5-3
祖母は明るくて働き者だ。近所付き合いも活発で、誰かに嫌われている様子はなかった。
「この県のこの町の若者の流出は激しくて、子供が少ないんだよ」
それは僕にも分かっている。学校は小さく、クラスの数も児童自体の数も少なくて、最初は驚いたほどだ。しかしだからと言って、何故近所の人が祖母を殺さなければならないのか。
「孫のいない老人が多いってことだよ。近所の人たちは羨ましかったんだろう。君とお婆さんが一緒に暮らしていることが、ね。そして羨望は妬みに変わった。君が来てからお婆さんは君の自慢ばかりしていたとか、見せつけられていたとか、そう言う人もいた。だから、叔母さんのことをかばうようなことを言う人もいたぐらいだ」
祖母が僕を自慢してくれていたことは、正直、嬉しかった。だが、今はそれよりも怒りが勝っていた。震えた声で、僕は低く唸るように言葉を紡ぐ。感情が表に出ないようにしていたのに、全身が震えだす。
「そんなの、ただのやっかみじゃないですか。犯人をかばって、祖母をおとしめるなんて、許せません」
「まあ、田舎だから穏やかだとか、老人は性格が丸くなるとか、そういうのは幻想ですから」
まるで僕の必死さを嘲笑うような言い方だった。
「ひどい」
僕は震える拳を握りしめ、豆腐を真っ赤な目でにらみつけた。まるで祖母や友人たちを、侮辱されたような気分だった。本当は「お前に何がわかる!」と噛みつきたかったが、僕は祖母や友人たちをこれ以上傷つけたくなくて押し黙った。
「うん。でも、現実ですね。それで、様子がおかしいというのは、叔母さんの動機が弱いんです。叔母さんの家庭環境はすこぶる良く、最近ではお婆さんに謝罪して、感謝の意を伝えたいと、周囲にもらしていた。さらに叔母さんは妊娠していて、近々出産という時だった」
豆腐はわざとらしく「困った、困った」と言って溜息を吐いた。
「電話の履歴を調べてみても、叔母さんからお婆さんに電話をかけた形跡はない。だから本当に突然の訪問だったんだよ」
「じゃあ、自分が母親になる前に祖母に会いに来たのはいいものの、何か言い争いになったとか?」
「そう考えるのは普通ですが、言い争う声を誰も聞いていないし、叔母さんは事前に凶器の包丁を準備し、玄関先で一撃だ。しかも動脈めがけて。そして逃げることもせず、自分もその場で自殺したようです。首を切ってね」
豆腐は自分の首筋をペンでトントン、と叩いた。
「で、君は何も知らないんだね?」
「はい」
「じゃあ、赤い着物の老婆に心当たりは?」
豆腐の言葉に、僕の心臓がドクンと跳ねた。両親の死体の様子が再びフラッシュバックする。あの時の両親の首もぱっくりと裂けていた。そして髪の長い女性は、両親の時にもいた。和服を着て、黒い靄に包まれた若い女だ。今回の老婆は赤い着物という事だが、同じように着物を着ている。まさか、その女性は両親と今回の祖母の不審な死に何か関係しているのだろうか。
「髪の長い若い女性なら、知っています。両親の現場にもいました」
豆腐が初めて僕の言葉に興味を持ったらしく、メモを手に僕に向き直る。
「何故それを早く言わない?」
怒鳴るでも呆れるでもなく、豆腐は平坦な口調のまま言った。
「若い女性? 老婆ではなく? でも、着物を着ていたんだね?」
「はい」
豆腐はメモを取りながら言った。
「何故黙っていた?」
「前の刑事さんからは、幻覚だと一蹴されていたので」
僕は拳を握りしめていた。やはりあの時の女性は幻覚ではなかったのだ。僕が不幸になる時に姿を見せるのは、白いカラスだけではない。現場には必ず和服の女性がいたのだ。しかし、両親の時と祖母時とでは、年齢が違うようだ。これは一体何を意味しているのだろう。
「その女性について、詳しく聞かせてもらおうか?」
僕は、はいと頷いてから、覚えている限りの女性の事を全て話した。その間に、僕は息が苦しくなっていたが、相変わらず豆腐は淡々と質問を繰り返し、メモを取っていた。僕は充血した目で豆腐をにらんだ。豆腐なのは顔の形だけではないようだ。心も豆腐みたいに冷たくて、頭の中もつるつるしているに違いない。つまりは人情を理解していないのだ。そんな時、ノックの音が聞こえた。豆腐が面倒臭そうに「はい」と投げやりに言って、僕に内鍵を開けるように顎で指示する。僕はすぐに内鍵を開けた。先生が来たのかとばかり思っていたが、そこにいたのは巡だった。自分のランドセルを背負い、手には僕のランドセルを持っていた。
「荷物を届けに来ました」
そう言いながら巡は刑事に一礼する。そして、緊張した面持ちで、刑事を見つめたまま続けた。
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