第18話 燕薊軍
恵北はそこから北へ
その
恵北の責任者でもあり、
炎に照らされつつ椅子へ
その髪へ指を突っ込んで
「引き付けられている
「ハッ!」
「
「ハッ!」
「うむ、うむ。わかった。
「ハッ!」
「良し! 外の従者に言って肉を受け取っていけ」
「ハッ! 心より感謝申し上げます!」
頭を下げる若い犬族。この
雲鍾が「もう行け」と
外は
「しかし、この俺
雲鍾の
雲鍾軍駐屯地からほぼ真南、
孟水は
この一角では東の恵水と南の孟水、
「まだ、かどうかぁわからねぇが、敵は
津の者達も、竹簡と
目標は恵水沿いの
一切の
突雨
同じ恵南ながら恵水へ面した津に、玉英、
「ここの
琥珀は歩を
「恵水を
「ハッ! 大兵力を
青東半島は『三つ子半島』の一つであり、遠く
「ふむ。
一つ
「
言われてみれば、見えている部分だけでも
「竜河の調査、舟の改良、共に進めて参ります」
雲儼が
鎮戎公の後継者として期待されている立場上、
「うむ! 竜河を下るのも楽しみじゃのう!」
琥珀は
玉英も琥珀に柔らかい笑みを返し、
「玲も楽しみだ!」
玲は
玉英の視界の端に、背後で考え込む
年の暮れ、
恵水は一月もせずに
戦をする季節ではなくなるのだ。──戦を知らぬ者であれば、疑いもしない。
その点、『三つ子半島』
適切な設備と装備、
脱落する者も一部は出るだろうが、
──自身の弱さを
董蕃は馬上、
──足らざれば、雪を恨むが良い。
本来呼び付けようとしていた
そこで
目標は
推定兵力は五万、
──
七万まで減らすことを見込んでいた。──波舵は董蕃配下で最も安定した力を発揮する将軍であり、
対して燕薊軍本隊は九万。
これだけでは
秋の
大半は農民、残るは老兵。
──恵陽へ取り付き、
伝令の出発を少しでも遅らせるため、本隊は隠密性を重視し、太東を行く。
太東を
距離だけで言えば孟水を渉り恵南、恵陽と進む方が短いが、大軍での渡渉には
──
董蕃は燕薊から遼南へと続く
熊族相手に戦っていた若き日、幼少の
董蕃は
「最大の
恵陽を出て十七日目の昼過ぎ、雲仁は誰にともなく
太東から鬼族領域へ
雲仁は改めて各所へ目を配った上で伝令兵を呼び、命じた。
「
十名が揃って
「どうにかこちらも、殿下の
雲仁はゆっくりと深く、
高原へ至る前に
春に調べさせた
「ええい、
この三日間、あらゆる攻撃を
そもそもが隘路であり、大軍の利をまるで活かせていないのだ。──
何しろ少数で守れてしまうため、まず間違いなく敵も兵を入れ替えている。
「何か
董蕃の
「
「
と、鬼族男性としては平均より
「
「ふむ……」
南西には、太東へ入るもう一方の山道があった。むしろ、そちらの方が整備されている。太西を通る
「良かろう。一万の兵と四十日分の
「ハッ!
茗節は姿勢を正し、再度深く一礼した。
軍議の
黒髪黒目。
「茗将軍、
しかし、茗節は
「てんで話にならん。確かに
「一万ですか……兵糧は?」
「確か……あれだ、四十日分っつったな」
「四十日分も! 茗将軍、よくぞやって下さいました! これで茗将軍の地位は
若い将校は熱を感じさせる笑みを見せた。
「そうか? そりゃ良かった。後は頼んだぜ、
「お任せを」
相毅の笑みが、自信を
実を言えば、茗節の軍議での発言、どころかその話し方に
そも、今回だけのことではない。ここ数年相毅の進言に乗り続けた
茗節は齢二十九。将軍としては破格の若さだが、副官の相毅に至っては十九だ。そのくせ数年前には既に将校だったため、
──
と茗節は
茗節自身は
「で、俺はどうすりゃいい?」
気楽に
「先ずは命令に従って南へ。兎に角
「今すぐか?」
「少しでも早く」
「良し、わかった。お
茗節は立ち上がり、命じながら相毅の背を叩いて送り出す。
「ッ……はい!」
相毅は
茗節は、生まれの差はあれど、また頼り切りなれど、どこか弟に対するような気分だった。
軍議から七日後の夕刻。燕薊軍本陣は
「
董蕃は普段は細い目を
軍、特に大軍を長期間支えるには、通常編制に含まれる輜重隊以外に後方からの継続的な輸送──別途の輜重隊を必要とする。
その別途の輜重隊、
「はい。本来であれば、本日昼に、
原因すら不明、と。
輜重隊とは言っても、今回の場合は一隊につき一万五千の兵である。
──敵だ。
それは一瞬でわかった。
わからないのは、いつ、どこから、どうやって、だ。
仮に燕薊軍が山道へ
それ以上後になれば燕薊軍本陣に近付き過ぎ、付近を行軍中だった茗節軍と接触……少なくとも発見されることになったはずだ。
とすると、
兵が、恵陽から。
伝令のように少数ならばまだしも、一万五千の兵を殲滅出来る程の──必然
──
砦の存在だけであれば、あくまでも備えに過ぎなかった、とも考え得たが、今回の襲撃で
前提を、変える。
敵軍は準備万端で、
董蕃は深呼吸の後、なけなしの空気を
──
遼南、遼北の
伝令を呼んだ。
「茗節へ伝令。
五名が素早く去った。
軍を再び合わせた上で、
敵の
董蕃は
決断は、早かった。
翌日には全軍で反転。二万を
やはり砦の兵力そのものは数万程度なのだろう。敵軍本隊は、別に居る。
輜重隊にも伝令は出してあったため、帰還途上だった二隊も合流。全軍で十万となって五日目の深更には平野部へ。改めて陣を組み、茗節軍を待った。が──
茗節軍
「軍どころか、動く者すら見当たりませんでした」
「こちらも、同じく」
董蕃が幕舎で聞いたのは、状況を
董蕃は一つ息を吸って、
「そうか、わかった。ご苦労。早速で悪いが、進発する。
「「ハッ!!」」
茗節軍は
背後に砦から出てきた騎馬隊の気配はあったが、追ったところで罠に掛かると
太東の東、
七百五十里(約三百キロメートル)
北に孟水、北東に恵水、南に太水と水には
太東の
茗節が軍議で進言し命じられたのは、この経路での
しかし茗節軍はその道を途中で引き返し、燕薊軍本隊と合流もせず、寿原南部から中央に向かっていた。
歩兵一万五千、騎兵五千。太東の陣を
「相毅、お前の読みじゃ今日始まるんだよな?」
二万の兵の先頭。茗節は朝日に目を細めつつ、右を行く相毅に尋ねた。
「はい。昼過ぎには斥候同士が接触し、開戦。明日、
「かぁ~っ、
天を
「斥候
相変わらずの懐っこい笑みで答える相毅。
「それがわからねぇってんだよ」
相毅の方を向き、両の眉尻は下げつつ両の口角を上げる茗節。
「ご心配無く。私が思った通りの御方なら、これが最も高く売り込める形のはずです」
笑顔を深める相毅。
「そこだけは言い切らねぇんだな?」
からかうでもない、純粋に疑問、といった声。
「ええ、お
「会ったことありゃあわかるってか?」
続けて──今度はからかうように問われ、相毅は
「はい、わかります」
また、懐っこい笑みに戻った。
冬晴れの朝。
寿原中央やや西寄りを、玉英一行は
率いる軍は麾下の歩兵一万、騎兵一千と、恵陽歩兵一万五千、それに輜重隊
恵陽歩兵二万は
燕薊は、正面で
本来は前者の状況を作り出す──兵を釣り出す──ことから始めるつもりだったが、相手の方から大軍で攻めてくれたおかげで
「想定では、今日だったな」
「ハッ、昼過ぎには、おそらく」
玉英の問いに左で頭を下げたのは、
雲理の四男──
十二尺八寸(二百三十・四センチメートル)にやや届かない程度の背を、
「
雲観、雲超隊の攻撃を
「昨夜の繰り返しとなり大変
一段と
昨夜の、どころか燕薊で合流して以来ずっと言われ続けている内容だった。
比較対象が悪い……いや、優れ過ぎているのだ。
玉英一行の中で雲観が完全に認めたのは子祐と突雨のみだった、という
「わかっている。
「
雲観が
「雲超の
「ハッ、有難き幸せ」
雲観が、一層深く頭を下げた。
同日、昼過ぎ。
果たして恵陽軍と燕薊軍、双方の斥候隊の一部が接触。──否、奇襲した恵陽軍の斥候隊が敵を殲滅した。
「なんだぁ、こんなもんかぁ」
雲理すら優に超える
雲理の六男──生きている中では四番目──にして、雲観がこの世で最も信頼する将である。
「まぁ、次だなぁ、次ぃ」
──
敵である。
と言っても
帰り着くべき斥候が、大半戻って来なかったのだ。……味方が消えたなら、そこに敵が居る。
既に夕刻だが、早々に陣形を整え直した。
前軍左 高堅──歩兵一万七千五百、騎兵二千五百。
前軍右 高策──歩兵一万七千五百、騎兵二千五百。
中軍 董蕃──歩兵三万、騎兵一万五千。
後軍 趙敞──歩兵一万、騎兵五千。
計──歩兵七万五千、騎兵二万五千。
歩兵は全体に
『三つ子半島』は熊族領域に接しているため、
その点での優位は無いものと考えるべきだった。
──夜襲もあろうな。
董蕃自身が、冬に戦を考えたのだ。
そこへ先手を打って来た程の
寿原にも、ちょっとした
せめて東の小高い位置に布陣しようと移動していた燕薊軍を、
鬼族も夜目が全く利かないわけではないが、
──高堅が
先頭を駆けていた高堅の首が
──あの敵には、当たれぬ。
高堅を倒した巨漢は明らかに
──
輜重と歩兵で無理にでも動きを止め、対応し切れないだけの弓矢で殺す、あるいは弱らせてから
董蕃はそう
高策軍は早くも数千は減らされている気配だが、董蕃、趙敞の歩兵を加えて厚みを増し、敵を受け止めさせる。
その間、董蕃自らが騎兵の先頭に立ち、敵将を狙った。
──『最強』の
麾下の騎兵一万五千は北方での実戦経験もある燕薊軍最精鋭。董蕃の動きにも手足の如く付いてくる。
高策軍の右を通り、前へ。
敵騎馬隊が味方歩兵の壁を
董蕃の
おそらくほぼ同数の騎馬隊同士。正面からぶつかりに行く。
敵将は、『武』の巨躯と比べれば三尺(約五十四センチメートル)以上
──それがどうした! 武は、
自らを
敵将も、背丈に合わせてか通常より大振りではあるが、長剣。
──噂とは、当てにならぬものよ。
届く範囲の敵兵を斬り捨てつつ、
──儂と、同等ではないか。
口角の右端が、意図せずして歪む。
右手の
──思ったよりは、やるな。
戦場を
最初に突っ込んだ軍、歩兵の半ば以上は無理に
全力で当たれば勝てるつもりだが、
そう
敵は追ってこなかった。伏兵を警戒したのだろう。
玉英へ伝令を出し、
「
雲超が合流。雲観の左に付いた。
互いの下では黒水馬同士が並び、親しげに声を上げる。互いの乗騎も一つ違いの兄弟なのだ。──組み合わせは
「無事で何よりだ、雲超」
答える前に
今回は
騎兵突撃は数倍の歩兵に
「指揮官とその麾下はなかなかだったぞ」
「なかなかってぇ、どれぐらいだぁ?」
「軍としては私が優勢。
「
弟に溜息を吐かれた。
大抵の場合は体格と経験の
そう、例えば
おそらく
「お前のようにはなれぬのだ、雲超。何より──」
雲観は幼い頃から武への興味が
「──私はお前を通して戦えれば良いんだ」
雲観は、雲超を最大限活かしてやることに
あまりにも一個の武に
数十年も経つ頃には、雲観、雲超が揃って戦場に出れば、兄達にも
三百年近くもそんなことを続けたため、
「でもよぉ、俺には兄貴がぁ、必要だけどさぁ」
──兄貴が本気出せばぁ、俺は要らないだろぉ?
とは、言わせなかった。
「私にも、お前が必要だよ、雲超」
先に、言ってやる。いくつ齢を重ねようと、これが兄の
──自身の天賦の
「
「あいよぉ兄貴ぃ。どうすればぁ、いいんだぁ?」
雲観は口角を上げ、一つずつ伝えた。
一万以上は
『武』に蹂躙された高堅の軍だけで七千。高策の軍で四千。補助に入らせた歩兵は敵に届かず、董蕃の騎兵は敵将の騎馬隊と痛み分け、といったところだった。
──見切られたな。
恵陽軍本隊が
今晩のうちに可能な限り削っておきたかったが、撤退する敵を一定以上に追いはしなかった。
夜に襲い来て一撃、離脱した敵の行く先
敵は二隊共南東へ向かったが、それすら怪しく思えてくる。明日は北から来る、と想定すべきか……いや、そう考えることすら
実戦は様々なことが
「
幸い、編制内外の輜重隊が数万規模で居るのだ。こうした作業の道具には事欠かず、
朝日が昇り、まだ昼には至らない頃、恵陽軍──あるいは玉英軍──は燕薊軍を
北、雲超軍、騎兵一万八千五百。
東、雲観軍、騎兵一万五千四百。
南、玉英軍、歩兵二万五千、騎兵一千。
計、歩兵二万五千、騎兵三万四千九百。
全軍で六万弱だが、この場の兵力ではまだ
騎兵の差もあり、真っ向から当たれば勝てるつもりではあるが、
ましてや相手は、簡易とは言え
「ここまでは
玉英の呟きに、
高さ十一丈(約十九・八メートル)。多くの車輪を取り付けた、移動式の
玉英は相手陣地を見つめ続け、五つ数えた頃、
「見たいものは見た。子祐」
「ハッ!」
何事も無く
「雲観、雲超へ伝令。万事予定通りに。……以上。頼んだぞ」
「「ハッ!」」
待ち構えていた二名の若い犬族が、尾を激しく振りながら駆け去った。
「さて、雲超の
玉英が子祐を見上げながら笑い掛けると、子祐も
董蕃は
「燕薊が……陥落?」
昼前。遠目にも『武』とわかる巨漢の、恐ろしいまでの大音声で伝えられたのだ。──降伏勧告である。
兵達に動揺が走る。当たり前だ。
もっと言えば、彼等が兵として従っているのは、その
──やられた。
しかし、燕薊を出てから四十日近く経つ。敵にほぼ包囲されている状況も
──兵には事実としか聞こえぬだろう。
「兵を落ち着かせろ!
──
陣地に
「兵ええええぇぇ~~~以外はああああぁぁ~~~無事いいいいぃぃ~~~だぞおおおおぉぉ~~~」
民が、家族が丸ごと
勝手に飛び出さないだけ
──せめて、もう一軍。茗節の軍さえ無事ならば……。
董蕃の願いは、その夜、半ばだけ
「良くぞ戻った! 良くぞ!」
幕舎の外、董蕃は茗節を出迎えた。
西から合流しようとした茗節軍が、
一見すると西方は包囲されていないようだが、見せ掛けだと
「申し訳御座いません、董将軍。
「良い、良い。今ここへ駆け付けたことで
董蕃は茗節の肩を自ら起こし、問うた。
「
騎兵ニ千、歩兵一万一千の損害である。
──さもありなん。
もし『智』の麾下にいくらか劣る騎馬隊だったとしても、茗節の麾下では抑えられず、元は董蕃麾下だった歩兵一万が
その上、
「良い。今は、この
「ハッ!」
姿勢を正す茗節。
「では、早速だが、
「
「良い。言うてみよ」
「ハッ! しかし、ここでは……」
幕舎の前である。将兵の
「わかった。入れ」
共に幕舎へと入る。
董蕃と茗節だけである。
「これで良かろう?」
茗節は一度見廻して頷き、声を
「申し上げます。実は兵の中に、あの騎兵一千に……『王族を見た』と言う者が居ります」
「何っ!?」
思わず声を
「董将軍、どうか、お声を……」
「……うむ。して?」
「董将軍の前で
「良い。儂が行く。
「ハッ!」
もし、
もし、
──敵軍は
敵軍の多さ、先手を取って攻めて来たことの
王家に最も忠実とされる鎮戎公が、
──だが、前線へ出したのが運の尽きよ。
南方の敵騎兵は一千のみ。如何に最精鋭であろうと、一千は一千。対して
最速で当たれば、
董蕃は
「
茗節が右手で幕舎を指し示し、頭を下げる。茗節自身の幕舎を、兵の監禁に使ったらしい。
「儂だけで話す。良いな」
「ハッ!」
暗い幕舎へ入り、鬼族男性としては平均程度の大きさの影を認め、極力
「『三つ子半島』代官、董蕃である。そなた、王族を見たと──」
瞬間、董蕃の意識は途切れた。
玉英の幕舎も、月明かりを受けて白く輝いていた。
その、幕舎の中。
椅子に座った玉英の前へ、子祐がやや大柄な鬼族を
口には布が
「これなるは『三つ子半島』代官、董蕃に御座います」
董蕃を
「良くやってくれた。無事で何よりだ、子祐」
「有難き御言葉」
一層頭を下げる子祐。押さえる力は、
玉英は頬を緩めて頷き、
「
「ハッ!」
子祐は玉英の──玉英から見て──
「
董蕃は身体を伏せたまま、従った。最初は火を吹くような目付きだったが、玉英と視線が交わった瞬間、一度目を見開いてからしばし閉じ、再び開けた時には
「玉英である。一応
視線は
「そうか、残念だ。……特に言いたいことがなければ、このまま首を
董蕃が何やら声を発した。──当然だが、くぐもっている。
「外してやれ」
文孝が慎重に布を取り、下がった。
「
「良かろう。なんだ?」
「いつ、進発なさいました?」
「先々月の二十二日、だった」
「やはり、
「そうだ」
「今一つ。茗節の
「先月の二十日、と聞いている」
「陣を離れて……
董蕃は
「殿下、御注意下さいませ。あれはとんでもない食わせ者ですぞ」
「忠告、感謝する」
玉英は小さく頷いた。
「いえ、こちらこそ、
頭を下げた董蕃に、
「そうそう、ところでそなた、京洛での一事には加わっておったか?」
「ハッ」
「叔父上の目的は、聞いておらぬか?」
「ハッ、いいえ、儂
「そうか、感謝する。……では、さらばだ」
「ハッ、有難う御座いました」
地に
雲儼等と入れ替わるようにして、子祐よりニ寸(約三・六センチメートル)ばかり小さい鬼族と、玉英よりニ寸ばかり大きい
「面を上げよ」
両者共、ゆっくりと顔を上げる。
「玉英である。……茗節。
「ハッ! 有難き幸せ」
頭を下げる茗節。
「何か望みはあるか?」
「
茗節は更に深く頭を下げた。
「良かろう。では将軍として今後も私を支えてくれ」
「ハッ!」
玉英は頷いて、黒貂族へ目を向けた。
「そなたは
光扇は、
「その弟、名は
相毅が
「相毅、
「
「そうだったか……
「父は先年病を得て亡くなり、姉が皆を率いております」
「そうか……
「心より感謝申し上げます」
再び頭を下げる相毅。
「うむ。……光扇とそなたは、私に力を
楽家の影響力は大きい。『三つ子半島』では、特に。
「姉も私も、『
「感謝する。頼りにさせて
「ハッ!」
三度、頭を下げる。
玉英は頷き、
「相毅、望みはあるか?」
「お許し頂けるなら、このまま茗将軍の副官を続けたく存じます」
「ほう……良かろう。では改めて茗節軍副官として任ずる。
「ハッ!」
玉英は静かに深呼吸して、切り出す。
「さて、両名に
「「ハッ!」」
「残る燕薊軍について、何か策はあるか?」
茗節、相毅の目を順次見つめる。
「茗節より申し上げます」
「許す」
「有難き幸せ。……残る将軍は趙敞と高策のみに御座います。趙敞は
「ほう、高策の方は?」
玉英が僅かに目を見開く。
「高策は
茗節が一瞬相毅の方へ視線を動かした。
「
「ふむ、良くわかった。相毅、何か意見はあるか?」
「いえ、茗将軍の策が宜しいかと存じます」
「そうか。そなた
「「ハッ!」」
茗節、相毅は一礼し、更に
「
「「「「ハッ!」」」」
子祐、雲儼、文孝、伯久が幕舎を出て行った。──子祐は幕舎の外に立った。
「面白い奴等じゃったのう?」
琥珀が
「わかった?」
玉英は眉尻を下げて笑った。
「うむ。
「多分、燕薊軍ではああやって出世
「言ってやらんのかや?」
「どっちの方が楽かな?」
「ふむ。……早いうちに伝えてやった方が良いような気がするのう」
「ん~、うん、そうだね。もし
「うむ。
明らかに楽しむ気だった。
「うん、
──相談に乗ってくれて。……いつも、隣に居てくれて。
玉英が満面の笑みを見せると、
「当然じゃ!」
琥珀も笑いながら、胸を張った。
「なあ、相毅」
「なんですか、茗将軍」
既に
子祐が董蕃の意識を
「殿下ってなぁ、
「それはまた、どうして?」
「だってよぉ、ありゃあ、俺がお前の策のまんま話してるって、気付いてただろ?」
茗節自身、相毅の方を盗み見てしまったことは自覚していたが、
「あの一瞬だけじゃあねぇ。最初っからなんか、包み込むみてぇな気配でよぉ……」
茗節は唇の中央を上げて視線も上へ逃がし、
「そうですね。少なくとも
──それすら
わざわざ最後に「そなた
「まあ、本当に
見透かされたことによる
「次にお目に掛かることがあれば、
「
「素で、です」
「それはそれで怖ぇなぁ」
「大丈夫ですよ。必ず赦して下さいます」
「
「まだ
相毅は、いつものように笑った。
翌早朝。
燕薊軍陣地は
総指揮を執っていた将軍が消えたのだ。
最初に気付いた董蕃の従者が少々
「趙敞殿! 入らせて貰う!」
返事も待たずに幕舎へ踏み入ってきたのは高策。序列では趙敞より下だが、背丈は五寸(約九センチメートル)ばかり上。声と態度も大きかった。
「聞いたか!」
──お前の耳に入ることなら、儂の耳には
とは言わず、
「高策。董将軍の、ことか」
いつもの通り、緩慢に尋ねた。
「無論だ!」
座っている趙敞の眼の前、小さな机を高策の右手が
「その机は、気に入っていてね。乱暴に、扱わないでくれ」
年長者らしい笑みを見せる。
「む、それは、すまなかった……だが、一大事だ!」
言ったそばからまた机を叩きそうになり、辛うじて途中で止めた高策。
──
「そう、一大事、だ。……高策、お前、どうする気だ?」
「どうするも何も無い! 昨夜
逃げ出した、というのは董蕃の不在を
──愚かさも過ぎれば救えぬ、か。
「わかった、高策。お前が、そう言うなら、良かろう。前は、任せる。董将軍の兵も、高堅軍も、お前が、率いろ」
「
高策は早々に背を向け、
「ああ、しっかり、
趙敞の背後に控えていながら居ないようですらあった副官──
「良くやった、孔苑」
孔苑は無言のまま趙敞の前に跪く。──鬼族男性の平均よりニ寸(約三・六センチメートル)近く小さく、やや華奢にすら見える肉体。齢は二十一になったばかり。
趙敞は
「
孔苑はやはり声も発さず、ただ頭を下げた。
終わる時は、
そういうこともあるのだと、よくわかった。
昼前、玉英の幕舎に姿を見せた老将は、
「面を上げよ」
玉英は色を付けずに言った。
周囲は、昨夜と同じである。
「ハハァ~ッ!」
「そなた、存念はあるか?」
「この趙敞、ご
頭を下げる趙敞。
「趙敞、私に仕えるか?」
趙敞は頭を下げたまま一瞬視線を上げ、また下げて、
「もったい無き、もったい無き、御言葉! されど、お許し、頂けるなら、是非とも、是非とも! この老骨を、お使い、下さいませ」
「そうか。……ではそなたには、最初から言っておこう」
「何なり、と!」
玉英は琥珀と顔を見合わせ、少し笑ってから趙敞へ視線を戻し、
「
これも色は付けず、しかし
趙敞は一瞬全身を
「ハッ!」
ただ一言、応えた。
寿原の戦が決着してから四日後の夕刻。
恵北で雲鍾軍と
恵陽軍と燕薊軍の戦が、
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