第3話 新居、試練、旅立ち
「
「あ、違う違う、今回は大丈夫」
両手も使い、
「あくまでも『孕ませることが出来る』だけで、『必ず孕ませてしまう』わけじゃないんだよ」
「う……ん?」
疑問、が顔に浮かんでいる。
「孕ませるのにはいくつか条件があってね、私もよくはわからないんだけど、『最高の口付け』と『意志』が必要らしいの」
「つまり……」
「この間のは、その、
「孕ませる気も無かった、と」
「うん、そういうこと」
「なんじゃ、驚かせるでないわ」
目に見えて脱力する琥珀。
「あはは、ごめんね」
玉英も、肩の力が抜けた。
「うむ? では結局、責任というのは……」
「鬼族にとっては、『そういう』行為になり得るから……ってこと」
「……」
「……」
しばし見つめ合った後、揃って赤くなり、目を伏せる。
「も、戻ろうか」
「そ、そうじゃの」
玉英が
寄り添って、歩き出した。
「「ただいま帰りました」」
「よう帰った」
玉英と琥珀が連れ立って
「郭玄、もう良い。……ようやってくれたのう」
起き上がって郭玄の頭を撫でる西王母の、信じ難い程の柔らかい笑みと声。
伝承によれば、西王母――白虎は、『慈愛の神』とされる。灯火が照らし出しているのは、その通りの姿だった。
「して、
郭玄を解放してから向き直り、打って変わって表情の抜け落ちた顔と声。
琥珀と目で会話し、答える玉英。
「琥珀様と、婚約させて頂きました」
「琥珀に『様』
「申し訳っ、すみません、西王母様」
「良い。……琥珀。
「はい、母上」
真っ直ぐに目を見つめて答える琥珀。
「良し。では、西王母の名において、正式に婚約したものとする」
「「はい」」
「其方等の家は用意しておいた。郭洋、
「ハッ」
寝台の
「こちらへ」
「よろしくお願いします」「うむ」
「……よろしく頼むのじゃ!」
玉英の言葉に追随する琥珀を見て、郭洋の顔が
玉英は西王母の方へ向き直り、改めて言う。
「では西王母様、失礼します」
「良いから行け」
「はい」
「行って来るのじゃ」
琥珀には尾で答える西王母。
「全く、
玉英と琥珀、そして子祐が暮らすようにと用意された
「母上、わざわざ建ててくれたのかや」
目を潤ませる琥珀。どうやら本当に切り拓いたばかりらしい。
木材と石材を組み合わせた、三名で暮らすには明らかに広過ぎる
「感謝せねばなるまいな」
郭洋を見送ってから中庭で立ち止まり、胸に顔を埋める琥珀の頭を左手で撫でながら、子祐と顔を見合わせて頷く。
そのまま屋敷の各所を眺めつつ、柔らかくも暖かい琥珀の耳をつい指で
「ひゃんっ」
可愛らしい声が響いた。
「ぅぅううう……!」
途端、飛び退って唸り声を上げる琥珀。涙を湛えたまま吊り上がった大きな目には、なかなかの
「すまぬ琥珀、触れてはならぬところに触れたか」
「こういうことは他の者の居ない場所でするのじゃっ!」
琥珀の叫びが響き渡り、
「ぅうう……違うのじゃ……違うのじゃ……妾はそんな子ではないのじゃ……」
「すまぬ子祐。先に休んでいてくれ」
微笑みつつ言う。
「はい。お休みなさいませ、殿下、琥珀様」
子祐は玉英の従者である。当然のように、入り口付近の部屋を寝所とした。
子祐が一礼して去ってから、声を
「ごめんね琥珀。大丈夫?」
「ぅうう……違うのじゃ……妾が悪いのじゃ」
「私が変に触っちゃったからだよね。ごめんね」
琥珀の正面で
しばらく撫でていると、突然琥珀が「あっ」と声を上げ、しかし今度は腕の中でしがみつきながら、
「やっぱり全部玉英のせいなのじゃ!」
と甘えるように
「ごめんね、琥珀」
わけもわからぬまま、眉尻を下げて謝る玉英。
すぐさま琥珀は
「すまぬ……わかっているのじゃ。妾が慣れれば良いのじゃ。慣れれば……」
琥珀の尾が、複雑な動きをしていた。
その後、どうにか落ち着いてから寝室で共に休み、翌朝。
昨夜思った以上に日差しの差し込む中庭で、身体から湯気を立ち上らせている子祐に声を掛けた。
「おはよう、子祐」
「おはようございます、殿下、琥珀様」
「……おはよう」
琥珀は寝起きが悪いのか、あるいは恥ずかしがっているのか、玉英の
「鍛錬か」
「はい、ついでながら。……お加減は
子祐は向き直って
そもそも玉英は、自力で立っていられない状態で
「ああ、随分と良くなった。……子祐、貴様には
「いえ、とんでもありません」
笑顔でのやり取り。
「朝食にされますか」
「そうだな。頼めるか」
「
「では、申し訳ありませんが、
「何か手伝えることはあるか」
「いえ、どうぞごゆるりと」
「わかった。頼む」
「はい」
一礼して立ち上がり、炊事場へ向かう子祐。
「琥珀、何かいつもすることはある?」
振り返りながら
習慣は多種多様。主な種族の概要は把握しているつもりだが、琥珀が、となると知る由もなかった。
「暑い季節なら水浴びじゃが、今は寒い。湯へ入るには時間が足らぬ。特に無いのじゃ」
「そっか。じゃあ……旗碁は知ってる?」
「当然じゃ。妾は誰の娘かや」
確かに西王母ならば、大抵の物事について、
第一、屋敷の一角にある
「じゃあ、軽く一局、どうかな」
「良かろう。妾の才知に驚くと良いのじゃ!」
口角を上げて頷き合った。
旗碁。
独自に
根本的には、様々な色と大きさの石を兵に
一つ目は、二陣営が同等の地形、初期
互いの布陣、采配、その効果等、あらゆる情報が常時参加者全員に与えられているため、完全情報遊戯と位置付けられる。
基本的には
ほぼ同等の条件下で如何にして有利を作り、不利を減ずるのか……が重視されているのだが、時代が進む事に様々な状況が研究され、これまで存在しなかった個別的な状況に至るまでの手順が長く複雑になり、その途上の
軍の指揮をする立場――
二つ目は、一方の陣営が地形、軍兵、初期布陣可能範囲等を含む状況と目標設定を行い、もう一方の陣営が布陣と
設定側、解決側、いずれも数回ずつ行い、興味深かったもの、そうでなかったものを、
仮に『一つ目』を極めている場合、『二つ目』においても大半は見知ったものとなる
三つ目は、一つ目と二つ目を混合し、より実戦的にしたもの。
こちらでは、二陣営
ただし、各陣営は
もし、同時に同じ位置へ移動する等して突発的な戦闘になった場合、双方が一手動けなくなり、その衝突に関連する全兵力のうち
各陣営の采配情報は『天』が集め、判定する。陣営参加者は
極めて難度の高い、しかし得るものも大きい鍛錬である。
なお、これらへ更に様々な条件を付加し、極めて複雑な――天下国家の単位で
「形式は、どうする?」
既に四阿。旗碁の器具……旗碁卓を挟んで、向かい合う席に着いている。
「四半刻じゃったのう」
「うん」
「簡易の
規模を小さくした『一つ目』を、持ち時間を無くし、常に数瞬で打つ方式で、の意である。
「そうしようか」
「地形はどうするかや?」
「
「良いじゃろう」
地形設定には典型がいくつもあり、山河は最も基本的にして難解なものの一つである。
「先手は……」
「琥珀からどうぞ」
「良いのかや?」
挑戦的に笑う琥珀。
「本気でやってね」
挑発し返す玉英。
「無論じゃ。では、行くのじゃ!」
惨敗だった。
琥珀の。
「何故じゃ……妾は
旗碁卓に突っ伏している。
「玄蔡って?」
「ん? ああ、邑の長老じゃ。妾を『琥珀
突っ伏したまま、上目遣いで言う。
他の者からは『琥珀様』なのだろう。
「にしても何故じゃ。玉英、強過ぎやせんかや?」
琥珀がやや表情の険を強めた。が、声は変わっていない。
「旗碁は、ちょっと得意なんだ」
眉尻を下げつつ微笑む玉英。
「ちょっとどころじゃないのじゃ!」
反対に眉尻を上げ、軽くだが、机を三度叩く琥珀。
「三連敗じゃぞ! 三連敗! 母上以外では初めてじゃ!」
やはり軽くだが、叫んだ。西王母は、やはり強いらしい。
「本当のところ、どうなんじゃ。玉英より強い者が、
耳を伏せながら、
「多分、居るんじゃないかな。私が対局したことあるのは、父上、母上、兄上、……叔父上、
玉英は、指折り数えながら、どうにか笑顔を保った。
「その者達は、玉英より強かったのかや?」
少し顔を上げた琥珀の耳が、細かく動いている。
「うん。皆、わざと勝たせてくれてたみたいで。玉明は、私達より小さいから、わからないけど」
琥珀が急に立ち上がり、今度は本当に叫んだ。
「それじゃ! 絶対それじゃ! 玉英が一番強かったんじゃ!」
「あはは、そんなこと無いって」
「いーや、絶対じゃ! でなければ妾がこんなに負けるわけがないのじゃ!」
「そこまで言うなら、あとで子祐にも訊こう?」
「そうするのじゃ!」
琥珀が鼻息を粗くしていたところへ子祐が呼びに来たので、皆で朝食に向かった。
「手加減されていたとすれば、おそらく魯丞相だけでしょう」
昨夜分けて貰ってあった米と鹿肉、数種類の野草の汁を綺麗に食べ終えてから、尋ねた結果だ。
「殿下が七つの頃には、陛下は『もう
子祐は湯を一口飲み、続ける。
「彭太尉もちょうど一年程前の対局で『参った』と」
柔らかく微笑む子祐。
「ほれみよ! やはり玉英が強すぎるのじゃ!」
玉英を鋭く指差す琥珀。
「そんなことは……ないはずだが」
控えめに否定した玉英だが、
「ないわけがないのじゃ!」
琥珀の剣幕に押し切られ、また眉尻を下げて微笑んだ。
子供達の笑い声。
陽光の下、郭玄より更に年少と思しき幼子達がはしゃぎ回っている。
玉英と琥珀、子祐は、西王母に呼ばれて――正確にはその使いの郭玄にだが――邑の
邑外れに近い郭洋の家から、邑中央のやや曲がった道を通り、『聖域』の大木へ至るまでの
道の北側にあり、南側に大きく口を開けているのが、この邑の練武場だった。
邑の規模からすると
「よう来たのう」
声のした方へ振り向いてみれば、見た目だけならば先の幼子達と変わらない西王母が、両手にそれぞれおよそ一丈(約一・八メートル)の鉄棒を持ち、頭上で振り回していた。双方でぶつけそうなものだが、際どく互い違いになっているらしい。
「おはようございます、西王母様」
「おはようございます、母上」
「お屋敷、ありがとうございます。おかげさまで健やかに眠れました」
子祐は、黙って礼をしている。
「気にするでない。それよりも」
そっけなく言った西王母は、勢い良く回していた鉄棒を瞬時に止め、右手のもので子祐を指して言った。
「其方にも手ずから指南してやる故、そこまで卑屈にならずとも良いぞ」
興味の無さそうな声。
「ハッ、幸甚に存じます」
改めて、深々と礼をする子祐。
「うむ、良し」
頷き、鉄棒を下ろして、玉英に向き直る。
「昨夜の話じゃがな」
「はい」
「其方は
「はい」
「どの程度、欲しい?」
不思議と甘い声音。
「この際、欲を申し……言いますが」
途中、西王母の目が光ったのを見て、言い直した。
「五年で、今の子祐と立ち合って、勝る程になれるでしょうか」
肩に力が入った。
否、全身に、入っている。
子祐は鬼族の頂点に位置する実力者。それを、いくら玉英が
少なくともその域に近付かなくては、
「ふむ?」
西王母は抑揚の
「ふむ……うむ……ん~」
しばし、見比べた末、
「うむ! ま、二十年じゃな」
あっけらかんと言う。
「二十年……」
齢十一の少女からすれば、五年でも相当に遠い。二十年ともなれば、想像すら出来ない。
王族として故事を学んできた玉英にとっても、実感し難い年数だった。
「なんじゃ、不服か? 二十年後でも其方は三十過ぎというところじゃろう。そこからでも十分、復讐は果たせようが?」
「では、そのような実力者に、負けぬ、だけなら?」
勝とうとすることと、負けぬようにすることとでは、雲泥の差がある。
上回らずとも良いのだ。武の頂きに近い場所での、恐ろしく厚い、紙一重を超えて。
「ふむ。ならば、まず十年」
それでも、十年。
「ついでじゃから言うておくがのう」
玉英に鉄棒を突き付けて言う。
「其方には、其方の従者程の
「……はい」
十年後ならば、今の子祐とほぼ同年。有り得べからざる、とは、大袈裟ではなかった。
だが、
「五年には、どうしても、なりませんか」
一層表情を硬くして尋ねる。
「何故生き急ぐ。いや、死に急ぐ、と言うべきじゃな」
西王母は、言い直しながら、鉄棒を下げる。
「既に、
いや、そう、
それ程に冷たい言葉だった。
負けぬよう、声を絞り出す。
「兄上と、十年後、と約したのです」
内城脱出前のことである。既に年が明けて、残るは
無論、所詮は口約束。兄の方では、そもそも玉英が生き残っていると思ってはいないかもしれないが。
「京洛で
「死なば会えぬぞ」
琥珀が、玉英の右袖を両手で掴む。
その琥珀の手を、左手で優しく抑えながら、
「琥珀のためにも、死ねません」
と言ってのけた。
瞬間、
「
思わず笑い出す西王母。
しばし笑い続け、大きく溜息を吐いてから、言い渡す。
「無謀、と言いたいところじゃが……良かろう。其方は幸い、
玉英と琥珀の顔が、輝いた。
「じゃが、泣き言は許さんぞ。為すとなれば、為すのみ。庸才は
「はい!」
赤い瞳が、煌めいていた。
「おはよう、玉英嬢、琥珀嬢。よく来たね」
白い息を吐きつつ出迎える、細身だが、白虎族としては相当な長身の男性。黒髪混じりで、全体としては灰色の短髪と、
自称『二百歳くらい』の玄蔡である。
特に練武については、子祐を除けば、最も多く立ち合って貰った相手だ。何しろ、練武場の管理者である。
「おはようございます、玄蔡さん」
「おはよう、玄蔡」
「もう、中で待っているよ」
「はい」
初めて
十一歳から、十六歳。玉英は見るからに成長著しく、鬼族女性の平均まであと
対して隣の琥珀は、せいぜい
「じゃあ、おいで」
しかしいずれにせよ、玄蔡に子供扱いされる点では変わらなかった。
「はい」
練武場へ入る前に一礼してから、玄蔡に付いて行く。
屋外北東の一隅に、子祐が
「おはようございます、殿下、琥珀様」
「おはよう、子祐」
「おはよう」
いつもの挨拶。場所が、異なるだけだ。
最終試練。その関門として西王母に指定されたのは、子祐との立ち合いだった。
「揃っておるな」
西王母が、音も無く背後に立っていた。
「うむ、良し」
背後に気配を感じたら、急所を守りつつ、可能な限り一撃入れながら距離を取ること。
教えの一つは、身に染み付いていた。
西王母は何事も無かったかのように、そして何事でも無いかのように宣言する。
「では、始め」
即座に後方から襲い来る刃。
剣で応じつつ、また反転し、距離を取った。
幼い頃から自身を護ってくれていた刃が、
この五年、数え切れぬ程の立ち合いを頼んだが、普段よりも数段鋭い。
「ッ……!」
再度の、そして繰り返される強烈な打ち込みに、どうにか反応する。
子祐の方が身体は大きい。脚も腕も長い。
根本的な不利に、細やかで大胆な踏み込み、手数の多さ、そして
かつての子祐と
子祐の
その上で、対処の必要な攻撃を、対処可能な範囲に収めるべく、立ち回る。
即ち、比較的軽い身体を活かし、飛ぶように、舞うように、しかし大地の
それが、玉英が西王母から学んだ武の極致――『
「
手を止め、離れる。汗が吹き出ている。
互いに肩で息をしていたが、子祐は程無く落ち着き、玉英は更にしばしの刻を要した。
当然だが、実力ではまだ劣る。身体的差異は前提としても、子祐の癖を知り尽くした上での、やっとの防戦である。攻撃すら、守るためのものだった。
「ま、剣同士ではこんなもんじゃろう。教えたことは、出来ておったしのう」
西王母が、一応は認めてくれた。だが
「では次。子祐、槍じゃ」
「ハッ」
子祐が玄蔡から槍を受け取り、
「始め」
構えもせぬうちに始まった。
瞬間の攻め。
子祐の槍が肩を
剣での攻撃も激しかったが、槍ではそれ以上の猛攻だった。
最初の一撃の後、微かに笑った子祐の表情を、すぐに追い切れなくなった。
どうにか食らい付こうと、手元、足元、
しばしば混ぜられる『起こり』の無い攻撃に、半ば以上
しかし、留まろうと意識せねばならぬ時点で、既に破れているに等しい。
辛うじて十合は数えたか。
確実に二十合へは届かぬうちに、槍の
「已め」
子祐が槍を引き、玉英は
「子祐、流石に
「ハッ」
西王母が、珍しく
それもそのはず、と言うべきか、練武場で鍛錬を開始したあの日、子祐は槍の才を見出されていた。
京洛でも、王女の
剣が優先、となったのも当然の帰結だった。
何事も無ければそのままだったかもしれないが、あの刺客との一戦は、子祐にも大きな
道を模索し、導きを与えられた結果が、
「対して玉英。今死んだことはわかっておるな?」
「はい」
相手が子祐で、試練に過ぎなかったからこそ、まだ生きている。
これがあの刺客……否、いずれかの敵の襲撃であれば、当然命は無かった。
「槍を持った子祐の間合いは、剣の其方を圧倒しておる。故に致し方ないところではあるのじゃが……」
基本的に、間合いは即ち強さである。相手に何もさせないまま、一方的に攻撃出来る。それが間合いを制した者の強みだ。
剣同士ならばまだいくらかは対処出来たが、槍に対してでは、手も足も出なかった。
「ま、見せるが早いかのう。子祐」
「ハッ」
西王母が鉄棒を持ち、促されて始めた子祐の猛攻を
信じ難い事に、間合いの外を保つのではなく、間合いの内へ入り込んで、
更に、一度離れ、
「今すぐこれが出来るとは思わぬが、ま、脳裏に刻んでおくが良い」
「はい。ありがとうございます」
深く、礼をする。子祐も続いた。
「うむ。……最後じゃ。揃って、来るが良い」
再び鉄棒へ持ち替えた西王母。
「はい」
「ハッ」
玉英の剣を、子祐の槍を、如何なる連携に対してもいなし切りながら、僅かに目を細め、微笑んでいた。
「いつか、本当に必要になったら、呼んでくれるよな!」
齢十二。既に琥珀よりは若干背の高くなった郭玄が、涙を流して玉英に縋り付いていた。
「ああ、約束する」
「本当に、本当だかんな!」
五年ですっかり
「ああ、
「五年前、本当はまだまともに歩けやしないのに琥珀様を追」
「待て待て、それは郭玄に吐いた嘘ではない、そうだな?」
慌てて訂正した。琥珀が隣で笑っている。
「……まあ、そうだね」
「いずれ、郭玄を頼る日が来る。その日に備えて、邑の皆を護りながら、鍛錬しておいてくれ。……邑のことは、頼んだぞ」
「姉ちゃん……うん、わかった。きっと天下一の鉄棒遣いになって、姉ちゃん達を護るよ!」
まだ少々前のめりではあるが、郭玄の頭を存分に撫でてから、離れた。
無論、見送りに来ているのは、郭玄だけではない。
郭洋や玄蔡は元より、鍛冶師の
玉英も子祐も、この五年、ただ鍛錬に明け暮れたわけではない。
日夜様々な仕事を手伝い、邑の一員として認められていたのだ。
そして誰より、西王母。
いつになく興味の無さそうな顔で、言う。
「子祐。まだ道に先はある。励めよ」
「ハッ」
いつもの如く、深々と礼をする子祐。
「琥珀。無闇に『力』を
「はい、母上」
琥珀の濡れた瞳も、黄金に輝いている。
「玉英。其方はまだまだ未熟じゃ。怠るでないぞ」
「はい。『為すとなれば、為すのみ。庸才は
初めて、そう呼んだ。
「ふんっ、
追い出すように、閉じたままの黒扇を振る西王母。
「はい、行って来ます」
「行って来るのじゃ!」
「行って参ります」
三者揃って歩き出して数歩。立ち止まって顔を見合わせ、振り向いて叫んだ。
「「「ありがとうございました!!!!!!」」」
邑の皆から口々に応えを貰いながら、今度こそ、本当に邑を出る。
背中が見えなくなった頃、西王母の顔を、黒扇が
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