第5話 宴、尋問、負うたもの
この
極力は遠慮したが、『琥珀様』
邑の民が一同に集まれるような広場に、料理と
「
玉英達がそちらへ向かおうとしたところ、灰猫族が琥珀を見ては
熊族の身体――それもおそらくは平均を優に超えた――に合う
突雨の左には、やはり突雨と似ているが、突雨以上に大きいと思われる偉丈夫が、突雨と同じ姿勢で肉に
「兄貴の
突雨の右、やや斜め前へ辿り着いたところで、手振りと共に紹介された。
玉英は立ったまま、深く礼をして言う。
「玉英、とお呼び下さい、墨全殿」
琥珀は、何もせず、何も言わなかった。邑へ先に入っていたのだ。当然、挨拶済みだった。
墨全は、肉をしっかりと噛んだ上でゆっくりと呑み込んでから向き直り、
「墨全だ。……座ってくれ」
と、低い声で言った。
「はい。ですがその前に……突雨殿共々、ご助力頂き、心より感謝申し上げます」
玉英は改めて深く礼をする。
それを見て、
「こういうことか」
墨全が突雨に向かって尋ねる。
「こういうことだ、兄貴」
図抜けて大きい兄弟が、顔を見合わせ、夜闇も吹き飛ばしそうな声で笑った。
揃ってひとしきり笑ってから、
「はーっ、いや、すまない。突雨が玉英殿について話していたことが、
声を落ち着かせつつ墨全が言い、頭を下げた。
「玉英殿、
「いえ、お世話になったのは私達の方で――」
「いいや、放っておけばこいつがここへ来るまでにあと何日待たされたことか」
突雨よりも切れ長の目で、突雨を横目に見る。
「そんなこたぁ……わからねぇなぁ」
勢い良く否定するのかと思いきや、明後日の方向を向いて
揃ってまた笑い出す。仲の良い兄弟らしい。
玉英も思わず笑ってしまった。
「お、漸く笑ったな」
突雨が更に口角を上げた。
「あ、すみません、失礼しました」
頭を下げる玉英。
「
瞬間、玉英と琥珀に緊張が走る。
「あん? ああ、すまねぇ、隠してるつもりだったか」
突雨はやや片眉を落として謝った。
「だがなぁ玉英、顔や見た目の体格はまだしも、これだけ話して、
山中に暮らす白虎族の着物で覆っていても、
話せば、身体に触れれば……というのは、あくまでも確信を持つための最後の一欠片に過ぎないのだろう。
様々なことが玉英の心を
「ま、
と突雨が続けた。
「玉英は玉英、俺は俺。兄貴は兄貴だし琥珀の
歯を出して笑う突雨。
「
ここまで黙っていた琥珀が抗議する。
「はっは、すまねぇ、ただの口癖だ、口癖」
呼ぶ機会こそ少なかったが、確かにここまでの道中でもそう呼んでいた。
「何にせよ、話の
突雨が
「玉英殿。
と墨全が切り出す。
「「な」」
「なんですって!?」「なんじゃと!?」
玉英と琥珀の声が、重なった。
「そなた等には残念なことじゃが、玉英は妾の
立ったまま――玉英も琥珀も結局立ったままである――目を見開き、座っていてもさほど目線の変わらぬ兄弟を
周囲の猫族達が
しかし、
「いや、そうではない」
墨全は平然と首を横に振った。
「玉英殿、琥珀殿、
「……続けよ」
琥珀が、睨め付けつつも促した。
「感謝する。……我等の国は、今新たな時代の幕開け、というところでな。次世代の王が立ち、この国――
墨全は一呼吸置き、左手の
「そのために、助言者……と言うべきか、周華の者を招きたい、というのが一つ。もう一つは」
琥珀と玉英を交互に見ながら言う。
「何やら困り
数瞬、沈黙が過った。
「妾達は、別に
気が抜けたのか、瞳の光が
「それに、私
玉英も続いて、琥珀と視線を交え、微笑み合った。
視線を墨全へ戻して、
「ですから、申し訳ありませんが――」
「いや、皆まで言わずとも良い」
墨全が引き取った。
「大変失礼なことを言った。忘れてくれ」
太い眉尻を下げて、微笑む。
「だが、何か助けが要るとなれば、遠慮無く言って欲しい。俺も突雨も、出来る限りのことはしよう」
墨全の申し出に合わせて、突雨も大きく
玉英も琥珀と頷き合い、
「その
揃って礼をした。
兄弟も揃って頷き、
「ああ、確かに
「当たり
顔を
「ただ、そこまで丁寧に話さないでくれ。突雨もそうだが、俺も、完璧に話せるわけではないのだ。」
周華の言葉を、である。
熊族の国は、周華の外。
玉英達が目指している
鎮戎公が常時対峙している
宴の夜は、墨全・突雨兄弟との
「目が覚めたかえ」
玉英の腕の中で、琥珀が
「うん。おはよう琥珀。今日も可愛いね」
微笑みながらの言葉。
赤く
「玉英も、妾と同じくらい、美しいのじゃ」
と返す。
「ありがとう、琥珀」
「こちらこそ、ありがとう、なのじゃ」
互いに、強く抱き締める。
着物を整え、隣の部屋に控えていた子祐も呼んでから朝食を済ませ、
何者であるのか。
これまでにどこで何をしてきたのか。
誰の
これからの予定はあったのか。
あったなら、それはどのようなものだったのか。
他に隊はあるのか。
あるならばどこにどれくらい
誰かないし何かと連絡を取っていたのか。
取っていたならば、その相手は何者か。
これまでどういった内容だったのか。
これから連絡を取る予定はあったのか。
どのような手段で連絡を取っていたのか。
今後連絡手段を変える予定はあったのか。
それは何か。
………………
…………
……
考え得る限りの事項を洗い出し、
幸い、
百五十を数えた賊軍が全滅した上、一晩中吊るされていたことは、
隊の大半が、生活に困窮した
軍に捕まり、いくらかの食事や刑の減免と引き換えに従っていたこと。
白虎族の領域へ入ってからは、隊長の命令で幾度か邑を襲ったこと。
各隊が総隊長に
総隊長と他二十名程度は正規軍らしかったこと。
総隊長は
元王女を
他に隊は三つあったこと。
二隊は西へ先行していたこと。
もう一隊は北へ向かったこと。
総隊長が一度だけ
その相手は知らないこと。
連絡の内容も、予定も、予定された手段も知らないこと。
………………
…………
……
と。
引き出した情報は、各虜囚へ別個に訊いたにも
しかし、実際に見聞きしたことについては兎も角、そうでないことについては一切知らないのが一般の兵である。
ましてや元は兵ですらない賊徒・流民。見聞きしたことですら正確に
結局、昨夜の子祐の報告及び他の虜囚の証言から
そもそもは、子祐の手柄だった。
指揮官と見て最小限の攻撃で戦闘能力と意識を奪い、戦闘後には布を噛ませて縛り上げ、他の虜囚同様、吊るしておいたのだ。
その吊るされていた男は今、複雑に縛られ、限りなく動きの取れない状態で、玉英の前に転がっている。玉英にとっては既に
地下牢は暗く、顔はよく見えない。玉英から見て、左下を向いていることだけがわかった。
「何度もすまぬが、聞きたいことがある」
見下ろしつつ、なるべく低音を意識して、穏やかに言った。
「……」
「話せる程度には、してあるはずだが」
布のことである。
「返事くらいは、したらどうだ?」
「……」
「そなた、
「……」
「
「……」
「忠誠心か?」
「……」
「
「……」
「よもや血縁でも質に取られたか」
「……」
「逃げた王女」
「……っ」
男の
「
「……」
「王族を犯したかったか」
「……」
「あるいは……もしやとは思うが……保護」
「……」
無言のままだが、僅かに視線を逸らした気配がした。
玉英は
「逃げた王女
「……旗だ」
初めて、男がまともに声を発した。
「私達には、旗が、必要なのだ」
続けて、これまで黙っていたのが嘘のように、
「王が
それは、玉英も知っているつもりだったが、
「何をするにも
専売制だけの問題ではないらしい。
「しかもその賊徒に対してすら手を
白虎族、もとい西王母の支配領域の大半は、古来周華において『天下』と称された範囲の
故にこそ、玉英達が身を隠すのには好都合だったのだ。
「だが――」
男の
「だが私は、天命だと思った。王女を見つけ、同じように苦しむ民や賊徒を
溜め込んだものを一気にぶち撒けて
しかし十を数える程の間、何の反応も無いことを
男の目に映るのは、男からすれば小柄な影の中、
――赤? 赤い瞳?
「ま、まさか」
と男が言い掛けたのを
「最後に
低く、淡々とした声だった。
「ハッ、この邑に関しては、確かに私が命じました」
男は、動かせたのは首だけだが、男なりに姿勢を正して答えた。
「死を、命じなければならない。……民からの略奪は、死罪だ」
玉英は自らへ言い聞かせるように言い、
「もし、そなたと他の五名、いずれかのみ生かしてやる、と言ったらどうする?」
最期の問いを発した。
「ハッ、では、哀れな部下達を、お助け頂ければ幸いです」
男の目には、死を前にしながら、地下牢の闇に負けぬ光が
それを見て、玉英は答える。
「良かろう」
「うあっ……くっ……うっ……な……ぜ……」
男の額、左眉の上から右頬にかけて、血が吹き出す。
死の覚悟を決めていても、痛みは感じるらしい。
「そなたの失策によってそなたの部下は全て死に、そなた自身もまた、今、死んだ」
再度剣閃が
「民のため、
玉英は、淡々と言い渡した。
「っ……ハッ、
男は……文孝は、
玉英が、控えていた子祐、そして立てるようになった文孝を連れて地下牢から出た時には、既に
「準備が出来次第、即座に出立する。荷を頼む」
「ハッ」
子祐が
文孝にも確認した結果、残る別働隊は、北へ向かったという一隊のみ。
その隊もこれまで
玉英は文孝を
長の家では、琥珀が猫族と話し合っていた。
その話題――議題を
誰が『琥珀様』のお供をするか、である。
猫族にとっては
とは言え玉英の来訪によって残り時間が
即ち、
合計十五名である。
伯久の背丈は玉英を二寸近く上回る程で、猫族としては図抜けている。肉付きも、猫族らしい
伯久は叔益、仲権等と共に改めて
玉英としては、西王母の民を連れて行く気は無かったのだが、あくまでも『琥珀様』のお供だと言い張られれば、完全に否定するのは難しかった。
「気にするでない、玉英。母上も、わかってくれるのじゃ」
琥珀に微笑みを返してから、控えていた長と戦士長、それぞれの邑へ戻ることになった勇猛なる戦士達に感謝を伝え、今後の発展と無事を祈った。
玉英が琥珀と並んで長の家を出ると、墨全、突雨の兄弟が待ち構えていた。
「いよう玉英、俺達も一緒に行くぜ」
「邪魔でなければ、だがな」
突雨が満面の笑みで一方的に宣言したかと思えば、墨全が苦笑しつつも訂正する。良い兄弟だった。
「願ってもないことです。よろしくお願いします」
玉英は頭を下げた。
「頼む、でいいって言ったろ?」
突雨が軽い調子で返す。
玉英もつられて笑い、言った。
「はい。頼みます、突雨殿、墨全殿」
「
「任せてくれ」
笑い合っていると、琥珀が
「玉英はやらぬぞ」
突雨は一層笑って答える。
「はっはっは、案外根に持つなぁ、琥珀の嬢ちゃん」
「嬢ちゃんもやめよ!」
「口癖だって言ったろ? 諦めてくれ」
「そうはいかぬのじゃ!」
「頼むって、この通り、なんか別のことなら聞いてやるからよぉ」
突雨は本当に頭まで下げて言う。下げたところで、突雨の頭は琥珀より遥かに高い位置にあるのだが、
「ふんっ、考えておくのじゃ」
一応
「助かるよ、琥珀の嬢ちゃん」
突雨の
数瞬の間が空いたところで、墨全が問う。
「ところで、その者は
玉英と琥珀の後ろ数歩のところに控えている、文孝のことである。
猫族が『琥珀様』やその「婚約者」たる玉英のやることに対し口を出すことは、基本的にない。故に、ここで初めて言及された。
玉英が答える。
「死んで、新たな生を得た。そういうことになりました。文孝です」
紹介された文孝は、あくまでも仕える者として、礼をするにとどまった。
顔の傷は最低限処置したが、まだ当てた布に血が染み出してきていた。
「そうか。それならば、それで良い」
墨全はあっさりと頷く。
「なぁ、そろそろいいだろ」
突雨が言う。集ってくる猫族達が、見えていたらしい。
「玉英様、琥珀様」
戻って来た子祐が
「感謝する。……では、出発」
仲間達の顔を
北の邑を、救うのだ。そして、周華の苦しむ民を。
玉英は、これまでに犠牲となった者、犠牲と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます