牛肉転生 ~農場ギルドで役立たずと言われて追い出された後、自分が最高級肉であることを知る。今さら農場ギルドのマスターが食べさせてくれと言ってきたけど、モー遅い。肉屋に再就職して楽しくやっているので~

遠野蜜柑

牛肉転生 ~農場ギルドで役立たずと言われて追い出された後、自分が最高級肉であることを知る。今さら農場ギルドのマスターが食べさせてくれと言ってきたけど、モー遅い。肉屋に再就職して楽しくやっているので~




「あ、牛肉さん! ちょっといいですか?」


 廊下の拭き掃除をしているとカルネさんが声をかけてきた。


 カルネさんは農場ギルドの受付嬢である


「ギルドマスターが牛肉さんに話があるから後で部屋に来て欲しいと言ってましたよ」


「え? マスターが? わかりました。じゃあここの掃除が終わったら行きますね!」


 雑巾を絞りながら俺は一体何の話だろうと考えた。

 もしかしたら、ただの雑用から正規職員にしてもらえるのかも……!




 牛肉に転生し、異世界に来て三年。慣れない体と違う世界の文化に戸惑いながら俺は今日まで一生懸命やってきた。ようやく前世を吹っ切って、牛肉として生きていくことを受け入れ始めていたそんな矢先――


「牛肉、お前はクビだ。荷物をまとめてギルドから出て行け」


「え……?」


 俺はギルドマスターの部屋で解雇を告げられていた。


「そ、そんな嘘ですよね……?」


「嘘じゃない。お前、邪魔なんだよ。掃除くらいしか仕事もできない役立たずはうちのギルドにいらねーんだ」


「…………!」


 俺は衝撃を受けた。

 確かに肉である俺は事務仕事や力仕事をこなせない。

 それは純然たる事実だった。


 だけど、その代わりに俺は無償でギルドの食堂に肉を提供したり、掃除も埃ひとつ残さないよう丁寧にやっていた。


 そうやって自分なりに貢献しているつもりだった。

 でも、ギルドマスターにとってそれは全然評価できることじゃなかったみたいだ……。


「今、農場ギルドはブランド肉が軌道に乗って絶好調なんだよ。優秀な職員もたくさん入ってきている。ペタペタ音を立てながら移動する肉塊がいたら普通に気持ち悪いだろ? そんなもんがうろついてたらギルドの品格と肉のブランドに傷がつく。だから消えてくれ」


「うっ、わかりました……」


 できる仕事が限られていることや肉であることを持ち出されては何も言い返せない。


 俺がいて迷惑というなら受け入れるしかなかった。


「さっさと出て行け。生臭いんだ、てめーはよ?」


「すみません……今までお世話になりました……」


 バタンと扉を閉めて俺はギルドマスターの部屋を後にする。

 ああ、悔しい……。

 涙がこぼれそうだ。




 とぼとぼとギルドの廊下を歩く俺。


「あれ? 牛肉さん? どうしたんですか、顔が真っ青ですよ?」


「ははは……ちょっといろいろありましてね……」


 カルネさんが俺のことを心配してくれたが、今は何も話す気になれなかった。


「ギルドマスターとの話は終わったんですか?」


「ええ、はい……まあ……」


「あっ! もしかして正規の職員にしてもらえる話だったんじゃないですか!?」


 カルネさんは悪気なく表情を綻ばせて言った。


「……っ!」


「えっ、牛肉さん!?」


 俺は逃げるように彼女の前から去った。

 役立たずと言われたことを口に出す勇気は俺になかったのだ。





 寮の自室で俺は荷物をまとめる。

 荷物といっても、牛肉である俺の所持品は少々の現金と銀行のカードだけ。

 服もパンツも必要ないから実に身軽だ。


「自分なりに、頑張ったんだけどな……」


 こうして、俺は三年間暮らした部屋を引き払った。




「これからどうすりゃいいんだ……」


 ギルドを追放され、無職になった俺は町を彷徨っていた。

 牛肉の身では新しい就職先も簡単には見つからないだろう。

 貯金はあるが、いずれそれも尽きる。


 途方に暮れて溜息を吐くと――


「あ、あなたはまさか伝説の高級肉!?」


「は……?」


 擦れ違い様、長い銀髪の少女に肩を掴まれて呼び止められた。


「間違いない! あなたは現在では存在の消滅した伝説の高級肉です! どうしてあなたみたいな肉がこんなところに!?」


 目を爛々と輝かせて、彼女はその美麗に整った顔を俺に近づけてくる。


「俺が伝説の高級肉?」


 この少女は一体何を言っているのだろう。


「そんなわけないじゃないですか、俺はただの牛肉ですよ」


「いいえ、あなたは間違いなく伝説の高級肉ですよ! 赤身と脂の比率、色味……このわたしが見間違えるはずありません!」


 少女は自信たっぷりに言う。

 まさか、俺が伝説の高級肉だって?

 肉として三年間生きてきたけど、誰もそんなことを言ってこなかったぞ。


「わたしのことが信じられないんですか? なら、ちょっと来て下さい。ちょうど、あなたの価値を証明するのに相応しい相手が店に来ているんです」


「はあ……?」


 あまりにも確信めいて彼女が言うので俺は半信半疑ながら彼女に着いていくことにした。


 行く場所もないしな……。



 この少女との出会いが俺の肉生を一変させることになるとは、この時はまだ露ほども思っていなかったのである。





 彼女の名前はミアーサというらしい。


 両親から受け継いだ肉屋を経営している18歳の少女で、なんとS級牛肉鑑定士という資格を持っているそうだ。


 彼女に案内されて訪れたのは彼女の店だった。

 彼女……ミアーサは暖簾をくぐって店の奥のスペースに行く。

 どうやらそこは彼女の居住空間となっているようだ。


「なに? 彼が伝説の肉だというのかい?」


 居室の椅子に腰掛けて待っていた何やら気品のある老齢男性が疑わしげに言う。


 彼はミアーサから興奮気味に俺の素性を説明されても胡乱な目を俺に向けていた。


「国に三人しかいないS級牛肉鑑定士であるわたしの目に狂いはありません。とりあえずできたので食べて下さい」


「ふむ……」


 老齢男性は俺の肉を焼いて作ったステーキをゆっくりと口に運ぶ。

 すると――



「う、美味い……なんだこの肉は……! 農場ギルドの牛肉を遥かに超えている!」



 カタカタと震えながら掻き込むように残りも食べていく老齢男性。

 聞けば、彼はこの国の上から数えたほうが早い侯爵の地位にいる偉い貴族らしい。

 ミアーサとは肉の目利き研究会を通じて知り合ったのだとか。


 山ほど美味いものを食べてきたはずの高位貴族がここまで高揚して食べるとは……。

 俺の肉ってそんなにすごかったのか。


「俺が最高級肉だったなんて……」


「あなたは今ではどこにも実在しないと言われている伝説の牛肉よ。現在の最高級品と言われている農場ギルドのブランド肉ですら、伝説の肉の前ではクズ肉も同然……。それほどまでにあなたという牛肉は素晴らしい肉なの」


 役立たずと言われ否定され続けていた俺という肉が彼女によって肯定される。

 牛乳も搾れない、ブランドの牛肉でもない、ただの肉塊でしかないと……。

 ギルドマスターから散々否定されてきた自尊心が彼女の言葉で救われていく。


「ううっ……」


 俺は視界を滲ませながら、気がつくとこれまで農場ギルドで頑張ってきたことや追放されたことなどを話していた。


「そうだったの……確かに農場ギルドの職員食堂の肉は非常に美味しいと有名だったけど、まさかあなただったのね……」


「頑張ってきたのに大変じゃったな……」


 痛ましそうな表情を浮かべるミアーサと侯爵。


「あなたはクズ肉じゃない。皆に必要とされる素敵な牛肉よ」


「…………ッ!」


 優しげな声でミアーサに頭を撫でられた俺は自分の顔が赤くなったのを自覚した。

 まあ、生肉だからもともと赤ですけど……。


「ねえ、もしも行く宛てがないのならうちの肉屋で働かない? あなたを追い出した農場ギルドに目にものを見せてやりましょうよ」


「俺が肉屋で……?」


「あなたなら、大陸で一番の肉として君臨することができる。わたしは肉屋として全力であなたを売ってみせるわ」


 自分の可能性を見出してくれた彼女の役に立ちたいと俺は思った。

 クズ肉じゃない……。


 そう言ってくれた彼女と共に大陸で一番の肉を目指すことが俺の異世界での大きな目標となった瞬間だった。


 それから数日後には侯爵の紹介で王太子がやってきて俺の肉に舌鼓を打ち、国王や王妃、王女、第二王子、王弟も俺の肉を食べて虜になっていった。


 こうして、俺は農場ギルドのブランド牛に変わる最上位の肉として大陸に名を馳せていくことになるのである。




◇◇◇◇◇



 かつての農業ギルドはブランド牛こそ多少の価値が認められていたが、激務や家畜の糞の臭いなどのイメージから敬遠され、肉の手も借りたいほどに人材が集まらなかった。


 しかし、この二年ほどでギルドには多くの有望な新人職員が入ってくるようになった。


 おかげでギルドマスターもようやくあの不気味な動く生肉をクビにする余裕ができたのである。


 この躍進はギルドが開発したブランド牛に携われる栄誉に皆が気づいたからだろうとギルドマスターは思っていたのだが……。


「おい、最近食堂の料理の質が低下したとクレームが殺到しているようだが」


「はあ、そりゃまあ前まで使ってた牛肉を違うものに変えたからでしょうね」


 職員からの要望をまとめた嘆願書が届き、半数以上が署名するその案件を見たギルドマスターは問題の食堂に踏み込んで料理人を詰問していた。


「だったらケチケチしないで前に使っていた良質な肉を使ってやればいいだろう。うちのギルドはそこまで予算には困っていないはずだ」


 悪びれる様子もなく答える料理人に苛つきながらギルドマスターが言うと、


「いやぁそりゃ無理っすよ。前の肉は牛肉さんが無料で提供してくれていたからねぇ。あれほどのレベルの肉は予算をいくら出しても難しいっすね」


 料理人が適当なことを言ってるのかと思いきや、受付嬢や経理担当も口を開く。


「あの値段であのクオリティの料理が出せていたのは牛肉さんのおかげだったんです」


「食堂の肉に釣られて大手ギルドの誘いを断ってやってきた職員もたくさんいるほどなんですよ」


 信じられない事実を平然と語る彼女らにギルドマスターは開いた口が塞がらない。


「馬鹿な……優秀な職員がここ数年多く採用面接にきていたのはあの肉塊のおかげだったというのか……!」


「そういえば、職員の間では食堂の肉の質を戻さないなら仕事を放棄するという声も上がっていますが……」


 経理担当の言葉にギルドマスターの目が点になった。


「そんなふざけた話があるか! あのクズ肉がそれほど美味かったというのか!?」


 ギルド内の食堂など利用したことがなかったギルドマスターは驚きを隠せないでいる。


 自分がクビにした牛肉にそこまでの魅力があったなど想定外であった。



「超美味い肉が安く食えるから農場ギルドに就職したのに!」

「あの肉がないと僕は生きていけないんだ!」

「ギルドマスターが彼を追い出したって本当なんですか!?」



 そう……ギルドマスターは知らぬことだったが、彼が追放した牛肉は市場に出てこないギルド職員限定の上級肉としてマニアの間では有名だったのである。


 ギルドの食堂を利用するためだけに職員になった者も大勢いた。

 しかし、その肉が提供されぬとあっては職員である意義もない。


 優秀な人材の流出危機を感じたギルドマスターはやむを得ず、牛肉が働いているという肉屋を訪れて戻ってくるよう説得することにした。




◇◇◇◇◇



「おい、ここに牛肉がいると聞いたぞ! 今すぐに出てこい!」



 俺が居室スペースに招いた客人の対応をしていると、店舗のほうから粗暴な中年男性の声がした。


「なんなんですか! 確かにうちは肉屋ですから牛肉はありますけど! 買うならどこ産のどの部位を何グラムか言って下さい!」


 何気に気の強いミアーサが威勢の良い接客をしているので俺は慌てて店先に出る。


「おお、なんだ! いるじゃないか! 役立たずのお前をまたうちで雇ってやろうというのだ。もう一度雑用をやらせてやるから感謝して戻ってこい」


 そこにいたのは俺を追放した農場ギルドのマスターだった。


 なぜかギルドマスターは居丈高な態度で俺を再雇用すると言ってきた。


「はあ? 俺をまた雑用として? 今さら何を言ってるんですか?」


「そうですよ、彼はうちの大事な従業員です。雑用になんて戻させません。彼の肉が欲しいというのなら販売することはやぶさかではないですが」


 ミアーサが絶対に俺を譲らないという姿勢を貫きつつ、肉屋として公平にギルドマスターを客として扱う。


「なんだとぉ? ふん、まあ肉だけでも手に入るならいいか……。クズ肉に金を出すのはシャクだが、ギルドの建物をウロウロされるよりは幾分かマシだな。いくらだ? 廃品回収みたいなものだし、むしろこちらが金を貰いたいくらいだが」


 フンッと鼻を鳴らしながら応じるギルドマスター。

 なぜそんな嫌そうなのに俺の肉を欲しがっているのか甚だ疑問である。


「では、100グラム10万ゴールドとなっております」


 ミアーサが俺の肉の価格を告げると、


「バカな! 100グラムで10万ゴールドだと! そんな高い値段の肉を食堂のメニューに使えるか! ふざけるなよ! うちで掃除くらいしかまともな仕事ができなかったクズ肉の分際で……!」


 ギルドマスターが憤り、俺に侮蔑の言葉を吐いてくる。


「何がクズ肉ですか! それはあなたが本当の彼のすごさを知らなかっただけです! いや、知ろうともしなかったんでしょう!」


 俺を貶されたことに耐えきれなくなったのか、ミアーサはギルドマスターに掴みかかりそうな勢いで食ってかかった。


 俺はそんな彼女を羽交い締めにして必死に宥める。


「お前のようなクズ肉がふざけた価格設定をしやがって……生意気な小娘共々、身の程を教えてやろうか? こんなちんけな肉屋など農場ギルドの力を使えばどんなふうにでもできるんだぞ……!」


 ギルドマスターは高圧的な態度でにじり寄ってきた。


 俺はミアーサに身の危険が及ばないよう、彼女の前に立って守れる位置をキープする。


 俺に希望を与えてくれた彼女には何があって手出しはさせない。


 そんな緊迫した場面に威厳のある声が割り込むように飛んできた。


「それ以上の暴挙は飯が不味くなるから控えて貰おうかの?」


 切り立ての新鮮な肉を食べるために偶然店を訪れていた国王陛下が暖簾をくぐって奥の居住スペースから顔を出してきたのである。


 その他の奥にいた客たちもぞろぞろと続いて姿を見せた。


「彼は最高の肉ですわ」

「我々王侯貴族が認めた牛肉をあなたはクズ肉と申すのか……?」

「私たちがそれだけ価値があると見做した伝説の肉を扱き下ろすとは大した度胸だ」

「ワシらがクズ肉をありがたがって食べているとでも?」

「王族批判……国家への侮辱と捉えていいんだな?」


「なんで王族の方々や侯爵様が……ひえええええっ! 滅相もございません……!」


 国王、王女、王弟、第二王子、侯爵、王太子に詰め寄られたギルドマスターはブルブルと震え上がって必死に頭を下げた。


 俺に対して威張り腐っていた面影は皆無だった。


「悪いけど、帰ってくれないか? 俺はもうこの場所で充実した生活を送っている。あんたのところに戻るつもりはないよ」


「うぐ……」


 俺が真顔で言い返すと、ギルドマスターは悔しそうな表情を浮かべてスゴスゴと去って行った。



◇◇◇◇◇



 その後、牛肉の質を戻せなかった食堂に不満を抱いた職員たちはどんどん農場ギルドを辞めていった。


 人材の流出が止まらないことに危機感を覚えたギルドマスターはプライドをかなぐり捨てて再び牛肉に謝罪に行く。


「頼む、食堂に肉をわけてくれぇ! これまでのことは深く謝罪する!」


「いいよ、でも前も言ったけど100g10万ゴールドね」


「…………」


 土下座をしてどれほど頭を下げても、王族や貴族に卸している値段を変えることはできないと突っぱねられて交渉は失敗した。


 食堂の肉にそこまでの金を出せるはずもなく、退職者が後を絶たなくなった農場ギルドはやがて運営が困難になるほどの人手不足に陥っていく。


 優秀な職員が抜け、さらに牛肉のブランドでも上位互換が現れた農場ギルドは王族や貴族からの買い付けも減り、どんどん売り上げを落とすのであった。



◇◇◇◇◇



 一連の事態の責任を取ってギルドマスターは辞職し、故郷に帰って兄夫婦が経営する牧場の手伝いをすることになったらしい。


 あれだけ権力に胡座をかいてふんぞり返っていた人間が居候のような形で実家に戻るのはさぞ苦労するだろうな……。


 まあ、そんなこと俺には関係ないことだ。


 だって俺は守るべき大切な人がいる恵まれた日々を送っているのだから。



「ねえ、今またお腹を蹴ったよ」


 居間で寛いでいると、ミアーサが幸せそうな表情を浮かべてそう言った。


「本当だ、元気な子だなぁ」


 俺は彼女の大きくなったお腹に触れながらその生命の力強さを感じる。


「わたしとあなた、どっちに似てるのかな」


「君に似てるといいかな」


「じゃあ、わたしはあなたに似てるといいなって思っておく」


「ふふふ」


「ははは」


 俺の異世界での生活はこれからも続いていく。


 彼女と、そしてそのお腹の中にいる子供と一緒に――

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