第20話 蓬莱
正確に言えば、
青陰には十二万の兵が居たが、
どれ
青陰制圧後、軍の
とは言え、半島を
暑い季節である。
その制限の範囲内でも、燕薊近辺では、一尺(約十八センチメートル)にも満たない魚――
燕薊
「
漁師達が
漁師に限らず、民への支援は続けていた。――かなりの部分
「むしろ私の方こそ感謝している。
「いえ、そんな、
「良い。子の成長は素直に喜べ」
玉英は微笑んだ。――
右腕に、琥珀が柔らかく抱き付くのを感じた。
葉網との話を終えてからも、玉英等は各所の訪問を続けた。
農民、
実のところ、
自然、利害の対立からしばしば
割ける
幸い大きな問題は起きておらず、数日以内に
燕薊の――劫海を挟んで――東にある遼南半島、その西側の付け根付近にあるのが『三つ子半島』第四の都市、遼南である。
民の数、およそ四十五万。盛んな漁業と
遼河
大河の例に
一つは
別の一つが
残る一つは
その
鬼族には
「
「ハッ!」
やや長めの黒髪、日に焼けて
鬼族らしい部分と
玉英と目が合った瞬間、また頭を下げてしまったため、
「面を上げよ」
もう一度命じた。
「ハッ! 申し訳御座いません!」
いくらか高めの声と共に、男は
齢は四十にはなっていないだろう。
「玉英である。そなたの知りたかったことは知れたか?」
「ハッ、
と言った勢いのまま、
「
「
「
「
敵対行為の
「戦おう、とも?」
「
「将兵は精鋭であろう」
遼南には熊族と戦った
「皆、
前の長官は国境を長く任されていた。戦場を共に
「では、そなたは何を望む?」
「文官の端くれとしてお使い頂ければ幸いです」
「長官でなくても良いのか?」
「身に余ることと存じております」
陶岱は顔を伏せたまま、身体を小さくしている。
今この瞬間だけならば
しかも、そうした行動を選んだということは、限られた情報から現状をおおよそ把握するだけの
「面を上げよ」
陶岱は
「陶岱、改めて、遼南長官として私に仕えよ。ただし、当然ながら、民を安んずること。また、遼南の視察に同行せよ」
「………………ハッ!」
陶岱は目を見開いてしばらく
「遼南のこと、そなたのこと、もっと私に教えてくれ」
玉英が柔らかく言うと、
「ハッ! 光栄に御座います!」
陶岱は額を床に
遼南が自ら下ったことで、『三つ子半島』の支配は早々に確立した。
とは言え、玉英自身もその
「西の王、『
夕刻、燕薊の執務室である。太水の氷こそ溶けているが、
「ハッ。殿下に
いつも通り
先に玉英が
曰く、西の王の
また曰く、蓬莱東部を統べる
国家としての交易は是非とも成立させたいが――蓬莱でも
しかし、
基本的に政治と関わろうとしない
「良い。私もそうすべきだと思う」
玉英の
「
「いつものことだ。むしろ
玉英は目を細め、口角を上げた。
「……今回に関しては何も申し上げられませんが、
椅子に座っておくことが命令である以上、実際に床へ伏せることは出来ず、ただ限界を超えて頭を下げる光扇。
「そなたの
「何より、子祐が居るのだ」
全幅の信頼が、そのまま笑顔に表れていた。
「ですが如何に子祐殿とて――」
「いや、すまない。これは私の
最も
「
光扇は
「ああ、
笑みの戻った玉英を、光扇だけでなく、玉英の
西から北の遼南半島、北から南の――
燕薊から蓬莱を目指す場合、地図上だけで見れば劫海、麗海、東海と出て、そのまま百漁半島、麗羅半島沿いに東へ行けば良さそうなものだが、
「――だもんで、明日には
「そなたが言い易いようにして構わない、
首を
「へぇ! ありがとうごぜぇやす!」
金台が満面の笑みを返す。作業する手は止めていないが、玉英はそれも許している。
那耶の内城に隣接した一角、民の数五万という都市の規模からすれば
蓬莱への旅に同行したのは、琥珀、子祐、
玉英を含めて四十名の一団だが、琳琳以下の十一名は舟旅を共にする以外は姿を見せず、猫族や田額以下の兵達はいくらか距離を置いて警護に当たっているため、この場に居るのは九名である。
その九名の視線を
春の終わりの昼過ぎ。
「こちらこそ、
「へぇ、殿下。と、ここを出て右へ行きゃあ
「ああ、ありがたく使わせて
「へぇ! ありがとうごぜぇやす!」
玉英は
金台の言った通り、
十日間の舟旅の終わり、極力同時に
「どいつが
低く落ち着いた、しかし良く通る声と共に、百を超える集団に囲まれた。距離は、一番遠い者で十丈(約十八メートル)というところ。
玉英は前に出ようとする子祐を止め、歩み出て名乗った。
「周華の王女、玉英である。そなたが『西の王』か?」
最初に声を掛けてきた、飛び抜けて
「
背後で琥珀が
男は
「
子祐を
琳琳とその手の者達はこうした闘争にはさほど向かないが、
「――ちと
男が「散れ」と言うように
「これで、俺だけだ。……おっかねぇ
どうやら子祐に言っているようだ。が、当然子祐には
「良い、子祐。あの男は
「ハッ」
玉英は
「周華の王女、玉英である」
「はっは、こいつぁ確かに王女殿下らしい。……
「裴泉、良い関係を
「なんだ?」
「蓬莱に、『神』は居るのか?」
最も重要な点へ、
その話をするなら、と裴泉が移動を
道中立ち並ぶ建物は、地に直接屋根を
十六本の柱によって支えられた高床の巨大な建物――高さ九丈(約十六・二メートル)、床の位置でも二丈五尺(約四・五メートル)はある――を眺めていたところ、
「
前を行く裴泉が振り向いて言った。
「ああ、
「――
この点も、華南との共通点だった。華北では
裴泉の屋敷は
「鉄のおかげよ」
裴泉が左の頬を上げる。
「那耶や
弁津は麗羅半島南部、那耶から見れば西にある小都市であり、那耶と同様、良鉄の産地だ。
「俺達もちまちま作っちゃあいるが、なかなか大きなものは出来ねぇからな」
蓬莱の地には、周華では一般的となっている
「風の通る場所でな、
白虎族の邑で
「で、大周華じゃどうやってんだ?」
「
「大きな、ね……」
「すまぬな、私に経験があれば良かったのだが」
「いいや、殿下がやるこっちゃあねぇな、確かに」
裴泉は声を出して笑い、玉英も微笑んだ。
対して、裴泉が
「――と、ここが俺の家だ」
裴泉の
高台を
「この高台は、俺がこの辺りへ来て最初に
裴泉がどこか遠くを見るようにして言う。齢三十過ぎ、とすれば十数年前のことだろうか。
「万が一の備えとして残してる」
また、左の頬を上げながら振り向いた。
「『西の王』は
建築物はなんであれそうだが、特に堀は、しばしば手入れしなければ
「大周華の王女殿下には
笑い合い、大きな建物へ向かった。
倉庫の類と思しき建物の
裴泉は
十名は並んで座れるだろう広さだが、琥珀が玉英の隣へ座り、子祐が背後へ控えた以外は、外で待っている。
一つ深呼吸をして、裴泉が切り出した。
「早速、『神』についてだが、殿下が
「ああ、無論だ」
「そうか……ってこたぁ、俺は
「何?」
「蓬莱では、何かを
「そなたはこの
「征服して、だな。『カミ』であった方が征服地の民も従い易い」
左頬を上げて見せる裴泉。癖なのだろう。――この男の場合、何かの合図を隠すためにそう思わせたいだけ、ということも考えられるが。
「
「大周華の王女殿下相手に
「必要ならば、そうだ」
もしこの邑――玉英から見れば――が
「はっ、ありがとよ」
必要ならば、と言ったことに対してだろう。やろうと思えば、ではない。玉英は、
「だから俺としちゃあ、なるべくご
「それも、その通りだ」
「ご納得頂けて幸い、ってな。で、俺以外の
「うむ」
「ここから東へ行って、南へ行って、また東へ行って、少しばかり北……って辺りの島に『塔』ってもんがある」
「噂だけは聞いている」
「そうか、なら話が早い。そこの門番は、火に焼かれず、矢に当たらず、姿が掻き消えてはまた現れる……と、『カミ』みてぇな『
「ほう、
裴泉が両の頬を上げた。
「殿下の謂う『神』ならどうか知らねぇが、本当に『カミ』なら、俺も俺の民も、無事で済んじゃいねぇ」
「戦ったのか!?」
「
「それは……」
子祐ならば、玉英が命じればやってのけるだろう。もし同等のことが出来るとすれば、『
「
裴泉が、幾度目だろうか、左頬を上げた。
「そなたにとっては、
玉英は色を付けずに言った。
「おっと、戦をしよう、ってんじゃあねぇぞ。五十も送ったのは、
裴泉は続けて本題に入った。――当たり前に考えれば
「――
玉英に――周華に対してさえ
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