44 地下世界へ
「これは先端のローラーで床をスキャニングして、背部の本体にデータが転送される仕組みなんですね。見た目が変なのはプロトタイプだから気にしないで」
ケインが説明しながらエントランスの床をまるで掃除機でもかけるようにコロコロしている。そのそばでマフィアスが白目を剝きながら、「ああ、聞こえますか。アダマス・ヒュランデル応答せよ」と繰り返している。
「怪しいよ、フロントの人見てるよ」
サイカがちらっと受付に目を向けるとやはり男性がチラチラとこちらの様子をうかがうようにしている。
「気にするな、通報されるわけじゃない」
「恥ずかしいから」
「どうやらここじゃないですね、場所を移動しましょう」
「いいわよ、どこからいく?」
五人でエントランスの北西に位置する病理医学部の外来の端からスキャニングしていく。外来は今は人がおらず消灯されていて、サイカがつけた携帯電話の明かりを頼りに暗がりのなかをゆっくり歩いている。
何しろ装置が小さいので調べられる範囲が小さい。ケインが補足するようにいった。
「この装置は高性能な電磁波レーダーが搭載されていて、深さ五メートル程度までなら空洞調査が可能です。知ってます? この装置でエジプトの発掘現場で宝物庫を見つけたのは有名な話で」
「発掘調査の機械がなんでこんなところにあるの」
「知りませんよ。貸出倉庫に放置してあったから」
「ああ、聞こえますか。ヒュランダル博士どうぞ」
「科学者って変わってる」
「ま、そうかも」
ふっとサイカは笑った。実際に地下があるならどのくらいの深度にあるのだろうとは思う。ものすごく深くという話ではないだろうが、それでも直下にあるという気がしない。自分たちが普段生活している真下でそんな設備があるなんて想像もつかないことだった。
「ねえ、地下を見つけたらどうやっていくの」
「それだよね。わたしもずっと考えているんだけど階段もないでしょう。あるかもしれないけど立ち入り禁止になってるのよ」
「ベッドを下ろすのは少なくとも階段じゃないですよ」
「あー、こちらエルード・マフィアス。応答どうぞ……って、あ」
マフィアスの持っている脳波集音機の本体に何か反応があったらしい。本体から音が漏れ出る。
「ウソ」
「リリン、静かに。聞くぞ」
『……たちへ…………』
ざわわと鳥肌が立ってケインが目を剥き、リリンが「聞こえた!」と嘆いた。
「植物くん! この声か?」
「いや、小さすぎてそこまでは」
「この辺かな、いやたぶんここだ」
ケインがゴロゴロとローラーをかけていると背負った本体に反応がある。ピーピーと小さくアラートが鳴った。サイカたちは顔を上げた。病理医学の待合室の前だ。
近くには階段もエレベーターもない。でも装置の反応で空洞があることは確か、だがどうやって下りるというのだろう。
「ああ、テステス。聞こえますか。どうやって地下に降りられますか」
『…………かいは……こん……にも』
「ダメだ、聞こえてないみたいだ」
「話してみる」
イツキが片耳を塞いで集中し、目を閉じた。何かを話しているのだろう、わずかに口元が動いている。イツキが首を振った。もう一度試す。
するとイツキが何かを読み取りながら口にした。
「彼が上から降りてくるから一緒に来なさい」
「えっ」
サイカは驚いて瞬時に思考を駆け巡らせた。降りてくる? 降りてくるというと……
「エレベーターだ!」
マフィアスが叫んでみんなで一目散でちゅおうのエレベーターに向けて走ろうとした。それをサイカが「待って! そっちじゃない」叫んで押しとどめる。みんな今にも駆けだしそうな足を止めて、驚いた顔でサイカを見た。
「どういう意味、サイカ?」
「たぶんこっち」
サイカが指さしたのは、ガラスの向こうに見える上層階から直通の小さな幹部職員用エレベーターだった。ランプが点灯している。サイカは遠目でそれを見つけたのだ。みんな緊張の面持ちで駆けていく。リリンが下りるボタンを押した。心臓がどくどくと打っている。上から降りてきたエレベーターが鳴って開き、その人物を見て目を見開いた。乗っていたのは。
「ホワァン部長……」
白衣を着た薄毛の背高い医学病理部長のホワァン氏が乗っていた。サイカたちのチームを解散に追いつめた張本人だ。
「なんだ、キミたちは。これは幹部職員用のエレベーターだ。一般職員は中央のを使え」
みんな信じられない思いで彼の顔を見た。イツキの聞き取りは正確だ。サイカが切り出した。
「これから会いにいかれるのですか?」
ホワァン部長がぞっとした顔をした。
「何をいっている。わたしはこれから用事があって忙しい」
そういい切ると扉の閉ボタンを押した。扉が閉まりそうになる。そこへサイカが腕を突っこんで中へ入った。みんなで相乗りする。扉が閉じ切るとみんなでホワァン部長を取り囲んだ。部長は怯えたような顔をしている。マフィアスの装置が言葉を拾って極小の電子音が鳴った。
『愛する世界へ』
機械の読み上げを聞いて部長の動揺は大きくなった。
「止めんか! その機械をどうして持ち出した」
「やはり生きているのですね、アダマス・ヒュランデルが」
サイカの問いかけに彼は答えなかった。機械は断片的に言葉を形にしていく。拡張しているから音が割れて鮮明には聞き取れない。
『愚かな老人……嘆きが届いて……だろうか、わたしはアダマス・ヒュ……デル。混迷する世……伝え……い』
マフィアスの装置を取り上げてホワァン部長は床へ叩きつけた。暴力的な音がする。静かになってケインが言葉をかけた。
「この画像、見たって伝えればわかります?」
携帯電話で見せたのは測定室で見つけたデータを撮影したものだった。重たい吐息がこぼれる。
ホワァン部長は観念したようにエレベーターに自らの目を彩光認証させるとボタンを八つ順番に押した。どうなっても知らんからなと吐き捨てる。がくんとエレベーターが揺れてないはずの階下へ降りていく。ボタン表示はすべて消えていた。
どのくらい下りただろう。みんな言葉もなく静かにしている。マフィアスだけが懸命に機械の周波数をコントロールして何とか言葉を拾おうとしていた。
「だめだ、すぐ途切れる。落下で壊れたのかも。もう一度周波数をコントロールして……」
「マフィアス」
サイカがマスクを取れとジェスチャーした。マフィアスは怪訝な顔でそれに従った。マスクを取って驚いた顔をする。
「わたしたちにも聞こえている」
エレベーターは下降を続けている。青い空が脳内をかすめた。ベニコンゴウインコが飛んで広がるアマゾンの原生林、間もなく映像を伴ったたくさんの感情が直接脳に流れこんできた。
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