43 怪しい調査

「アダマス・ヒュランデルにはどうやって会う?」


 サイカはそこで初めてリリンが声を「ええっ!」と上げたことによって、みんなの考えがずれていることに気づいた。


「え、いかないの?」

「怖いよちょっと」

「オレは行くぞ、世紀の大発見に立ち会える瞬間だ」

「医学博士だからボクも検証したいという気持ちはあります。でも」

「でも?」

「……怖くなってきません?」

「いや、怖くないけど」


 イツキが声を足したのでサイカはおかしくなった。うん、まあそうかとビールを飲み切る。何を想像してるのかなとリリンが問いかけるとケインは怪訝な様子で答えた。


「もしかすると体が巨大化した人間がいるかもしれませんよ。体の巨大化ってのはジベレリンとオーキシンが分泌されて大きくなってるってことです」

「いや、そんな物質知らないけど」

「植物ホルモンね。それもあり得るかもしれないとは思うよ、実際被験者の体が植物の形質を持っているなら」


 サイカはビールを開けると冷蔵庫からもう一本だけ持ってきた。ラストにするからといって。絵の上手なリリンがコピー用紙に絵を描き始めた。


「地下に巨大空間が広がっていて……」

「うん」

「で、そこには植物くんたちが寝ている。ベッドでね」

「うん」

「で、疑似太陽光が照射されていてみんな光合成をしている」

「いや、それはどうかと思うぞ」

「どうして?」

「いや、なんというか想像がつきにくい。地下世界だぞ、でもあるのかそういうことが」

「光を当てなければ死んじゃいますから、きっとその設備はあります」


 リリンがケインの言葉に従って太陽光を書き足した。巨大化した植物と地下空間、背景にはお遊びで美しいアマゾンの自然風景が書き足された。サイカはそれを眺めて、急に恐ろしいことに気づきビールを机にこんっと置いた。


「みんなを地下に隔離してるのってさ、たぶん」

「たぶん?」


 リリンがサイカの目を見て問いかけた。サイカは涙が出そうになりながら口にした。


「たぶん。たぶん……みんな死ねなくなったからだよ」


 みんなその言葉に口をぽかりと開けて固まった。笑みが消えてゆく。え、と呟いたきり黙ってしまった。緑化病に罹った患者は死ねなくなったから、邪魔になって隔離をされたのだとすれば。

 マフィアスがだんだん恐怖が膨れ上がったらしく、まくし立てた。


「死なない人間を飼い殺しているのか! これはプランティアの倫理を揺るがす大問題だぞ」

「擬似太陽光を当てなければ栄養摂取出来なくなって死にますから、それは」

「ならば集めて地下で密かに実験をしてるのかもしれない」

「なんの?」

「テレパシーだよ!」


 テレパシー、とサイカは頭を抱えて少し前のことを思い出した。


「あのテロの犯人たちはこれを知ってたのかな」

「それは分かりませんが、もしそうだとすれば真っ当なことだったと」

「テロを肯定するわけじゃないけど、色々な正しさが分からなくなってくるね」


 サイカの言葉にみんな考えこんでしまった。ヒトが植物としての機能を持ちながら生きながらえること。その恐ろしさを受け止めて言葉もなくした。誰も喋らなくなったのでサイカは仕方なく問いかけた。


「問題はどうやってみんな地下へいくつもり? 方法がないよね」


 しばらく沈黙してケインが提案した。


「建築用の地下空洞調査に使う地中レーダー探査装置があるから借りてきます。それを床に照射しましょう」

「地下があるか分かるな。よし、じゃあオレはイルカと超音波対談したときに使った脳波集音機を借りてくる。それで会話しよう。一階フロアを練り歩くぞ」

「そんなことやってたら怪しいよ」

「植物くんは会話出来なさそうかな。今呼びかけられる?」

「何て?」

「アダマス・ヒュランデルさん、聞こえてたら返事を下さいって」

「…………無理だってば」


 静かにして欲しいといわれたので口を噤む。少しして。


「やっぱり、何も聞こえないから」

「そうだよね、寝てるかもしれないもん。今はきっと地下も夜なんだよ」

「で、いつやる? わたしはいつでもいいけど」

「サイカまで。あたしは反対、もう伏せておいたほうがいいよ」

「人気のない夜にみんなでやりましょう。仕事の都合もいい」

「もう、知らないから」


 へそを曲げたリリンにサイカは向き合ってゆっくり思いを話した。


「もしそんな恐ろしいことが行われているとすれば、わたしたちは彼らを助けなくちゃならない」

「どうやって?」

「緑化抑制剤がとか?」


 サイカの茶目っ気にリリンが泣きそうな顔をした。それだけ症状が進んでいれば緑化抑制剤だって効きようがないかもしれない。それでも。


「死ねないでいる人たちは今、何を考えているんだろう」

「助けて欲しいのかもしれない」


 サイカの問いかけにリリンがぽつりとつぶやいた。


「そうだよ。リリン」


 あたしもいくとリリンが涙声で肯首したので、サイカは抱きしめた。




 翌日、二十三時のエントランスには人が皆無だった。中央の大きなエスカレーターは停止しており、受付に一人いるだけ。やけに閑散として知り合いにでも会おうものなら叫んでみたくなる。いつもは目立たない誘導案内表示が栄えて、高級そうな観葉植物の鮮やかなグリーンが目立つ。イツキがピンクの革張りのソファで初めて会ったときのように気だるげに座っていた。


「お待たせ、みんなまだかな」

「来てないけど」


 イツキの隣に座って天井を見た。吹き抜けで三階まで繋がっている。並んで座ると懐かしい思いに誘われてホッととした。もう半年以上前の出来事だ。


「初めて会ったときもこうだったよね」

「もっと人がいたけど」

「キミは変わらないよ、あの時のまんま」

「そのつもりだったけど、体質的には変わったかも」

「それってどういう……」


 会話を続けようとしているとリリンがやって来た。


「ごめん、遅れた! シャワー浴びてて」

「あとはケインくんとマフィアスだけか」


 いったところで気配がする。二人の姿を見てサイカも思わずあんぐりとしてしまった。


「やあ、みんなお待たせ!」

「どうどう、ゴーストバスターだ!」

「エイリアンでも探すの?」


 イツキのツッコミにみんな笑う。ケインは背中にタンクがついた掃除機のような装置を背負って、マフィアスはトゲトゲの銀の突起のついたマスクをかぶって両手にゲーム機ほどの本体を持っていた。


「仕方ないだろ、これしか貸してくれなかったんだから」

「性能は優秀です。さあいこう」

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