5-4

「刑事さん、天地君が今日行く場所は、決まっていますか?」

「いや、まだだが?」


 豆腐は巡を不躾にじろじろと見て、「部外者は早く出て行け」と言わんばかりに冷淡に返す。しかし巡は負けることなく声を張った。


「申し遅れました。僕は天地君の親友の浜田と申します。僕も祖母と二人暮らしです。もし良かったら、天地君を家に招きたいと思っています。もう、祖母には了解を得ています」


 僕は巡が初めて僕のことを「親友」だと言ってくれたことに、胸を突かれた。それと同時に恥ずかしさと嬉しさが込み上げてくる。


「勝手をしないでほしい。天地君の住まいは所定の手続きを踏んで我々が……」

「いいんじゃないか」


 丸刈りの刑事が口をはさんだ。


「送らせてくれ。住所も確認したいから」

「はい。構いません」

「じゃあ、ここで待っててくれ。校長先生と話してくるから」


 二人の刑事はゆっくりと部屋を出て行った。


「大丈夫か?」

 

 巡の問いかけに、僕は「うん」とうなずく。


「二回目だから、慣れちゃったのかな?」

「そんなことに慣れんな!」


 巡の怒号に、僕は心を抉られた気がした。


「婆ちゃんが、家に連れて来いって。やっぱりこれは、オナカマの範疇だから」


「オナカマ?」


「え? 知らないの? イタコとかユタも知らないの?」


 僕は首を振った。


「Sには忌避されている人、いなかった?」


「出部落みたいに?」


「うん」


「どうだろう? いなかったと思うけど」


「いや、たぶんSの方が、こっちより多いはずだよ。だってこういうのは、人の多いところほど増える傾向になるから。おそらく海は、今までそういうことに、無関心だったから、知らないだけだと思う」


 巡の口調は、どこか僕を責めているように聞こえ、僕は自分の無知を恥じる。しかし、巡が言っていることは、ただの事実なのだということは分かっていた。だから僕は、何だか違う世界の入り口に立っているような気がした。僕が今までいた世界にはなかった言葉や物、人々があふれている世界だ。それは今までずっと僕の傍らにあったのに、見てみぬふりをしてきた世界に違いない。そこは遠いようで近く、何よりも深いのだろう。


「今日は部活なくなったし、宿題も出てなかったから、皆も早く帰ってるよ。皆が俺に伝言を頼んでいったぞ。ずっと待っているから、ゆっくり戻って来い、だって」


 巡がまるで子供を扱う大人のように、僕の頭をくしゃりと撫でて、白い歯を見せて笑った。僕の中でピンと張りつめていた緊張の糸が切れ、両目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ始めた。


「あのさ、巡」


 僕の声は情けなく震え、唇がぴくぴくと痙攣していた。喉が締め付けられるような感覚が襲ってくる。


「何?」

「僕、泣いていいのかな?」

「もう、泣いてるじゃん」


 僕は巡の家に着くまで、ずっと泣いていた。きっと祖母なら、「男は泣くな」と怒鳴ってくれたに違いない。しかし今の僕にとってはそれすら懐かしく、悲しく、余計に涙があふれた。




 巡の家は神社の斜め向かいだった。玄関から階段まで、ずらりと剥製が並んでいる。町の人からは、「出部落の剥製屋敷」として有名らしい。玄関の天井から、大きなスズメバチの巣までぶら下がっていた。昨年、神社にできたものを駆除してもらった際に、譲り受けたのだそうだ。スズメバチの巣は玄関に飾ると、そこから入ってこようとする悪いモノから家を守る魔除けになるとして、この辺りでは年配者の家に飾られてあるのを見ることができた。


 巡のお婆さんが、刑事たちと話し込んでいる。僕の祖母とは違い、真っ白な髪を団子状にまとめ、着物を着ている。足が悪いのか、玄関に杖が立てかけられている。


 夜になるころ、二人の刑事は帰って行った。


 祖母が殺害されたというニュースは、全国ニュースではあまり取り上げられなかったが、地方ニュースでは、トップニュースだった。記者が、近所の人にインタビューする。顔が出ていなくても、声を変えていても、雰囲気で近所の誰かが分かる。


『まあ、自慢ばかりする人は嫌われるでしょうから』

『いくら孫がかわいくても……ねえ』


お世辞を言い合い、農作物などを物々交換していた近所の人達だった。それがどうしても憎たらしく、悔しく、また涙が出る。


 夕食の時、僕はすっかり食欲をなくしていた。どれもおいしそうで、良い匂いがしているのに、腹の虫は静かだ。


 孤独に震えた夜を思い出す。寒かったし、寂しかった。どうしようもなく、僕は一人だった。僕のために空けてくれた部屋で、満天の星空に、僕は黒いお願いをした。


(どうか、世界中の子供たちが、僕と同じような目にあいますように)


(どうせなら、皆死んでしまえばいいのに)


(でもそれって、僕が死ねば叶う願いだ)




「死にたい」

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