第3話 先住者

   ◇◆◇◆◇◆◇


 沢田は、週明けに出社した。

 マンションを焼け出されただけで、怪我は無かったらしい。

 

 「今は、とりあえずウィークリーマンション住まいだよ」

 「無事でよかったな。心配したぞ」

 「すまん、すまん」

 「けどさ、マジでお祓い行った方がいいんじゃないのか」

 「ああ、それな。お前の言いたいことは分かるけど、逆なんだよ」

 「逆?」

 「あの声のおかげで、オレは助かったんだよ」

 

 沢田は、火事のあった夜のことを話してくれた。

 眠っていると、「火事よ! 火事よ!」と、声が聞こえてきたらしい。

 女性の声だ。

 「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と答えてくれる、あの女性の声である。

 眠りが深かったせいか、声は聞こえているけど目が覚めない。

 夢うつつの中で、その声を聞いていると、「焼け死ぬわよ!」と、大声で叫ばれたと言う。

 それで沢田は目が覚めた。

 焦げ臭い部屋の中で明かりを点けると、すでに薄っすらと煙が漂いはじめていたらしい。


 「短パンとTシャツ姿のまま、慌てて逃げ出したよ。

 火元は、大学生が住んでいた隣りの部屋だって話だ。

 あの声で起こされなかったら、たぶん、オレは焼け死んでたな」

 「じゃあ、声は、お前の命の恩人ってわけか……」

 「そう。感謝しかないね。

 でさ、今はウィークリーマンションに寝泊まりしているんだけど、出かけるときに『いってきます』って言っても、帰ってきて『ただいま』って言っても、返事は無いんだよ」

 「そりゃ、そうだろう」

 「お前さ、事故物件とか言っていただろ。

 だから、改めて不動産屋で聞いてみたんだよ。それらしいことはあったのかって。

 でも、あの部屋もアパート全体でも、殺人はもちろん、自殺や孤独死、事故死も、一切ないってさ。

 それで、オレが入居する前に住んでいた人間のことも気になってさ、ちょっと調べてみたんだ」

 「どうやって?」

 「さすがに不動産屋は教えてくれないから、近所の人に、『引っ越してきて一ヶ月もしない内に火事に遭って、まったく運が悪いですよ。逆に、入れ違いで出て行った人は幸運ですよね。あやかりたいや』って、こんな話をふったんだよ。

 そしたら、口の軽い人間が何人かいて、色々と教えてくれたよ」

 「どんな人が住んでいたんだ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る