第1話
今回はどうやって選ぼうか、と悩む郁の頭に、ぽん、とノートを当てる者がある。
「今回は、……八通ですか」
机に広げたメッセージを郁の後ろから覗き込み、友人、志穂は言う。
「うん」
「新学期一発目だしね、幸先は良いにこしたことはないよね」
「知らない名前ばっかりで」
「見境なく付き合ってみる割に、リサーチしないよね。あんたは」
志穂は自らの席、郁の前の席に腰を下ろす。
「真っ新な状態で付き合ってみたいじゃない? 変な先入観はいらない」
「んー?」
志穂は郁の言葉には返答せず、一通をひょいと取り上げ、小首を傾げた。
「誰か分からないのあるね。苗字しか書いてない」
「他学年の可能性もあるしね」
「新一年生だったり? 四月に一年生は可能性低いけどね。郁システムの事、知らない訳だし」
「兄弟から聞いた、とかかも」
成程、と志穂は肩を竦め、ふふ、と笑う。郁は横から覗き込み、メッセージに目を落とす。
「ああ。ちょっと変わってるよね」
「ただ一言、『興味関心』。メッセージというか」
大体の者は、目に留まるようにとの願いを込めてか、そこそこの長文を贈って来る。正直、全ては読まない。面倒が勝つ。
郁の今までの選び方として最も多いのは、適当、これに尽きる。
くじ引きをした事もあれば、裏返して天に運を任せた事もあれば、紙飛行機にして最も遠くまで飛んだ者を選んだ事もあった。人間性を疑われそうなので、公にはしていないが。知っているのは、志穂くらいのものだ。
「いいじゃない、この人で。郁だって『興味関心』でしょ? 馬が合うかも」
志穂が選んだ事も、過去にはある。その時は散々だった記憶があるが。
「あちらから条件付けてくるのも珍しいんじゃない?」
「珍しいというか、初めてかも」
郁は志穂からカードを受け取り、目を落とす。
「『都合により、待ち合わせは来週木曜日の十八時。平野公園にて』、かぁ。月曜スタートって知らないのかしら」
「水曜終わりを変えないとするなら、お付き合いは一週間になるね」
「例外作ると面倒なんだけどなぁ」
「あはは。例外って。ルールは郁が作るんだから、郁の都合が全てでしょ」
確かに、と郁は苦く笑う。それを言われると元も子もないが、ルールが明確である程、郁自身の手間暇が減る事を思えば、一年かけて認知されてきた通例を崩すのは面倒である。
今日が木曜日、待ち合わせが来週の木曜日。
「特例で木曜日から始めて十日間とろうとすると、ゴールデンウィークにかかるよね」
志穂は携帯を取り出し、カレンダーを開く。
「あ、ほんとね。五月四日、みどりの日まで」
「休みが多いのは、面倒なのよね」
「あんたほんと面倒くさがりよね。なんでこんな面倒くさい恋人募集してるわけ?」
郁は肩を竦める。その理由の全容は志穂にも伝えていないのだが、客観的に見て、郁のしている事が暇つぶしに近い状況に見えるのは仕方がないように思っている。惰性と言い換えても良い。しかしながらこう見えて、郁は恋人を探すつもりがちゃんとある。数を打てば、出会うべくして出会える相手に巡り合えると本気で思っている。そう簡単に巡り合えるものであるとは考えていないので、のんびりと、緩く事を進めているだけだ。
郁は黙ったまま、全てのメッセージを集める。
紙の指定はしていないので、カードであったり、便箋であったりとまちまちのそれらを束ね、混ぜる。
「上から何番目?」
結局相手を運に任せる事にした郁の意図を正確に汲み取り、志穂は笑いながら空を見つめる。
「責任重大。それじゃあ、五枚目」
郁は一、二、と数えながらメッセージを上から机に置いて行く。四枚目まで机に載せた時、五枚目は手にせずとも誰のものか分かった。小さく、文字数の疎なメッセージカードが顔を出したからだ。思わず互いに顔を見合わせる。非常に面倒だが、この偶然こそがまた運命、縁というものだ。
「来週の木曜十八時。忘れないようにしないとね」
「……平野公園って、どこ?」
学校の近くに公園は幾つかあるが、公園の名称など一々把握していない。公園は公園だ。
志穂も知らないらしく、携帯画面に目を落としている。その答えが出る前に、授業開始のゴングが鳴った。
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