第3話

 佐藤は結局最寄駅まで送ってくれて、初対面の会合は終了した。

 印象としては、悪くない。

 様々な考え方、様々な好み、様々な性格の人間と付き合ってみることで経験を重ねる事が出来ると信じる郁としては、お付き合い毎にそれなりの発見や成長があったと思っている。その人と付き合ってみたからこそ知れた考え方、好きになった食べ物、何か一つでも郁を変えたものがあれば、そのお付き合いは成功だと言えた。

 とはいえ、十日が苦痛に感じる事もないとは言わない。信じられない程会話が弾まない、価値観が違い過ぎる、正直生理的に受け付けない容姿だったなど、郁に気付きを与えるという点ではお付き合い自体は成功だろうが、それと「楽しい十日」であったか、「苦痛な十日」であったかは、また別の問題だ。

 佐藤は、学生ではない。

 それ故に、今までとは違った新しい発見が期待出来ると思われる。出会いこそ話をした事のない人種で驚いたが、蓋を開けてみれば同じ学年で気負う必要がなく、既に物珍しい行動が目立つ。

 まず、郁に交際を申し込む側の立場でありながら、条件を提示してきた事だ。むっとするところかも知れないが、言われてみるとその権利が当然あるな、と郁は思った。こちらが条件を提示する以上、あちらからも条件の提示がある事が平等なお付き合いというものだ。

 最初から緊張した素振りがない事も新鮮だった。やっと郁と「付き合う権利」を勝ち取った者は、大概が緊張でがちがちだ。

「じゃあ、今回は割と楽しめそうなんだ?」

 昼食をとりながら、郁の報告を聞いた志穂が言う。

「少なくとも、苦痛ではないよ。今のところ」

「しかし、外部の人間だったとは驚きだねぇ」

「それは刺激のある驚きだったけど、強いて言えば、年が近くて良かった、かな」

「あはは、すごいおじさんとか現れたらびっくりだもんね」

 郁と志穂は、中庭で昼食を取る。あまりクラスメイトに聞かれたくない話をする時は特に、ここを選ぶことが多かった。

「それで、今日のご予定はどうなったの?」

「行くよ、病院。用事は先に済ませておきたいじゃない? それに、会うって約束したのに先延ばしにして万が一亡くなられたりしたらさ、言い方悪いけど、後味悪いっていうか」

「それは郁のせいじゃないけどね」

「まぁ。でも、それが佐藤君の条件の全てな訳だから。気持ちの問題だね」

 佐藤の仕事が十八時に終わる予定だというので、今日もまた、平野公園で会う約束をしている。時間は、十八時十五分。

「外部の人が相手だと、門限八時の郁じゃ、ほとんど会う時間はないね」

「そうなんだよね。昨日も別れた後メール入れてみたんだけど、これから病院行くからまた明日ってあっさりブチられた」

「それはなかなか」

 佐藤からは、郁の気を惹こうという気が一切感じられない。一週間の付き合いなのだから、当然といえば当然か、しかし今までとは勝手が違うだけに戸惑いはある。

「初対面からの疑似恋愛で、のっけから、かねてよりお互いの事が好きでこの度お付き合いが始まりました、みたいな対応出来る方がどうかしてるけどね」

「なにせ、お互い『興味本位』だから」

 そうそれ、と郁は笑う。お互いに本気になる気がない、その空気感が心地良いと感じたのかも知れない、と郁は納得する。

「何かメール送ってみなよ」

「んー?」

「あっちも昼休み時なんじゃないの?」

 言われて、郁は携帯の画面で時間を確認する。十二時半過ぎ、社会人も昼時だろうか。

「昼休みにメールって初めてするかも」

 郁はアプリを開きながら笑う。大概において、付き合っている期間は一緒に昼ご飯を食べる。目の前にいる男にメールなどしない。

 アプリを開いても、歴代の彼氏の連絡先が登場するという事はない。お付き合いの期間を終えると削除する為、アプリを開くと直ぐに、佐藤の連絡先だけが出て来た。そこにある名前が、郁の今の彼氏であるという証だ。

「『今、昼休み?』、と」

 メールを打ちながら読み上げたのは、志穂が何と連絡したかを尋ねて来る事が分かっていたからだ。先手を打っておく。

 送信して、画面を一度閉じる。画面を開いたままにしたのでは、新着メールの通知音が鳴らない。直ぐに返信が来るとは思えない以上、画面をじっと凝視して待つなど馬鹿げている。

 携帯を裏返しにして膝に置いた瞬間、ポロン、と着信音が鳴った。

「えっ」

 思いもよらぬ即レスに、郁は頓狂な声を上げ、志穂は愉快そうに笑う。

「いいねぇ、即レス!」

 おそるおそるアプリを再度立ち上げると、確かに返信があった。

「……『そう』」

「そっけな!」

 ゲラゲラと笑う志穂に、郁も苦く笑う。会話を続けようという気がみられないのが逆におかしい。

「ええっと、『何してるの?』」

 返信を打つと、こちらも直ぐに返答が来る。

「『リンゴジュース飲んでる』」

 志穂は画面を覗き込んできて、ずっとにやにやと笑っている。

「珈琲じゃないんかい」

「やっぱイメージあるよね、珈琲の」

 社会人の休息といえば、のイメージはどうやら志穂と同じであったようだが、佐藤に関して言えば、どうやら珈琲が加糖でなければならないという事を除いて考えても、リンゴジュースがそもそも好きらしい、と郁は心に書き留める。昨日も飲んでいた。

「『こっちは、友人と中庭でお弁当。昼ご飯はもう食べた?』」

「おお、彼女っぽい」

「『おにぎり』」

「そしてこっちは相変わらず素っ気ない」

 メールを打ち、返信を読み上げる郁と、それに感想を挟んで来る志穂の掛け合いは十分にも及んだが、最終的には佐藤の、『仕事再開』の一言で打ち切りになった。郁達の方も、そろそろ予鈴が鳴る。

 腰を上げながら、志穂はおかしそうに言う。

「今度の彼氏がメール面倒くさいと思ってるタイプだって事だけは分かった」

 返信がほぼ一言だった事を思えば、志穂の結論に郁としても同意せざるを得ない。

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