02

 次に目を覚ますと、すっかり外は暗くなっているようだった。朝でも夜でもカーテンは閉め切っているが、遮光カーテンじゃないから、昼間はうっすらと光が透けて部屋に入ってくる。一日中寝てしまっていたようだ。


 これが社会人の休日だったら、なんてもったいないことをしたんだ、と思うかもしれないが、何をしたってつまらない、時間だけをただ持て余している僕からしたら、大したことはない。


 適当にスマホをいじって時間をつぶすでも良かったが、寝起きということもあり、尿意を催し、僕はトイレへと向かう。


「――うっ」


 部屋を開けると、ドアのすぐそばに食事が置かれていた。昼間、母さんが置いたものだろう。カレーとサラダ、それからカットフルーツ。


 僕はそれを見て、思わず顔をしかめた。

 メニューには問題ない。カレーもサラダも嫌いじゃないし、フルーツも、どちらかと言えば好きな方。


 何が問題かと言えば――。


「……ラップくらいしろよ」


 プン、と大きなハエが何匹も食事にたかっていたのである。気色悪い。これはもう、食べる気がしない。

 食べている最中に、一瞬だけ一匹のハエが止まった、くらいならまだしも、一体いつからこのカレーはおかれているのか。というか、そもそも、こんなにハエがたかるなんて、どうなってるんだ。掃除とか、しないのかよ。


 ひしめきあうほどハエがいるわけではないが、二、三匹でないのも事実。

 近寄ったら、ハエがこちらに飛んできそうで、僕はなるべくおかれた食事の盆に近づかないようにしながら、階段下へ、声を投げかけた。


「母さん! カレー、すげえハエたかってんだけど!」


 階段下、一階は真っ暗だ。とはいえ、幼児がなければ廊下の電気なんてつけっぱなしにしないだろう。

 僕は母さんの返事を待たないままに、トイレへと入る。


 そして、鍵をかけた瞬間――。


 ――ダダダダッ!


 勢いよく、階段を駆け上ってくる音が、二階の廊下に響いた。足音の大きさに、僕はびくりと肩を跳ねさせてしまう。

 普段の母さんなら、こんなに足音を立てて階段を上ったりしない。ぎりぎりまで、気配を消して階段を上り下りしているのに。


 僕が怒ったと思ったんだろうか。確かに気持ち悪いと思ったし、イラっとしたのも事実だが、追いつめるほど怒りをぶつけたつもりはない。

 妙な違和感に、僕は一瞬、用を足し終えても、トイレの扉を開くのに、ためらってしまった。


 ――今さっき、階段を駆け上がってきたの、母さんじゃなかったりして。


 そんな、馬鹿げたことを考えてしまうが、すぐにそれを否定する。

 母さんじゃなかったら誰なんだよ。僕の食事を用意する人間は、他にはいない。


 僕はトイレのドアを開けた。

 そこには誰もいない。


 カレーたちがのっていた盆はなくなり、代わりに、ご飯と味噌汁、ハンバーグにポテトサラダが付け合わせた、出来立ての食事が置かれていて。

 ハエは駆除されたのか、新しい食事には、一匹もよりついていなかった。

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