第一章 #7
翌朝。
昴と綺羅は、台所の食卓で炊きあがった白米にふりかけを掛けただけの朝食を食べると、食器を洗い、登校の準備をしてアパートの部屋を出た。
昴は首元からリボンでぶら下がった鍵を取り出しノブに差し込んで回すと、「ガチャ」と鍵が掛かる音がする。
昴と綺羅はお互いの顔を見て、微笑んだ。
台所の食卓の上には、綺羅の手書きメモとふりかけが置かれていた。
―お父さんへ ゴハンをたきました。おなかがすいたら食べて下さい。きらー
「明日のダンススクール、僕も一緒に行っていい?」
兄の言葉を聞いた綺羅が、驚いた顔になる。
「行っていいの?」
「もちろん。今月のレッスン代は払ってあるんだし、逆に行かないともったいないよ」
「うん!」
綺羅が嬉しそうにうなづくと、昴もつられて顔がほころんだ。
大きな交差点に来ると、綺羅が足を止めた。
「ここでいいよ」
「え? いや、学校まで一緒に行くよ」
「ううん、大丈夫。でも帰りは公園で待ち合わせね」
綺羅は信号が青になると、昴に手を振りながら横断歩道を小走りで渡って行った。
昴は綺羅が渡り終えるのを見届けると、反対方向へと歩き出した。
中学校の2年1組の教室では、昴は授業を受けながら考え事をしていた。
(毎回ふりかけって訳にはいかないよな)
土曜日の今日は半日授業なので、昼食から自分たちで用意しなければいけない。
冷蔵庫にはまだ卵があるから目玉焼きは出来る。
だけど他の食材はどうだろうか。
無駄遣いをしないためには自炊がマストだ。
昴は、今後のメニューについて綺羅と相談しようと思った。
授業が終わると、昴は急いで教科書を学生カバンにしまって教室を出た。
息を切らした昴が公園に到着すると、まだ綺羅の姿はなかった。
(僕が先だったかな)
昴はベンチに腰掛けると、スマホで目玉焼きの動画を検索した。
だがしばらく待っても綺羅が現れず、昴は不安になる。
(流石に遅すぎないか。まさかお父さんに見つかって家に連れて行かれたとか? それとも事故?)
昴が思わず立ち上がると、「お兄ちゃーん」と言う声が遠くから聞こえた。
声の方を見ると、ランドセルを揺らしながら走って来る綺羅の姿があった。
「綺羅!」
昴も綺羅の方へ歩き出した。
「どうしたの? 遅かったじゃないか」
「ごめんね。今日授業が終わってから美化委員会があるのを忘れてたの」
「美化委員会? 綺羅、美化委員なの?」
「そうだよ、知らなかった?」
「……なら良かった」
ホッとした昴が綺羅の頭に手を置く。
「次から委員会の日は事前に教えてね」
「うん、ごめんね」
気を取り直し、昴はランドセルの上に手を置き、歩き始めた。
「お腹減っただろ。お昼は目玉焼きにしようと思うんだけど」
「お兄ちゃん作れるの?」
綺羅が驚いて昴を見る。
「綺羅を待っている間に動画で予習したから、多分大丈夫だと思う」
「わぁ楽しみ!」
昴は喜ぶ綺羅を見て、よし! っとやる気が出る。
アパートの部屋の前に着いた昴が首元から鍵を取り出して鍵穴に差し込むと、扉に鍵が掛かっていなかった。
「あれ? 開いてる?」
昴の言葉を聞いた綺羅は一瞬で不安顔になり、兄の背後に隠れる。
昴がそっと少しだけ扉を開けて玄関の中を覗くと、たたきに父親のサンダルが無い。
「お父さんいないかも」
「……会社行ったのかな」
「今日は土曜日だから休みだと思うんだけど」
昴は扉を開け、わざと大きな声で「ただいまぁ」と言ってみる。
だが室内は静まり返り、物音ひとつしなかった。
昴と綺羅がそっと中に入って行くと、寝室のドアが少しだけ開いている。
昴がその隙間から恐る恐る中を見ると父親の姿は無く、転がっている缶ビールの数が増えているように思えた。
眉間に皺を寄せた昴が綺羅の手を取ると、急いで自室へ入って行った。
「もしかしたらお父さんはビールを買いに行ったのかもしれない」
「ビール?」
自室の真ん中に、昴と綺羅は向かい合って立っていた。
「未成年の僕たちじゃ売ってもらえないから自分で買わないといけないから」
綺羅が不安顔になる。
「じゃぁまたトイレで寝ちゃうかもしれないの?」
「それは分からないけど、言ったろ? その時は僕がお父さんを……」
「酔っぱらって寝てたら起きないよ」
綺羅が弱々しく、昴に反論した。
「だからお父さんがトイレに行ったらその都度確認して、寝込まない様に僕が気を付けるよ。もうトイレに入れないって事は絶対に無い様にするから大丈夫だよ」
綺羅は昴を見ながら、ポロポロと涙を流す。
「起きなかったらまた公園のトイレ行くの?」
「……大丈夫だよ。もう絶対にあそこには行かないから」
昴はそっと綺羅を抱きしめた。
昴が台所へ来ると、食卓にシワクチャに丸められた綺羅のメモと未使用のふりかけがあった。
(ウソだろ……)
昴はそれを拾いあげると、ゴミ箱の奥に見えない様に捨てる。
すると、ガチャン、と玄関の扉が開く音がした。
昴が一人で玄関へ行くと、ビールの缶が何本も入ったコンビニ袋を抱えた父親と目が合う。
「お帰りなさい」
「……」
父親は昴の声を無視して寝室に向かった。
昴は勇気を出して話を続けた。
「お父さんご飯は? もしまだなら目玉焼きを作ろうと思うんだけど、お父さんも食べない?」
「……必要ない」
父親は一言だけ言い残すと、部屋へ入って扉を閉めた。
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