第一章 #21

綺羅は、母親がいつも持っていたショルダーバッグを探した。


もしかしたらそこに兄の保険証があるかもしれないし、財布もあれば、いくらかの現金が入っているかもしれない。


だが、定番の置き位置だった箪笥の上には見当たらず、引き出しやクローゼットを開けてみても、バッグは見当たらない。


父親が病院から持ち帰ったので、この部屋のどこかにある事は間違いはない。

さほど広くもなく、収納も限られているこの室内ならすぐに見つけられそうだったが、父親がいつ戻るか分からない恐怖の中で、物色した痕跡を残さずにあちこち探すのは思いの他難しく、気持ちばかりが焦った。


「絶対どこかにあるはずなんだけど……」


綺羅は気持ちを落ち着かせ、もう一度グルっと部屋を見渡した。

すると、ある大切な物も見当たらない事に気が付いた。


「あれ? ……お骨は?」


火葬場から持ち帰ったはずの、白い布で包まれ、ランドセルくらいの大きさの箱に入った母親のお骨が、部屋のどこにも無い。


綺羅は、ふとベッドの布団の中央が不自然に盛り上がっているのに気が付いた。

明らかにその盛り上がり方は、父親が寝ていた後の跡ではない。


綺羅はベッドサイドまで行くと、布団の上から盛り上がった部分をそっと触ってみると、その下には、硬い箱のような物が置かれているような感触があった。


(もしかして……)


綺羅は恐る恐る布団をめくる。

すると、中に母親のお骨が入った白い箱があり、箱の横にはショルダーバッグが置かれていた。


驚いた綺羅は、口元を手で覆ってヒュッと息を吸い込むと、目からボロボロと涙が溢た。


「……お母さん……!」


そしてベッドに上がってその箱に抱き付くと、「お母さん!」と何度も呼びながら嗚咽を上げて泣いた。


だがすぐに泣くのを止めると服の袖でゴシゴシと涙を拭き、ショルダーバッグを自分の体に斜め掛けにして急いで部屋を出た。



綺羅は自室の扉をバンと開けると、声を荒げて「お兄ちゃん!」と呼んだ。


声に反応した昴が綺羅を見て、「どうしたの?」と驚いて体を起こす。


「お母さんに会えるよ!」

「は?」


綺羅は二段ベッドの梯子の下まで行き、昴を手招きした。


「急いで来て! 動ける!? 今ならお父さんがいないからチャンスなの!」

「な、何? どうしたの?」


昴がヨタヨタと梯子を降りて来ると、綺羅は手を引いて部屋を出た。



綺羅に連れられ、昴が寝室に入る。

「き、綺羅!?」

戸惑う昴に、綺羅が「見て!」とベッドを指差す。


昴は声につられてベッドを見ると、そこに母親のお骨を見つけ、みるみる目に涙が溢れた。

「お母さん!」


そして昴はベッドに上がると、正座で母親のお骨を抱きしめ、声を上げて泣いた。


「お母さん、お母さん、お母さんお母さん、お母さん!」


その姿を見た綺羅の目からも再びブワっと涙が溢れ、昴の横で立ち膝になり、兄の頭を抱きしめて呟いた。


「やっとみんなで会えたね」


昴は泣きながら、コクコクと頷いた。


綺羅は昴の頭から手を放すと、斜め掛けしていたバッグの中をゴソゴソと確認する。

すると中には、財布、エコバッグ、ハンカチ、ティッシュと、昴と綺羅の保険証が入ったカードケースがあった。


「あった! お兄ちゃん、保険証あったよ!」

「え?」


涙と鼻水でグチャグチャな顔の昴が顔を上げて綺羅を見ると、綺羅はカードケースを顎の下に挟み、母親の財布を開けていた。


「き、綺羅!?」


昴が目を真ん丸にして驚く。

だが綺羅は気にせず財布からお札を取り出すと、財布をバッグに戻して昴を見る。


「お父さんから貰えないなら、お母さんから貰うしかないでしょ」


そして綺羅はベッドから降り、茫然とする昴に手を差し出した。


「さ、もう戻ろう。お父さんがいつ帰って来るか分からないから」

「え? あ、うん、分った」


昴が綺羅の手を借りてベッドから降りると、綺羅はテキパキとバッグをお骨の横に置き、布団を元のようにかぶせ、昴を連れて部屋を出た。



自室へ戻った昴は、ヘナヘナと床に座り込む。


「お兄ちゃん大丈夫?」

心配した綺羅が昴を覗き込む。


「……綺羅、すごいな……」

「なんで? 全然すごくないよ」


疲労困ぱいの昴とは反対に、綺羅はシャキっとしている。


「もしお金をもらった事がお父さんにバレたらどうするの?」

「布団もバッグも元通りにしたんだからすぐにはバレないよ。病院に行って、残ったお金で食材を買うの。それに、もしバレても、使っちゃったお金は返せないから怒られるだけで済むでしょ」

「……怒られるだけって……」

綺羅の話を聞き、頭がクラクラした昴は、前かがみで両手を床についた。


「大丈夫!? だから今から病院行こうよ。保険証もあるし」

昴は前かがみのまま綺羅を見ると、首を小さく左右に振る。


「ダメだよ。もし僕たちが留守の間にお父さんが帰って来てチェーンをしたら、家に入れなくなる。もう夜になるしそれは危険すぎるから、やっぱり今日は行けないよ」

「そんなぁ。じゃぁ明日の朝に行こう。学校に行くフリして病院に行くの。ねぇお願い、いいでしょう」


綺羅がすがるような目で昴を見る。

勢いに押された昴が、「……分かったよ」と苦笑いしながら答えると、綺羅は「絶対だよ!」と両手で昴の手をギュッと握った。

その右手には、お札も握られていた。


昴はお札が気になった。

「お母さんのお金、いくらあったの?」

「あ、そうだね。数えないと」


綺羅が床にお札を並べ始め、昴はそれを見守った。

お札は全部で3万2千円あった。


「これだけあれば、病院は大丈夫だよね?」

「……多分」

「良かったぁ」


ホッとする綺羅だが、昴は別のことが頭をよぎった。


「ひとまずそのお金は僕が預かっておくから、綺羅は台所に出しっぱなしのアレ、片づけてきたら?」

「そうだった! あれが今ウチにある全食材で、冷蔵庫に入れなくて大丈夫なのはここに置いておこうと思うんだ。あ、それと、ジャガイモって芽が出ても食べれるかな」

「芽? 多分、取れば食べれるんじゃない?」

「ほんと? ……でも今日は一人で台所で料理するのはちょっと怖いから、お兄ちゃんが元気になったら一緒に料理したい」

昴は綺羅の頭にポンと右手を置いた。

「明日病院に行けばきっと良くなるから、今の内にここに置く物を持って来なよ」

「分かった!」


綺羅が部屋を出て行くと、昴は床に並べられたお札を見た。


(使うのは1万円以内にすれば、残りは綺羅の月謝代に出来る!)

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