第一章 #2

父親から連絡を受けたアパートの管理人がタクシーを手配してくれて、昴と綺羅は病院へ向かった。


タクシーの中で綺羅は「お兄ちゃんお兄ちゃん」と兄の右腕にしがみついてずっと泣いている。

昴は、自分まで泣いたら妹が壊れてしまうと思い、泣くのを我慢した。


昴達は病院の夜間入り口でタクシーを降りて受付で名前を伝えると、看護師に案内され部屋に着いた。

そこにはベッドに覆いかぶさって泣いている、父親の後ろ姿があった。


「お父さん!」

「お母さん!」

昴たちが駆け寄ろうとすると、父親のするどい拒絶の声が響いた。

「来るな!」

そして涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を上げると、眉間に皺を寄せて子どもたち睨みつけて怒鳴った。

「お前がアイドルになりたいなんて言うから、夏樹は死んだんだ!」


母親は、首の骨が折れていた。

愛車のママチャリでパートからの帰宅途中、後ろからきた猛スピードのロードバイクと接触して自転車ごと転び、打ち所が悪かったらしい。雪が降り始めて急いだサラリーマンの無理な運転が招いた事故だったが、サラリーマンはよろけただけで打撲一つ無かった。




翌日、母親はアパートの近くの小さな葬儀場に運ばれた。

母親が亡くなってから、放心状態で会話が出来ない父親に代わって、管理人が兄妹を世話した。

父親には息子の喪服を、綺羅には孫の黒いワンピースを貸してくれ、昴には学生服を着ればいいと教えてくれた。


昴たちがやっと会えた母親は、棺桶の中で眠っているようだった。

今にも「寝すぎたわ」といつものように焦りながら起きてくれるんじゃないかと思えるほどで、綺羅が泣きながら「お母さん」と何度呼んでも目を覚まさないのが、不思議に思えて仕方なかった。


係の人から時間ですと促され、父親は母親の棺桶の傍に立ち、兄妹は親族席に座らされた。

管理人から「お別れに来てくれた人にはお礼を言うのよ」と教わっていたので、昴たちは来てくれた両親の会社の人や同級生、兄妹の学校の先生や友達一人ひとりに「ありがとうございます」と頭を下げた。


祭壇の方から一際大きな泣き声が聞こえ、昴と綺羅がそちらを見ると、数人の大人が母親を見て泣き崩れ、父親もその中の一人に抱きついて一緒に声を上げて泣いていた。


そのみんなが父親と母親を「誠」「夏樹」と名前で呼んでいて、昴たちは不思議な気持ちになった。


「昴くんと、綺羅ちゃん?」

2人の知らない大人が昴たちの前に来て、わざわざ腰を曲げて名前を聞いてきた。


「はい、そうです。今日はありがとうございました」

昴はとりあえず他の人と同じ挨拶をすると、隣に座る綺羅も頭を下げると、2人の大人はしみじみと涙を流し、昴達にやさしく語りかけた。

「本当に大きくなったわねぇ」

「2人とも誠と夏樹にそっくりじゃないか。良い子に育ったな」 


そして2人の大人は、戸惑う昴と綺羅に、「これから何かあればいつでも気軽に連絡してきてね」と、坂田児童養護施設と書かれた名刺をそれぞれに渡した。


昴はその名刺を見て(知ってる!)と思い綺羅を見ると、綺羅も同じ気持ちで昴を見ていた。

そこは母親がいつも「実家みたいな所よ」と言っていた場所だった。


両親から度々、綺羅と昴しか血のつながった家族はいない、と聞かされていたが、ここにいる人は明らかに他の人達とは違う悲しみ方をして、自分たちの事も小さい時から知っている。


(この人達は血のつながらない家族なのかな)


そう思った瞬間、昴の目から大粒の涙が溢れだし、その顔を見て綺羅もつられて大泣きした。

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