5-7

「外側の袋は祖母が手縫いしてくれたもので、中には今朝電話をくれた刑事さんの名刺が入っています」


「今朝の。どういう関係なんだ?」


「関係、というほどのものはありません。ただ、僕を心配してくれたみたいで」


「中を見ても、構わねが?」


「はい」


 僕はうなずいて、お守り袋の口を広げた。


「え、何で?」


 僕が名刺に触れた瞬間、何の前触れも音もなく、紙が真っ二つに割れた。袋の中で一枚だった名刺が、まるでカッターで切ったように裂けたのだ。


「どうした。早く見せてみろ」


「はい」


 僕は仕方なく、袋の上に割れてしまった名刺を乗せて差し出した。


「やっぱりか」


 巡の祖母はそう言って溜息をついて、肩を落とした。


「やっぱりって、どういうことですか?」


「想いのこもった物は、その想いに、応えようとする。ただの紙だって、お札という呪物になるようにな。この名刺も、心のこもったお札だったんだ。だけど、負けて、割れてしまったんだな」


「この名刺が、僕の身代わりになったということですか?」


「そういうことではない。二回目の事件を防ごうとして、負けたんだ。この外国の人形の呪いの力に、負けたんだ」


「じゃあ、この人形は、買った時から呪いの人形だったんですか?」


「んだな。それも、相当の力を持っている。そこらの日本の寺社、ましてや葬儀業者の手におえるモノではない」


 巡の祖母の顔つきが、徐々に険しくなっていく。難しい問題を突きつけられて、困っているようだ。巡の祖母はその顔のまま、書道の授業で使うような半紙に筆ペンを走らせた。そして「〇」や「△」を線でつないで、図式のようなものを描いた。


「今、分かっているだけの、親族図だ。△は男で、〇は女。二重線は婚姻関係。二重線から下に伸びているのは、親子関係。つまり、この△がお前だ」


 巡の祖母は図を指示しながら、説明を加えると、今度は赤いインクの筆ペンに持ち替えた。書道の先生が生徒の字を直す際に用いられる朱色の筆ペンだ。それを使って「〇」や「△」の上に、赤い×をつけていく。


「まず、両親。次に母方の祖母と、叔母。そして、母方の祖父ももう亡くなっている。次に叔母だから、ここだ」


 僕を表わす「△」の右上に、赤い「×」が集中している。そこだけ、枯れ木に赤い花が咲いたようになっている。しかし、「赤い花」だという例えは、陳腐なものだという事は自分でもわかっていた。これは花などではなく、人の死を示す不吉な刻印だ。


「父方の兄弟や祖父母は?」


「父は三人兄弟の末っ子で、父方の祖父母はもう、亡くなっています」


「兄が二人だね。じゃあ、こうなる」


 僕の父を表わす「×」のついた「△」の横に、二つの「△」を描き、その上に二重線でつながった「〇」と「△」に赤い「×」をつける。まるで、右上とバランスを取るように、枝が左上にも伸びていく。父の兄弟の「△」二つだけが黒いままで、浮き上がって見える。


「まさか、次は伯父さんたちが?」


「順番でいったら、次はこの二人が殺し合うことになる」


 僕を表わす「△」は、赤い花を咲かせた木が垂らした、一滴の涙のように見える。こうして見ると僕という一人の存在が、人々の偶然的な出会いによって形成されている一つの奇跡であることが実感されて、胸が熱くなった。父と母がいなければ、出会わなければ、今の僕は存在しない。今の僕はけして一人ではない。何代にもわたって人々生活の営みの中で出会い、そして子孫を残してきた。僕の存在はそんな奇跡的な出会いの集合体なのだ。しかし今僕が持っている人形は、この奇跡の連鎖を断とうとするモノだった。


「この人形に憑いた霊の、これが性ということだな。本人を呪うために、周囲の人を、さらに周囲の人を使って殺していく。ついには、本人が生きていけなくなるようにする。これは本当に強力な怨念を持った、本当の意味での悪霊だ」


「で、でも、あるんですよね? オナカマなら、その方法を知ってるんですよね?」


 僕は巡の祖母に詰め寄った。


「お願いします。お願いします!」


 僕は座布団から降りて畳の上で土下座を繰り返した。巡の祖母は、そんな僕の姿とお守りを、交互に何度も見た。そうしているうちに、巡の祖母は、小刻みに震えだした。しばらくして、巡の祖母は、絞り出すような声で、言った。


「申し訳、ねえ」


「え?」




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