5-6

 巡も怖がるような人と、自分一人で対峙するのは恐ろしかった。しかし巡は首を振って、僕のランドセルを僕に押し付けた。そして、僕の背中をポンと叩いて二階の自分の部屋に行ってしまった。


 僕はつばを飲み込み、ふすまをにらんだ。


「失礼します」


 そう言って中に入ると、やはり着物を着て、白髪を団子状にまとめた老婆が座っていた。僕の祖母より、存在感がある。眉間に深く刻まれた皺が、その人の人生を物語る。おそらく、悩み苦しみながら手に入れた物があり、それが威厳と風格としてにじみ出てきているのだろう。


「座りなさい」


 いかにも厳格そうな声が響く。見た目よりも張りのある声だった。声だけ聞けば、五つほど若い印象を持つだろう。


「はい」


 僕はランドセルを横に置き、空いている座布団に座って、巡の祖母と向かい合う。いつも椅子に座ってばかりだった僕は、正座が苦手だ。しかしそれは足の悪い巡の祖母も同じことなので、黙っている。


「ご両親とお婆さん、それから叔母さんのことは、本当にご愁傷様だった」


「ありがとうございます」


こんな時、僕はどう返したらいいのか分からず、咄嗟に頭を下げていた。言っている言葉が分からなくても、僕の周りで亡くなった人々を悔やんでくれていることが分かった。


「でも、お前は偉い。巡と何を話したかは知らないが、昨日と違って、生きようとしった。目の光が違う。何が、見つけたなんねが?」


「巡君のおかげです」


 僕はまだ赤く腫れたままの頬をさすって、苦笑した。


「あれから、考えたんです。今の僕は大凶みたいなものなんだって。だから僕も、正しく結んでもらえれば、良い方向に向かうんじゃないかって」


「なるほど、占いか。勘がいい子だ」


 僕は首を振る。「勘が良いい」とは巡からも言われたことがあったが、どういうことなのかは分からない。ただ僕は、自分が都合のいいように自身を納得させたくて考えていただけだった。もしかしたら、父のおかげかもしれないと僕は思った。容易に答えを教えてくれないことで、僕に考える力を養わせてくれていたのかもしれない。


 僕たちはいつの頃からか、迷信を蔑むようになった。しかし僕たちは何か悪いことが起こるたびに、迷信に頼り切っている。「今日は厄日だ」とか「運が悪い」とか、平然と日常的に使っているではないか。「厄」も「運」も蔑んできた「迷信」であるにもかかわらず、人々は自分の非を他のコトのせいにする。逆を言えば、「非」の受け皿として「迷信」が存在していることになる。


「毎朝、テレビで占いをランキング形式で発表していますよね? 当然、一番悪かった星座や誕生月があります。でもそこにはちゃんと、ラッキーアイテムとか、ラッキーカラーとかがあって、救いようもない一日にはならないことになっているんです。だから、僕にもそういうものが……。あ、すみません。僕だけしゃべりすぎてしまって」


 僕は顔を赤くして慌てて口をつぐむ。


「なるほど。巡が見込んで、頭を下げてきたこともうなずける。出の出身でもないのに、そげなふうさ考えるどはな」


「頭を下げた? 巡君が?」


「んだよ。巡はこういうごど、一番嫌ってるんだげども、同じクラスに気になる奴がいるって、言いだして、そして助けでけろって。巡がオナカマとしての私さ頼みごとすんのは、初めてだ」


「巡君がこういうことを嫌っているとは、知りませんでした。詳しいので、てっきり好きなのかな、って、思っていました」


「私と住んでるんだ。嫌でも詳しぐなる」


そう言う巡の祖母はどこか悲しげに見えた。厳しい、という面では怖い人かもしれないが、本当は優しい人なのではないかという気がしてくる。そして、何故かこれ以上、「あれ以来」のことを聞いてはならないような気がした。


「オナカマって、どういうことをしている人たちですか?」


「地方地方さいる、巫女みだいなものだべにゃ。横文字だと、シャーマンというらしい。有名なのは青森のイタコ。沖縄のユタやノロだろう。こごら辺ではオナカマという。私もオナカマの一人だ」


「職業ですか?」


「昔は職業だったのがもすんねげど、こごでは今はそうは言えないべな」


 巡の祖母が遠い目をする。まるで、昔を思い出しているようだ。


「さて、無駄話はここまでだ。人形とお守りばみせでみろ」


 巡の祖母の声が重々しくなると同時に、表情が引き締まるが分かった。ここからが本題という事らしい。僕もおのずと背筋が伸びた。


「はい」


 僕はランドセルのフックから、エケコ人形と祖母手作りのお守りを外し、その二つを巡の祖母の前に差し出した。巡の祖母が初めに手にしたのは、人形の方だった。


「日本のものじゃ、ないね」


 巡の祖母は瞬時に断言した。巡と一緒にテレビで見たからなのかと思ったが、そういう雰囲気ではなかった。まるで、人形の来歴を元々知っていたかのような、話し方だった。


「はい。エクアドルという外国の人形です」


「手作りのようだけど、作り主とは直接会ったのか?」


「店主手作りの人形だと父が言っていたので、直接話してはないんですが、会ったことになると思います。でも、この人形は誰かにプレゼントされた方が、効果が強くなるとされているので、一度父が買ってから、僕にプレゼントしてくれました」


「それで、余計に呪物としての力もつけてしまったということか。お守りの方は?」


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