第一章 #24

12月24日。

終業式を終え帰宅した昴と綺羅は、アパート近所のスーパーに来ていた。

入り口ではポインセチアの鉢植えが売られている。


店内に掲示されているPOPも緑と赤と金色が多く使われ、チキンやピザ、ケーキにドリンクなども目立つ配置でディスプレイされていて、店内はクリスマスムードで満載だった。


「お兄ちゃん、ケーキは? ケーキは絶対買っていいでしょ?」

綺羅が目を輝かせながら、クリスマス柄のチョコレートケーキの箱を持って昴を見る。 


「もちろんいいけど、それはちょっと大きくない? もう少し小さいのにしたら」

「大丈夫だよ。今日の夜と明日の2回分なんだから」

そう言うと、綺羅は昴が持つカートに置かれたかごの中にケーキの箱を入れた。

「でも明後日は吾朗くんの家でパーティなのに大丈夫?」

「吾朗ママはアップルパイなんだって。だからチョコレートは全然別物だから大丈夫」


母親が亡くなってから、昴と綺羅は何度も一緒にスーパーに買い物に来ているが、こんなに楽しそうに買い物をする綺羅の姿は初めてで、昴も嬉しい気持ちになり、顔がほころんだ。


(まぁいっか。病院代も安かったし、ご飯もレトルトやふりかけばっかだもんね。クリスマスくらい綺羅の食べたい物を買わしてあげよう)


カートを押しながら、昴と綺羅がチキンコーナーの前を通ると、タレでテカテカと輝く美味しそうなもも肉が赤いリボンをつけて売られており、思わず昴の足が止まった。


(これ、毎年みんなで食べてたやつだ)

「ねぇ、綺羅。これ……」

昴が横にいる綺羅に話掛けると、遮るように綺羅が言った。

「これは買わないよ」

「え?」

「だって1本770円もするんだよ。一食のおかずでこんなに使ったらお金がすぐに無くなっちゃうじゃん。ケーキがあれば十分だから、ご飯はいつもみたいにするからね」

「綺羅……」


周りの買い物客のカゴには、野菜や果物、魚、肉、ジュース、揚げ物なの、溢れるくらいに沢山の食材が入っている。

だが自分のカゴの中は、ケーキの箱しか入っていない。


いたたまれない気持ちに昴がショボンとしていると、綺羅が兄の手からカートを取った。

「もう、早く必要な物だけ買って帰ろうよ。長居すると余計な物を買っちゃうから」

綺羅は人混みを避けて、スタスタとカートを押して歩いて行く。

昴は「ま、待って」とオタオタと後を追った。



買い物袋を持った昴と、ケーキの箱を持った綺羅が、自室へ戻った。


昴が買い物袋から買ってきたわずかな食材を机に並べると、綺羅も自分の机の上で、ケーキを箱から出し始める。


「え、今食べるの? 夜ご飯の後じゃなくて?」

「だって我慢出来ないんだもーん」


綺羅は大粒のイチゴが何個も乗ったチョコレートケーキを持ち上げると、「美味しそー」とウキウキする。

昴は、呆れながらもその姿が可愛くて、嬉しくなった。


「じゃぁ、お皿とか持ってくるよ」

「お願いしまーす。あ、あとお湯も沸かして。一緒に買ってきた紅茶も飲もうよ」

「はいはい、お待ち下さい」

昴はクスクス笑いながら、自室を出た。


昴が見守る中、綺羅がイチゴとサンタの飾りが乗ったチョコレートケーキに恐る恐る包丁を入れる。

そのおぼつかない手つきに、昴が心配になる。


「指、気を付けてよ」

「分ってるって」


綺羅は何とかカットした大きさが違うケーキを2枚の皿の上に1つずつ置くと、大きい方にサンタの飾りを乗せ、昴に差し出した。


「はい、お兄ちゃん」

「え、いいよ。大きい方は綺羅が食べてよ」


昴が机に置かれたもう一皿に手を伸ばそうとすると、綺羅が「ダメ!」と言いながら、サンタが乗ったケーキを昴に持たせる。

「お兄ちゃんはこっち食べて」


「でも……」と昴が躊躇するが、綺羅は「いいからいいから」と背中を押して机に座らせ、ティーバッグで作った紅茶が入ったマグカップも机に置く。


「これはお兄ちゃんの成績がすごく良かったお祝いも兼ねてるんだから、遠慮しないで食べて」

「……そう? ……じゃぁいただきます」


昴は手を合わせて頭を小さく下げると、フォークを持ってケーキを一口食べた。


(!! 味しい!! )


昴が目を大きく開いて綺羅を見ると、綺羅は口元にチョコレートクリームを付け、頬を膨らませながらモグモグしていた。

昴はその顔を見て、吹き出しそうになった。


昴のケーキが残りわずかになると、ふとクリーニングの事を思い出した。

「しまった。大家さんから借りたワンピース、ついでに取ってくれば良かった」


綺羅も思い出したように、昴を見る。

「そう言えばお父さんが着たスーツもまだだよね。今度の土曜日に出す?」

「そうだね、土曜が2割引きだからスーツは土曜に持って行って、じゃぁワンピースもその時にもらって来ようか」

「うん」

 

ケーキを食べ終え、紅茶を飲みながらまったりしていると、おもむろに綺羅がテッシュを取って、食べ終えた皿を拭き出した。


昴が不思議そうにその様子を見ていると、綺羅は立ち上がって箱からケーキを取り出す。


「え、まだ食べるの!?」

驚ろく昴に、綺羅は眉間に皺を寄せながら言った。

「違うよ。お母さんの分を切るの」


そして、イチゴひとつ分の幅くらいに小さくカットをしたケーキを皿の上に置くと、両手を合わせ目を閉じた。


「お母さん、メリークリスマス。お兄ちゃんは今回の成績も、5とかAばっかだったよ。良かったね」


そして昴も綺羅の横で膝立ちになって両手を合わせると、目を閉じた。


「お母さん、メリークリスマス。綺羅はお母さんの一番弟子として料理や無駄使いをしないように頑張っているから、成績はいつも通りだったけど褒めてあげて下さい」


綺羅は兄の言葉を聞き、「あー、ひど-い」と頬をぷくっと膨らませた。


昴は「ごめんごめん」と笑いながら立ち上がると、綺羅の頭にポンと手を置いて綺羅を見た。


「僕が勉強を頑張れるのは綺羅がいるからだよ。ありがとう」


すると綺羅も座ったまま昴の腰にぎゅっと抱き付き、顔を上げて昴を見上げた。


「綺羅はアイドルで、お兄ちゃんはお医者さん。なれるように一緒に頑張ろうね」

「そうだね。一緒に頑張ろう」


昴は優しく微笑んだ。

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