5-8

「これはオナガマでは、どうするこどもでぎね。もしかすっど、この悪霊をごしゃがせで、もっとひでぇことになるがもすんね。そしてこの悪霊の性質上、お前はどごさも、誰ども、つながれねぇ」


 巡の祖母は、「申し訳ねぇ」と繰り返した。そして、半紙をくしゃりと丸めてゴミ箱に捨てた。黒と赤の筆ペンを持った巡の祖母は、泣いているように見えた。だから僕は、肩を落としながらも、思い切りやせ我慢をして、笑った。


「大丈夫です。ありがとうございました」


 僕が二階の階段をのぼっていくと、巡が部屋から出てきた。


「どうだった?」


 僕は首を振って応えた。


「そうが。婆ちゃんでも駄目なら、メモの所も駄目だにゃ」


「セロハンテープ、持ってる?」


「あるけど?」


「貸してもらってもいいかな? これ、お守りだったんだけど、呪いのせいで割れちゃって」


 僕は右手に握ったお守りを見せながら言った。


「分かった。持っていくから、部屋にいろよ。昼食は食べられそうが? お粥にすっけど」


「今回は、遠慮するよ」


「そっか。昨日は、殴ったりして悪がった」


「いいんだよ、悪いのは僕だし。それに、痛いのはお互い様だから」


 僕は無理に笑って、部屋に入った。巡はそれ以上何も言わず、セロハンテープを取りに自分の部屋に戻った。なるべく簡単に、軽い口調で言ったつもりだったが、どうしても空気が重くなってしまう。内容が内容だけに、それも仕方ないか、と思った。


「開けるぞ」


「うん」


 巡がセロハンテープを持ってきた。僕は真っ二つに割れた名刺を、慎重に貼り合せた。裏も表も貼り付けると、また一枚の名刺になった。しかし一度敗れた「護符」は、もう、その効力を失効させられているという。それでも僕は、このお守りを大事にしておきたかった。これは祖母が僕のためを思い、作ってくれた袋だ。それに山下刑事も、僕のことを気にかけてくれている。


 僕は結局、「大凶」のままだったが、だからこそ吹っ切れた。僕が生きて行ける場所は、もう、児童相談所しかない。だが、この町に児童相談所はないし、僕には里親ができることはない。だから僕はこの町から出て、転校をし、一人で生きていくことになるだろう。


 ただ、その前に、僕にはやらなければならないことが、たった一つだけ残されていた。細谷君には悪いが、僕はあの白いカラスを殺そうと決めたのだ。


 僕はその決意を、巡とその祖母に告げた。


「僕の周りで不幸が起こるたび、必ずその白いカラスがいました。まるで不幸を告げるように。因果関係は分かりません。ただ、僕はその白いカラスを殺したいのではなく、殺すと決めました。なので、誠に勝手ではありますが、それまでここに置いておいてはくれませんでしょうか」


 二人は、顔を見合わせはしたものの、僕の申し出を断ろうとはしなかった。僕を救えなかった負い目もあるのだろうか、二人は困惑しながらも、最後には僕の申し出を受け入れてくれた。ただ巡の祖母だけは、複雑な表情をしていた。一見、僕と白いカラスの出会いを喜んでいるようだったが、別の瞬間には僕の宣言を嫌そうにしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る