジュースはりんごだったでしょ? 果物系が好きなの?」

 ああ、と佐藤は小さく笑う。

「割と、舌がお子ちゃまで。薄荷とか苦手なんだよね」

「珈琲も飲めない?」

「加糖ならなんとか」

 そうなんだ、と郁は笑う。味覚一つとっても、その人の好みがある。人が好きなものをたくさん知るという事は、自らの選択肢が増えるという事だと、郁は思っている。色んな人間と付き合う事の最大のメリットと言える。

「誕生日いつだったの? 最近だ、って」

「四月二十二日、この前の月曜日。前々から祝ってやるって職場の人が言ってくれてて。それで月曜に会うのは難しくて」

「成程。それはおめでとう」

「ありがとう。君は、誕生日いつ?」

「十月二十二日だから、丁度佐藤君とは半年違いだね」

「もう別れてて祝えないから先に言っとくわ。おめでとう」

「あはっ、ありがと」

 大通りに出ると、飲食店が居並び、更に腹が減る。雑音が増えるが、それは会話を邪魔するものではない。

「俺腹減っちゃって。何かつまめるもの買っていい?」

「うん」

 郁は佐藤に続き、コンビニに入る。おにぎりを選びながら、後ろにくっついているだけの郁に背中で話しかけて来る。

「夕飯準備されてる感じ?」

「多分」

「そっかぁ」

 言いながら佐藤はおにぎりを一つと、ホットフードを買う。出口で噛んだガムとおにぎりの包みを捨てて、頬張りながら歩き出した佐藤は、唐揚げを一つ、こちらに向かって差し出した。

「少食じゃなければ、食べる?」

「いいの?」

「これでお腹いっぱいになったらご家族に申し訳ないから、晩御飯入りそうならどうぞー。あ、買い食い、はしたないと思う派?」

 郁は首を振り、匂いにつられるようにして唐揚げを一つ摘む。

「ありがとう」

 一応辺りを窺って、知り合いがいない事を確認する。買い食いに否定的では全くないが、頬張っている姿を見られるのは少し恥ずかしい。

 空腹に唐揚げは染みる。頬が落ちそうな程美味しくて唸る郁に、佐藤はけらけらと笑った。

「美味しそうに食べるなぁ」

「空腹は最高の調味料って本当よね」

「もう一個いっとく?」

 覗き込むと、五個入りだったようで残りは四個だ。

「佐藤君が食べたくて買ったんじゃないの?」

 イメージだと、唐揚げ四つなど、男の人ならあっという間に完食だろう。郁に取られたのでは足りなかろうにと思うと、気が引けた。

「や、これは一緒に食べようと思って買ったから。食べれるなら、食べていいよ」

 言いながら、佐藤は唐揚げを一つ摘み上げて、自分の口に放り込んだ。確かに美味い、と天を仰ぐ姿に、また郁のお腹が鳴る。

 郁は結局もう一つ貰って、小腹を満たした。食べ終わったゴミを袋に入れ、くしゃりと丸めて佐藤は後ろポケットに突っ込んだ。

「明日から、どうやって連絡とればいい? 電話番号って聞いていいの?」

「そう、それね。実は、取得して欲しいアプリがあって」

 郁が携帯を取り出すと、佐藤もそれに倣う。

「このアプリで連絡取りたいのね。無料電話とメッセージが出来るの」

「成程、いいね。専用って訳だ」

 言いながらアプリのダウンロードを始める佐藤に、郁は自らのアイディを示す。アイディ番号で登録してもらい、関係が終わった暁には相手を削除する。これで、電話番号を教えずして、交際期間のみの限定連絡手段が完成する。

「佐藤君は、結構病院に行くの? 電話しない方がいい時間帯とかある?」

「あー。先にメッセージ入れて貰えるとありがたいかな。毎日、十分とかだけど病院には寄るから。高校って、授業何時に終わるの?」

 佐藤は郁の携帯を覗き込み、アイディ番号を入力していく。ふわりと、唐揚げの匂いがした。

「大概四時くらいには終わってるかな」

「授業長っ」

 佐藤は笑いながら、携帯の画面を郁に向かって見せる。

「これでいい?」

「あ、うん。何か送ってみて」

 ええと、と佐藤はメッセージ画面を開きながら言う。

「メールとかはしたほうがいいの? しない方がいいの?」

「私はお付き合いしている相手として佐藤君を扱うから、するよ。付き合ってる間は、最大限彼女らしくする」

「へえ」

 佐藤はくすくすと笑い、前を見遣る。三叉路をどちらへ進むのかと暗に問われ、郁が行き先に足を向けた。

 ポロン、と届いた初メッセージには、「佐藤」と全く味気ない文字列がちょこんと並んでいた。

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10日間の恋人 みこ @miko-miko

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