第10話 紅水にて
――あのお
――他のタイチョーサマの言う通り、
「――ょくえい、
「ん……ああ、おはよう、
寝台の上。右側から身を乗り出し、玉英の顔を覗き込んできている琥珀の、やや落とした眉を見つめての言葉。
形だけではない。
それを、玉英の目から読み取れてしまう琥珀は、やはりいつものように顔を赤らめ、耳をやや動かして、
「ありがとう、なのじゃ。玉英も――」
と言い掛け、
「美しくはある、が、大丈夫かや? うなされておったが……」
別の言葉へ続けた。
「あー……うん、大丈夫。多分、疲れが出ただけだよ」
穏やかな微笑みを返す玉英。
背負ったものに、「忘れるな」と釘を差された。
「そうかや? それなら、良いが……何かあれば、すぐに言うのじゃ」
「うん、ありがとう、琥珀。琥珀も、いつでも、何でも言ってね」
「うむ。ありがとう、なのじゃ」
満面の笑みを
「んむぅ」
「朝じゃぞ」
そう言いながらも、琥珀は
「疲れが抜けるように、少しだけ、ね?」
言いながら、琥珀の耳に指を伸ばす。
「それはなかなかに……んっ、ズルいのじゃ」
「ごめんね。でも、琥珀が可愛いせいだよ」
「それも、ズルい、のじゃっ、あっ」
甘い声を聞きながら、真っ白な耳の毛に触れるか触れないかの絶妙な距離を保って、手指で優しく
「んっ、んんっ、くすぐったい、のじゃ」
「そう?」
「そうじゃ!」
言い切りながら、玉英の首筋へ顔を
玉英は
幾度も
「んんん~~~っ!!」
首筋に熱い吐息を感じながら、強く抱き締める。
「可愛いよ、琥珀」
「んんっ……んっ……んぅ……当たり前、なのじゃ……」
「そうだね」
「うむ……」
「ありがとう、琥珀」
耳元で囁く。
「んうっ……どういたしまして、じゃ」
顔を少し動かし、見上げてくる琥珀。
その目が、柔らかく輝いていて。
抱き締めているはずなのに、包まれているような気がした。
玉英と琥珀は、しばしの
昨夜、
元より、
当初の計算上は、最も順調だとしてもあと三日。
もし何らかの問題が発生していれば、そこから更に十日以上。あるいは……。
極めて幼い子供がおよそ半数を占める、最低限の
心構えは、必要だった。
例によって例の如く、隣の部屋へ控えていた
昨夜の時点でも、打ち合わせの
結果、文孝の報告、並びに明華の「場所が違うだけで、全員玉英達と
柔らかく蒸した上で
食糧は
過酷な旅を超えてきた者達にとっては
「いんやぁ、たまげたねぇ、琥珀様達にだけじゃなく、あたいらにもだなんて。ありがたいを通り越して、怖いくらいだよ」
と
「如何です? 明華は頼りになるでしょう?」
その明華と
確かに自慢したくなるのもわかる『お友達』とその民だが、一体どこからこれだけの余力を得ているのか。
ついでに見て回った限り、
その疑問を、天高く陽が
「あー、それはね、魔法を使ったんだよ♪」
「マ……ホウ?」
「あちゃあ、通じないか。ってそりゃそうだよね、ごめんごめん。ま、一つずつ説明すると大変なんだけど……」
明華は
国家の
それら
無論、表向きは
しかしこの地は
「だからねー、
明華は「どう?」とばかりに左目だけ閉じて見せた。
「伯父上?」
「あ、言ってなかったっけ。んっふっふ~、遂にこの口上を使う時が……!」
明華の口角が再び大きく上がり、玉英の目を見つめて曰く、
「数百年間、
と。
――最後の言い回しは兎も角として、
玉英は目を見開いて言う。
「鎮戎公の
「そゆことー。伯母上、つまり私の母上の姉君が妻。でー、昨日案内役を頼んだ
「ほう」
――それで、あの立ち居振る舞い。
「私の護衛も兼ねた
明華は視線を右斜め上へやって顔も右へ傾け、わざとらしく唇を歪ませて見せる。
「だから紅水を
「そういうこと!」
途端に笑顔になる。
「では、そのためにも、
昨夜は
「はーっ、そうだね、そうなるよね。……ま、さっさとやろっか! 大体、丹行兄なら
能力は元より、この不思議な
何しろ、鎮戎公の息子たる年長の丹行を差し置いて、なのだ。役割が逆だったとしても、何ら不思議は無かった。
「そうだな。では、今日は――」
今度こそ、本格的に、打ち合わせを再開した。
第一に、百二十七名の、今後についてだ。
二万もの民を抱えているのだ。栗鼠族が得意とする、細かい仕事には
民の数以上の豊かさを背景にした、長期的な計画――蘭の復興計画も、
そうして細かく打ち合わせながら、明華の手腕を学んでいく。
玉英の目が、
数日かけ、元・蘭の民は
望む者には、
明華曰く、「学問こそが人を……おっと、民を導く光なのです、なーんてねっ♪」と。
口調こそ
幼い頃に途切れたとは言え、王族として教育を受けていた玉英にとっても、
必要な警備を紅水の兵へ引き継いだことで、玉英一行の者は自由に動けるようになっていたが、文孝だけは、初日に玉英へ報告した
手の
残る
もし無事では済まないような事態だった場合、報告が第一の任務となる。
斥候の際にも
玉英
仲権と四名の黒猫族が、伯久率いる三名の黒猫族と共に、紅水へ到着した。
玉英と琥珀は、「よくぞ
猫族にとっては大いなる
しかし、
「ところで季涼は――」
どこだ? という話になった。
最も長く季涼と共に行動していた部下によれば、民を送り届けた後で
「蘭の北西、目標とした邑の手前で、竜河の対岸に熊族二名と馬四頭を発見。近隣に渡渉地点は無いが、これを可能な限り追跡する。帰還は定かならず、捨て置きたし」
と言っていたらしい。
情報の重要性を
一つには、食糧不足。もう一つには、地域の問題だ。
民を送り届けた邑の位置と、そこから竜河を
とすれば、
異なるのは、北へ折り返した竜河へ沿う形で、西王母と鎮戎公の支配領域、その
支配領域の
西王母の『神』たる威光や鎮戎公の手腕を考えると、もし賊徒ないし居着いた者が在るなら、鬼族の流れ者、あるいは密かに侵入した熊族だろう。
所詮は全て想定に過ぎないが、想定し得る事柄に関しては、警戒すべきでもあった。
半端な対応では、一歩間違えれば、全滅である。
そこで、玉英自身が、季涼を探すことにした。
子祐は当然として、梁水と文孝、それにまだ体力を残している伯久と三名の黒猫族は連れて行く。
琥珀には紅水に
加えて、明華から「兵なら貸すよ~」と申し出があったため、ありがたく受けた。
玉英を見下ろす程度には概して背丈に恵まれており、朱い髪と白い翼も合わせて、
鳥翼族の
高い城壁のある城塞都市や山の近辺であれば、
無論、高所からの斥候役も、お手の物だった。――彼等にあるのは手ではなく、立派な翼だが。
手配を整え、夜のうちに進発して、二日後の昼過ぎ。
梁水と紅水兵五名からなる隊が、季涼を発見した。
紅水から見て北西。川の方の紅水の対岸には、まだ辿り着かない
動けなくなっていたが、幸い怪我は無く、意識は
食糧と水を与えた上で、梁水が季涼を背負い、本隊へ合流した。
梁水に背負われつつ、右横を歩む玉英に、途切れ途切れの報告をする季涼。
元・蘭の北西部、以前熊族と馬を発見した場所には、対岸から見る限り、褐色の血痕と思しきものだけが遺されていたこと。
北東部には、竜河の幅が広くなった部分があり、流れの中に、大岩
また北東部の道中、誰かが暮らしていたと思われる、誰も居ない場所がいくつかあったこと。
遺された品からして、熊族が居たと推測出来ること。
「もう良い、十分だ。よくやってくれた。今は休め」
玉英が季涼の頭から背にかけて左手で撫でて
更に二日後の、夜。
「あの辺りはそんな地形じゃなかったはず……去年の洪水で地形が変わったんだね、多分」
叔益等も含めた玉英の隊が紅水へ戻り、いつもの部屋で話し合う中、明華が珍しく
玉英は頷いて返す。
「もし何者かがやったことだとすれば、大岩を
彼等の移動速度からして、侵入経路を自ら
「一応だけど、ちょ~っと警戒の必要がありそうだね。丹行兄には頭が上がらないよ」
口調と表情を緩めた明華が、首を傾げて両目を上へやりながら笑う。
紅水への帰還中、情報を共有した段階で、丹行は部下を率いて監視と調査に乗り出していた。
丹行は明華の代官であり、紅水軍においても当然明華に準ずる。
「ま、調査についてはこっちで引き継ぐからさ。玉英達は気にせず、本来の目的へ戻っていいよ~ってなわけで、はい、これ伯父上に」
明華が、
「玉英にこれを渡す、ってのもなんか不思議な感じだけどさ、証明にはなるでしょ?」
片目を
鎮戎公とその民の大半が亀甲族故に、亀符なのだろう。鬼族の支配領域では、簡略ながらも
現状、そこまで厳密に管理されているとも思えないが、
「感謝する」
玉英は大きく頷いて、笑みを浮かべた。
「うっ」
明華が苦悶の声らしきものを漏らす。
「大丈夫か?」
「あ、ごめんごめん、ただの
眉尻を下げて笑う明華に、
「そうか? 明華も美しいと思うぞ」
真っ直ぐ目を見返して答える。
「おおう……そういうこと誰にでも言ってるの?」
「琥珀には、そうだな。あとは子祐にも」
「あ、あー、そうだよね。良かった。危ない危ない」
ふー、と左の翼で
「百合の間に挟まる鶴、とか言われたら泣いちゃうもんね。ああ、壁になりたい……でも壁になったら旅に出られない……ううっ、私はどうしたら……」
「よくわからぬが、問題は無いんだな?」
「あー、うん、何度もごめんね。そういうこと。気にしないで~。ワタシタチ、トモダチ、オーケー?」
「友達、か。ああ、嬉しいよ明華。改めて、よろしく」
晴れ晴れと笑う玉英に、
「そういうとこだぞ……ま、よろしくね♪」
明華は一瞬軽く
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