第13話 雲理講
ただ顔の
「琥珀様、ですな。どうぞお立ち下さい。椅子を、いえ、食事も用意させましょう」
と
「熊族については
改めて琥珀へ、そして玉英へと視線を戻した。
琥珀は一瞬何か言い掛けたが、「良かろう」と立ち上がり、
その琥珀には見向きもせず、
「殿下、
「何を、言っている?」
玉英は、
その
──敵意は無い。……苦悩、か?
雲理の側でも、玉英が
「【
と目を細めた。
──麒麟の眼。
最初は「麒麟の血が濃い」という言い方で、
鬼族の王族は、他の者達とは
それは単純な
とは言え
適した場、適した導き、適した鍛錬によって初めて開花するものに過ぎず、
その点、玉英の父
幸いにして受け継がれた【麒麟の眼】は、様々な場面で玉英を助けてくれている。
無論、その【
その【麒麟の眼】を──赤い瞳を見つめたまま、雲理は語り始めた。
「吾輩は、
──『あの日』の
『北』について王の
また、
結果、叛乱の報へ雲理が接したのは、
雲理さえ決断すれば、簒奪者の態勢が整う前に、京洛を囲うことすら可能だったかもしれない。
しかし、まず間違いなく王と王妃は既に亡く、その子
最悪の展開となれば周華が滅ぶ。そうでなくても、
幾度思い返し、考え直しても、結論は変わらなかった。
変わらなかったが、もし
今夜、玉英の来訪により
「──お
雲理は
玉英がこの部屋へ現れた際の雲理の第一声──「よくぞ、お越し下さいましたな、殿下」──は、およそ五年半その心身を
先程その激情を読み取れなかった己の未熟を、最初、玉英は恥じた。
だがすぐに、相手が周華一とも
その上で考えてみれば、
否、気付かされた。
雲理の極端に短く太い褐色の尾だけが、明らかに意図的に、しばしば不可思議な動きをしていたのだ。
またもや
──これが
今この瞬間の態度が、
つまり、
兵力や領地といった外側からでもわかる部分ではなく、最も内側に
──この者を従えるに
玉英は、覚悟を以て言う。
「
雲理が、
「ハッ! 全身全霊にて!!」
尾の不可解な動きは、
「
雲理の
「兄上の行方は、
「はい、残念ながら」
視線を合わせたばかりの雲理が、やや目を伏せた。
「そうか……」
玉英の兄、玉牙は『あの日』の段階で
持って生まれた堂々たる
──生きている。
そう信じるのであれば、玉英と同じ理由で
竜爪族は鬼族、白虎族と天下最強を競う程の戦力を誇るが、簒奪者たる
北の
「竜爪族から
もし竜爪族が亀甲族と組めたなら、賭けの
周華の大勢力のうち、残る西の白虎族や南の
「いえ、一度も」
「それは」
──不自然ではないか?
──鬼族軍に補足されたか?
使者の往来を全て監視するには、周華はあまりにも広い。考え
──そもそも使者を送っていない?
王家に忠実な
──万が一、を嫌ったか?
玉英がつい先程まで緊張し続けざるを得なかったのと同じ理由である。
──あるいは、雲理に信用され得ない、と考えたか。
ここ二百年は竜爪族の動向も
──だが仮に兄上について
北や西、南と異なり、東──支配領域で言えば京洛の南東方面──の竜爪族は、周華外の敵とは接していない。北と比べれば格段に動きやすかったはずだ。
「こちらから使者を送ったことは御座いますが」
「帰り着かなかった、と?」
「はい。
雲理の瞳の奥が
「何名送った」
「三名ずつの隊を二つ、それを二度」
「何かあった、と見るべきだな」
玉英が
「
雲理はやや頭を下げた。
「使者は、白虎族や鳥翼族にも送ったのか?」
「いえ。大変
雲理が首を
無理もないことだった。
白虎族を治める西王母は
両者は、民の大半が山岳部に暮らす点や、連絡手段が
後者に関しては、『天下』の
『王族が訪ねれば一定期間内には連絡が付く』とされる鳥翼族の
ただし、周華の
「確かにそうだな。すまぬ」
「いえ」
「では、話を変えよう。熊族の──」
と言い掛けたところで、雲儼が他の部下と共に戻ったため、食事ということになった。
食事は、極めて上等なものだった。
柔らかく蒸した小麦の香り高い
控えているつもりだった子祐も、
「かの【麒麟の
と雲理が玉英へ申し出、玉英が
他の者達も、別の
肉料理が多いこともあり、猫族達の喜ぶ顔が玉英
存分に
玉英
「熊族の王と会う、という話だったな」
互いに椅子へ座っているため、玉英がやや見上げる形になっているが、食事の際、気にしないよう言ってあった。
「ハッ」
雲理は頭を下げて応じる。
「私は熊族について
「ハッ。では熊族の現状を極力正確にお伝えするべく、地理、歴史の概要と、過去二十年程の動向について申し上げます。……ただし、以下は
「忠告感謝する。その調子で頼む」
玉英が微笑んで軽く頷くと、
「ハッ」
雲理はまた頭を下げ、ゆっくりと戻し終えてから、
「それではまず基本から──」
周華の
そもそも周華においても高原や山岳は相当な割合を占め、国家規模で連続した平野と呼べるのは、京洛近辺から東側へ広がる一帯と、北東の『
つまるところ、現状周華と
現在の長城は、ちょうど三百年前に雲理が当時の王へ進言し、
なお、雲理が
その長城の
羊や馬を代表とする
元々生活様式が似ていたこともあり、次第に一定の価値観が
ところが、二十年程前、事件が起こった。
既に北方を支配していた当時の熊族王──代々
とは言え、そこから十年程は何事も無く過ぎた。本当に事件が起こったのは、その
質に出された子供達が、
当時、それぞれ
「それがここ十年程の、北方の戦乱に御座います」
「何の
『あの日』の玉英ですら齢十だった。更に幼かったはずの子供達が、単独で?
「いや、それ以前に、どちらが王……単于となったのだ? やはり掟により末子か? それとも兄が?」
雲理は「対立した」とは言わなかった。平和的にどちらかが継いだのだろう。
「両方なのです」
「両方?」
玉英は思わず
「
雲理は
「兄弟の
「……絶対的な王が
「御意」
両単于の
雲理はそう教えると同時に、玉英自身の振る舞いについても視点を提供している。
万が一、玉牙が見つからなかった場合は、玉英が王となるしかないのだ。また、王となるつもりで動いた先で、玉牙と再会出来た……という場合もあり得る。
──兄上が既に
いずれにせよ、王たる者が権力を
玉英は目で礼を述べ、
「その双王いずれと会い、何を話す?」
「予定では兄の方と、議題は
「不可侵はわかるが、移住とは?」
「熊族を周華内部へ移住させたい、と
「つまり……本格的な同盟への第一歩、ということか」
「御意に御座います」
雲理が頭を下げた。
「どこまで信じて良いものかはわからぬが、良い知らせだな」
「吾輩と致しましては、幾分か彼等の力を
──叛乱によってそれどころではなくなった、と。
だが、もし本当に熊族と手を取り合えるなら、玉英陣営にとっても大いに利点はある。
警戒を解くことは出来ないまでも、移住者は
無論、雲理や単于はそれを理解した上で、
それすら罠、という危険性を考慮から外すことは出来ないが、かつて灰猫族の
もしかしたら、墨全や
少なくとも、そう考えると
──『辻褄を合わせようとしてはいけない』……わかっているよ、
王城で
思考の
「相互に関連するかもしれない」と『自分が考えた』だけの
実際に
戦場では命取りになるのだ。
「私を使いたい、と先に言っておったのはソレか?」
玉英が
「殿下のお立場を、に御座いますが……御意に」
軽く
微笑みを交わす。
「良かろう。熊族と結べれば周華の
世が乱れていることはどうせ知られているだろう。ならばせめて、それに歯止めを掛ける存在が居ることは示しておきたい。
──未だ少女と
この場に居たのが玉牙であれば、あるいは玉英に子祐程の恵まれた肉体があれば、いくらか説得力も変わったろうに。
「して、
「ハッ、三日後の昼に御座います」
「良し。それまでに、必要な知識を叩き込んでくれ」
「ハッ。……しかし今夜は、そろそろお休みになられては?」
頭を下げた雲理の言に、思い当たって右を見れば、
玉英は眉尻を下げて微笑み、
「部屋を頼む」
「ハッ」
雲理の視線に応えて雲儼が案内し始め、玉英は琥珀を自ら背負って歩き、子祐は更にその後へ続いた。
改めて頭を下げたまま見送った雲理は、静かに
「三百年。……三百年掛かったが、
貴淑。
それは三百年前、熊族に殺された、雲理の最初の妻の名。
病で死んだと言い続けたため、実の子供達ですらそう信じており、もはや事実を知るものは雲理以外誰も居ない。
「君は、和平を望んでくれるだろう?」
祈るような声を聞いた者も、誰も居なかった。
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