第14話 単于
熊族の王──
玉英は
「玉英っ! これも美味そうじゃのう!」
太陽のような笑顔を見せる琥珀。
「食べてみようか」
玉英が微笑むと、琥珀は更に瞳を輝かせ、
「うむ! 店主、三つじゃ!」
「まいどあり~」
下働きの若者に
朔原でも、
──これが発展の
玉英は考えを巡らせつつ、やや離れて付いて来ていた子祐にも琥珀から受け取ったものを一つ渡し、既に数多い通行者達の邪魔をしないよう
「んん~っ! この肉汁……良い仕事をしておるのじゃ!」
「確かに、これは美味い」
顔を見合わせて笑った。
羊肉を埋め込んで蒸し上げた大きめの
玉英は
子祐はいつものように
「
「子祐じゃねぇか! ってことは……おおい、玉英、琥珀の
「ああ、そのお
公式には、
単于は五百騎程度の
「何しろ暇でなぁ…………食べ歩きでも、と思ったら…………
食べては喋り、喋っては食べ、台詞とは裏腹に忙しい。
近所にあった
店の
突雨の右隣に座る掏摸被害者の犬族青年──赤茶色の短髪も爽やかな
陸繁の
手持ちで足らなければ、盗まれておいた方が
──その場合はいくらか支援してやろう。
内心ではどこまで
「それにしても、絶妙な
おかげで掏摸の少年は市場の
「兄貴
突雨は機嫌良く笑い、玉英の右隣で琥珀も「クフフフ」と口元を抑えて笑っている。
「おっと、酒が無くなっちまった。こりゃあそろそろお開きだな」
既に皿は綺麗になっており、陸繁の銭は──
「足りた……良かった……」
あまり良いとは言えないような表情ではあるが、最悪の事態は免れたようだ。
会計前に計算を終えている辺り、商賈としては優秀なのだろう。
「恩に着るぜ陸繁! 何かあったら頼ってくれ!」
「いえっ、こちらっ、こそっ」
突雨は陸繁の背を
「夕飯はここいらで一緒にどうだ。兄貴も来てるからよ」
今回、玉英は水だけで済ませていたのだ。
「墨全殿も! わかりました。楽しみにしておきます」
「
「はい、また」
玉英が笑顔のまま一礼する間に、突雨の大きな背中は見えなくなっていた。
陸繁は立ち上がる気力が
息抜きは終わり。
会談前の、最後の準備だ。
雲理
玉英は、
王族の
普段は隠している
最後に、顔を隠すように
王女でありながら、王──
「大変ご立派で御座います」
呼ばれて様子を見に来た雲理が、両膝を突いたまま頭を下げた。
「うむ。
「ハッ」
玉英の
大半は雲理の九女──母の血を継いで
礼装の
特に前者に関しては、「これが彼女達の
彼女
「予定通り、基本的にはそなたに任せる。
「ハッ」
雲理の先導により、白地に銀の白虎模様の礼装を身に
会談の場は王族区画よりも
本来の予定では、天の
しかしながら、天子に準じた
祭壇は、天子が天子たる
並び立つ者は無く、必然的に、
──むしろこちらが礼を
玉英はそう気にしたが、雲理曰く、
「単于は
と。
少なくともこの点について、反論は出来なかった。
刻限を前にして
玉英は北側の祭壇付近で
玉英から見て左側の筵には雲理が両膝を突いて座っており、数歩外側の
もし単于が
玉英──天子代理となる周華王女の参加も、会談目前で通知されたのだ。
だが、従者一名を連れて刻限に現れた『双王』の片割れは、
何か引っ掛かるものを感じたものの、
「
厳しい極北の地で生き残るため『
周華の側からすれば、
その顔を今度こそ見ようとして──
「
思わず名を呼んでいた。──視線を送らずにいた琥珀が一瞬にして顔を向ける。抑えていたはずの耳が立って
──墨全殿が単于で、突雨殿が従者……いや、突雨殿こそが
墨全と突雨ならば、「少年の身でありながら、それぞれ単身で
「互いに、軽々には明かせぬ事情があったようだな、玉英殿」
髭に
突雨も
「そのようですね墨全殿、それに突雨殿……で、よろしいですか?」
単于として
「ああ、それでいい。
「
旅の仲間としての関係を、無くしたくはない──その想いは、同じらしい。
「はい。では私のこともただ玉英、と」
玉英も
「承知した、玉英」
「
突雨が視線を
雲理は、どうにか事態を
墨全や突雨としばらく行動を共にしたことは話してあったが、
それはそうだ。いくらなんでもこの兄弟は身軽過ぎた。──玉英が言えたことではないが。
「雲理、すまない。そういうことだったようだ」
「……いえ、殿下。吾輩であれば
雲理が頭を下げた。玉英が知らされていない情報も、何か得ていたのかもしれない。
「腹を割って話し合う、ということで良いな?」
雲理と打ち合わせた策はいくつもあったが、相手が墨全と突雨であれば、余分な
「ハッ。どうかご随意に」
一層深く頭を下げる雲理。
「良し。……墨全殿、突雨殿、どうか楽になさって下さい」
「ああ、ありがたい」
「助かるぜ。慣れねぇこたぁするもんじゃねぇ」
文字通りに息を抜きながら、揃って
「雲儼、突雨殿にも筵を」
「気にしねぇって」
突雨は左耳を
「私が気にするのです」
苦笑する突雨に無理矢理筵を使わせ、本題に入った。
三つの月も微かに見え始めて、やや肌寒くなる頃合いだ。
「──最後に確認しますが、一千ずつ、三十の
汗ばむ肌に心地良い風を感じつつ、墨全へ尋ねた。
「ああ、異論はない。むしろ
周華の──戦乱の世の──基準と比べても、少ない。
まして熊族は『馬上に生まれ馬上に死す』とまで言われる騎馬民族だ。
「ええ。
玉英は僅かに口角を上げて頷いた。
移住者の選抜は兵役前提で行われるため、
とは言え、これまでとは異なる土地、異なる
それだけでも、様々な困難に直面するだろう。
墨全はやや
「感謝する」
玉英は頭を横に振って答えた。
「いえ、こちらこそ、ありがたい限りです」
和平による北辺の緊張
無論、京洛の大軍相手となるとまるで不足だが、あくまでも第
数年掛けて第
「何しろ
単于の片割れだと
都合五千騎が、
更には熊族が誇る
「頼りにさせてもらいます」
突雨とも、笑い合う。
ただし、笑ってばかりもいられない。
この他様々な調整が為されたが、調整し切れていない、どうしても外せない問題が一つあった。
「ところで、
硬い表情で切り出す玉英。
墨全と突雨は、揃って眉根を寄せている。
元々は、鎮戎公の
そこへ玉英がやって来たため、ならば玉英と、という話になるのは当然の
「『玉英は妾の
琥珀が黙っている
瞳から
玉英は王族であり、政略結婚は本来義務ですらあった。その点から言えば、断る方が間違っている。──そんなことは、琥珀には関係無かった。
また、玉英自身も、琥珀を唯一無二の存在として大切にしていきたかった。
積み重ねてきた日々が、王族としての考え方をも変えたのだ。
「琥珀だけを、
「わぁかったって。
突雨が右耳を
「致し方ないな。和平どころではなくなってしまう」
墨全は冗談交じりに折れた。
玉英と琥珀も、深く
「では……」
「
墨全の言葉を受けて玉英が視線を遣り、雲理と雲儼が頭を下げる。こちらの親子はそもそも同意していたのだ。
「でもよ、
熊族との関係上は
「それは構いませんが、何をすれば?」
「そりゃおめぇ、一緒に
「どちらへ?」
「あ~、こっちの言葉だと……
「つまり……」
「
雲儼の、嫁取りの旅だった。
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