第8話 神の武器
閑古鳥が鳴いてもおかしくないほど長閑な昼下がり。
クラスメイトの誰もが賑やかに食事をする中で、千尋はひとり事態を飲み込めずに閉口していた。常に視界に入る位置に玲がいるせいもあったが、それよりも対面でおいしそうにお弁当を食べている親友たちに心の底から困り果てていた。
親友ふたりが登校してきたのは、一限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くのとほぼ同時だった。「おっはよー!」「はよー」と遅刻してきたとは思えないほど何とも気の抜ける元気いっぱい笑顔満点なマイペースな挨拶を携えて入ってきたのだ。あまりにあっけらかんとしすぎたその様に、千尋の意志は砕けそうになった。友達意識を優先しすぎて大事なことを見落とさないように、頑張って神の一族ではないかと疑いを保っていたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、二人はいつもの調子だった。
あんまりにも普段通りで、もしかしたら関係者ではないのではないか――そんな淡い期待すら過った。それとなく玲の方を窺った千尋は、しかしそれが甘い考えだったのだと後悔するよりも先に目を見開く結果になった。
心ここにあらずといった様子で授業を受けていた玲がひどく驚いた顔をして親友――
なぜここに、見間違いでなければ唇が音もなくそう紡いでいた。
それが、昼休み前までの出来事。
千尋はちびちびと購買で買ったメロンパンを
最初に驚いたきり、彼が親友たちに興味を示した様子はない。知り合いか関係者なのだろうとは思うが、これが咲希の勢力の者なら関わるのを止められていただろうから、味方と考えて構わないのだろう。もしくはそんな立場が存在するのか甚だ疑問だが中立者という線もある。
さて、どちらなのか。敵でなければ別にどちらでもいいのだが、自分から尋ねるのは憚られて口数が少なくなってしまう。元々食事中に話すタイプではないので不自然な空気は流れないが、一方的な気まずさを感じるのは避けられない。
「千尋、食べんの?」
いつの間にか食べる口と手が止まっていたらしい。怪訝そうに、それ、と零にメロンパンを持つ手を目で示され我に返る。
「食べるよ」
食欲はさほどないが、食べなければ午後の授業いっぱい空腹と戦う羽目になるのは目に見えている。ただでさえ苦手な数学と英語のタッグなのだ、お腹がすいて授業に集中できないなどという醜態は御免こうむりたい。
気がかりなことがありながら食べる食事はあまり美味しくないが、話すつもりがないのならこちらから訊かない方がいいことなのかもしれないし、後で玲にでも訊けばいい。
ほっとしたような情けないような気分になりながら砂のような食事を噛み締めていれば、零がため息を零した。
「らしくない」
「……は?」
「らしくないって言ってんの!」
昼休みの喧騒に紛れる程度の、しかし確かな叱咤に千尋はぐっと言葉に詰まった。
らしくないなんてことはわかっている。いつもの自分ならそこにどんな嫌な真実が潜んでいても潔く切り込んで尋ねている。答えを恐れていても、慄いていても、何でもない顔をしてみせる。
絶対に、現実から目を逸らしたりなんてしないのに、それなのに、今、自分は。
思ったよりも動転しているのか消耗しているのか、虚勢を張るのに疲れたのか。
うまく被れなかった仮面の滑稽さに失笑が零れた。一気にどっと疲れが押し寄せてひどい
「訊いていいの?」
「「もちろん!」」
思ったよりも弱弱しくなった声に、音符記号でもつきそうなほど元気のいい声がはもった。
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