第一章 #16
ダンススクールのロビーの隅で、昴は椅子に座って生物の教科書を読みながら綺羅を待っていた。
「あれ? 昴君じゃね?」
ふいに聞こえた自分の名前に反応して昴が顔を上げると、数歩離れた所に10代に見える2人の少年が立っていた。
一人は小柄で明るい髪色と大きな目が印象的で、もう一人はバランスの良い長身に一つに結んだ三つ編みを左肩から前に垂らしていた。
「あ、やっぱり昴君じゃん。お疲れ」
知らない人から声を掛けられ、昴は訝しみながらとりあえず小さく頭を下げると、小柄な少年が昴の隣に腰を掛けて手元を覗き込んできた。
「何読んでるの? って、うっわ、生物の教科書じゃん。ここで教科書読んでる人初めて見たわー」
少年の勢いに戸惑う昴を庇うように、長身の少年が口を開いた。
「おい吾朗、離れろって。昴君びびらせてんじゃねーよ。いつも言ってんだろ。お前近いんだって」
「おっとそうだったー」
吾朗と呼ばれた少年は、両手を顔の前で合わせてごめんごめんと言いながら長身の少年の元へ戻ると、右腕に手を回してピタっとくっついた。
昴はバツが悪そうな顔で、「すいません」と頭を小さく下げながら、急いで教科書をリュックにしまおうとすると、長身の少年も昴に話しかけてくる。
「綺羅ちゃん待ってるなら、練習終わったからもうすぐ女子達と一緒に降りて来るよ」
「え?」
目的を当てられた昴が振り向くと、右手にしがみつく吾朗を長身の少年が振り払おうとしていた。
「昴君と俺ら、先週もここで会ってんだよ。覚えてる? おい、離れろって」
「やーだ、絶対離れない。昼休憩の時に2Fの廊下で綺羅と話した人だよ」
昴はじゃれあう2人の顔を見て、先週の記憶がうっすらと蘇る。
「もしかして、綺羅のグループの人ですか?」
昴の言葉に長身の少年の力が一瞬緩まると、その隙をついて右手にしがみついた吾朗が嬉しそうに昴を見た。
「そうそうグループの人! 俺が吾朗でこっちがかーちゃん」
「かーちゃん?」
昴が訝しむ。
「そ、この人グループのお母さんだから」
「おい、いい加減な事教えるなって」
長身の少年が呆れ顔で吾朗を見ると、吾朗はエヘッと笑い返す。
その顔を見た長身の少年は、諦め顔で小さく溜息をついた。
「ったく。……俺は和典って言うんだけど、みんなからは名前で呼ばれてる。かーちゃんなんてメンバーしか言わないから。最初に言い出したのはこの子猿だけどな」
「だってメンバーの最年長だし髪の毛だって一番長いじゃん」
子猿と言われても気にしない吾朗の口元を、和典は左手で覆う。
「ちなみにウチのグループには他に怜とすみれっていう女性メンバーがいて、綺羅ちゃん入れて全部で5人なんだ。ついでに言えば、吾朗と怜が中3で、すみれが高1、そして俺が高2」
昴の視線が、ふと吾朗に向いた。
それに気づいた和典が、苦笑いしながら口元の手を吾朗の頭に置き直す。
「別にこいつ不良じゃないから安心して。名前は和風だけどハーフだから髪の色が明るいだけ」
「ハーフ?」
「イエス! 俺の髪色は黒髪パパと金髪ママのミックスなんだ」
吾朗はニカっと笑い、指でピースサインを作った。
「すごい。僕外国の人を見た事がないです」
驚く昴に、吾朗がノリノリで反応した。
「じゃぁ今度遊びに来なよ。ママの作るパイは最高なんだ。一緒に食べようよ」
「まじか! 俺も行っていい? 吾朗ママのパイ、まじでヤバイから」
和典が食い気味に吾朗の顔を見る。
「いいよ。じゃぁ女子メンも呼んでみんなでクリスマスパーティしようか」
吾朗の提案に和典も「いいねー」とノリノリになると、2人は楽しそうな顔でグッターチをする。
そんな2人を見て、昴は母親の作ってくれたプリンが大好きだった事を思い出したが、すぐに今しがたカフェでインストラクターの羽木から聞いた、「綺羅をダンスが上手い人のグループに入れた」という言葉を思い出した。
「そう言えば、あの、皆さんはダンスがすごい上手なんですよね。綺羅だけ初心者で、それに小学生だけど大丈夫なんですか?」
「はぁ? 何言ってんの?」
吾朗は和典の腕を引っ張りながら昴の元にやってくると、真面目な顔で昴を見た。
「そんな心配しなくていいからね! 俺ら綺羅ちゃんが入ってくれてまじ嬉しいんだから。こないだ怜も言ってたでしょ。みんな同じ気持ちだよ」
和典も吾朗の腕をほどいて態勢を整えると、優しい口調で話を続ける。
「ほんとそれな。それに上手いって言っても俺らもまだまだで、今でもたまにケイ先生の初心者クラスで基礎練受けてるくらいだから。先週がちょうどそうだったんだけど、もちろん俺らも全員で綺羅ちゃんをバックアップするし、来年には一緒にイベントに出たいと真剣に考えてる。だから昴君は、ただ全力で綺羅ちゃんを応援してあげてよ」
和典と吾朗の真剣な目を見て、昴はリュックのショルダーベルトを両手でギュッと握りしめながら、頭を下げた。
「……ありがとうございます!」
「あれ、お兄ちゃん?」
可愛い声がロビーに響き渡り、昴たち3人が声の方を見ると、階段を降りて来る綺羅、怜、すみれの姿があった。
「もしかして迎えに来てくれたの?」
「うん」
「嬉しい! ありがとう」
綺羅が昴の元へ駆け寄る。
そして怜は吾朗の横へ立つと、肘で突っつきながら話し掛ける。
「吾朗、あんた昴君にウザ絡みしてないでしょーね」
「してねーよ」
「ほんとに?」
「しつこいな。大丈夫だって。ね、昴君」
ふいに吾朗から話し掛けられ、昴はコクコクと頷づくことしか出来なかった。
「こんばんは。ねぇ昴君って将来はお医者さん目指してるんだから、頭
良いんだよね」
「……え?」
いつの間にか昴の横に、ニコニコしながらすみれが立っていた。
昴がチラっと綺羅を見ると、目が合った綺羅がぎこちなく視線を反らす。
昴はさっきからみんなが自分の事を躊躇なく名前で呼ぶのが気になっていたが、合点がいった。
綺羅が、自分の事をこの人たちに話していたのだ。
すみれが、申し訳なさそうな顔で話を続ける。
「実はね、先週2学期の期末が度終わったんだけど、まじ数学と科学と英語がヤバくって。だから今度一緒に勉強してくれない? 一人だとどうしても集中出来ないんだよね」
すると、怜と吾朗も会話に入り込んできた。
「あぁー、すみれちゃんだけズルイ。だったら私も昴君に勉強教えてもらいたいし。数学赤点だったんだから」
「まじか。今頃赤点なんて受験やばいんじゃないの? 俺が教えてやろうか?」
「だからそういうトコ! いいですー、吾朗だけは嫌ですからー。あんたに教わったら私のメンタルボロボロだわ」
みんながワチャワチャと話し出し、昴はどうしていいのか戸惑った。
するとると、パン! という音が大きく鳴り響く。
その音で会話が止まり、昴、綺羅、吾朗、怜、すみれの5人が音の方を見ると、仁王立ちで両手を胸の前で合わせた和典の姿があった。
「お前らうるさい! メンバーの家族にはまず挨拶だろ。ちゃんとしろ!」
和典の言葉を聞いた吾朗、怜、すみれの3人が、「そうだったー」と慌てて横一列に並びだす。
そして和典も列の端に加わると、4人が自己紹介を始める。
昴は、自己紹介が終わる度に、一人一人に丁寧に頭を下げた。
「ねぇ、せっかくだし6人で写真撮ろうよ」
全員の自己紹介が終わると、右手にスマホを持ったすみれが告げた。
すると昴以外の全員が嬉しそうにノリノリになり、「いいねー」とすみれの
周りに集まる。
昴はその提案に躊躇し、その場から動かずみんなに向かって声を上げる。
「じゃぁ、僕がみんなを撮ります」
みんなの視線が昴に集まると、吾朗が「何言ってんのさ」と言いながら昴の元に来て、手を取った。
「だって、僕だけ部外者だから」
昴が困ったようにそう告げると、「はぁ!?」と吾朗が呆れ、その声に昴はビクッとする。
すると怜もやって来て、「だからそういうトコだって」と言いながら、吾朗の頭をパチンと軽く叩く。
昴は吾朗と例に両腕を掴まれ、ガッチリと両脇を固められた。
するとその前に、綺羅と和典がしゃがむ。
そしてすみれは連れて来た受付スタッフにスマホを渡すと、綺羅の横へ行きしゃがんだ。
6人がキュッとまとまったのを確認したスタッフは、笑顔でスマホを構えた。
「じゃぁ何枚か撮りますねー、行きますよー、はい、チーズ!」
昴と綺羅がアパートの自室に帰って来た。
昴は椅子に座ると、机に置いたリュックに左頬を乗せて、ふうと一息つく。
(あ、しまったぁ。スーパー行くの忘れた)
昴は、帰りにスーパーに寄ろうと思っていた事を思い出したが、メンバーの迫力に押され疲労困ぱいだったため、スーパーは諦めた。
綺羅が、昴の顔の近くでスマホを見せて来た。
「お兄ちゃん、写真来たよ、見て見て」
顔をリュックに置いたまま昴がスマホを見ると、そこには、楽しそうな5人の中に、昴一人だけが緊張気味で写る写真が数枚並んでいた。
昴はその写真を見て苦笑いしながら、「みんな、良い人だったね」と呟いた。
すると綺羅が、「うん!」と満面の笑みで告げた。
「綺羅もね、みんなの事大好きなの!」
昴はそんな綺羅の顔を見て、ムクっと起き上がると両手で自分の頬をパチンと叩くと、意を決した顔で綺羅を見た。
「綺羅、話があるんだ」
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