5-2

 僕は先生たちを睨んだ。どの先生も僕から視線を外し、居心地悪そうにしている。僕はそれがどうしても腹が立って仕方なかった。それと同時に、祖母が殺されたのだと分かってしまった。


「分からないんだよ。まだ調べている途中だから」


「あのね、天地君。警察の方が学校に来ているの。天地君からお話を聞きたいんだって。子安先生がついていってくれるから、行ける?」


「一人で行けます。二回目ですから」


「でも……」


 先生方が眉をひそめて顔を見合わせる。山下は本当のことを僕に教えてくれたのだろう。山下は沢山の不幸な子供たちを見てきた。そしてそれよりもさらに沢山の不幸に酔う大人たちを見て来たに違いない。本来なら不幸であるという事よりも、その子供個人のことを真っ先に考えるべきはずなのに、それを放棄した大人たちは山下にとって傷の舐め合いで満足するただの幸福な人々にすぎなかったのだろう。


「一人で行きます」


 僕はそう言ってベッドから落ち、靴を履いた。久しぶりのベッドだったが、布団に慣れていた僕にとっては柔らかすぎた。


「どこですか?」


 僕は腕で何度も目を擦って、涙を隠した。しゃっくりが出そうで出なかった。


「相談室まで付き添うよ。部屋の前まで」

「相談室ですね。分かりました」


 僕は相談室をよく利用していたから、場所はすぐに分かった。具合が悪くなってもすぐに帰れるように、保健室の近くにあった。いずれも一階にある。スクールカウンセラーの人と、僕は度々会っていた。曇りガラスの向こうに黄色い布のつい立があって、中が見えないようになっていて、内側から鍵もかけられる。そして自己や他者を傷つける恐れがない場合には、相談内容が外部に漏れ出ることはない。


 僕は結局、一人で保健室を出て、相談室の前まで来た。子安先生は、ついてこなかった。先生方は心配そうに僕の背中を見送っていた。眉を八文字にして、その間に深く刻まれた皺。まるで傷ついた小動物を見るかのような目が、その下にあった。ドアをノックして「失礼します」と挨拶をすると、中から「はい」と返事があった。僕は中に入って内側から鍵をかけ、二人の男に一礼した。僕が何も言わず、ソファーに座ると、二人の刑事もソファーに腰を下ろした。僕の平然とした様子に、二人の刑事は顔を見合わせた。


「君が天地海君で間違いありませんか?」


 豆腐のように白くて四角い顔の刑事が事務的に質問してきた。


「はい」

「今朝は、お婆さんと会いましたか?」


 豆腐は淡々と質問を重ねる。


「はい。朝の四時ころに声をかけられて、二人で朝食をとりました。五時半に家を出たので、その後のことは知りません」


「随分早いようですが、いつもですか?」


「祖母はいつも通りに起きて、朝食を作ってくれたんだと思います。僕はもう少し遅く起きて、一人で朝食を食べて、学校に来ていました」


「今日は何か特別な日だったのですか?」


 まるで今日が「特別な日」であることを期待した言い方に、僕はいらついた。


「いえ。昨日、僕が具合を悪くして、担任の先生に家まで送ってもらいました。それで祖母は僕を心配してくれていたのだと思います」


 泣かないと決めていたのに、涙が出た。優しい人の温かい手。濃い味付けの料理。毎日の玉子料理。


『無理せんたていいがらな』


 その言葉が、耳の奥に溜まっている。しかし、そのすべてが失われた。僕はまだそれを信じ切ることが出来ずにいた。


「お婆さんは、今日誰かと会うと言っていましたか?」


 誰かと会うことが「特別な」事だったのだろうか。普段合わないような人が会いに来るとしたら、確かにその日は「特別な日」だったのだろう。犯人はその「特別な」人という事だろうか。僕が落ち着くのを待ってから、豆腐がきく。それは優しさではなく、単に泣き声は聞き取りにくかったからという理由だろう。隣のもう一人の丸刈りの刑事は、メモを取るのに必死だ。


「犯人は、分からないんですか?」


「いえ。犯人はおそらく、君のお婆さんを殺してから自殺した、君の叔母さんだと思います」


 僕の方を見ず、どこか別のところに興味があるようにしながら、豆腐はさらりと言ってのける。丸刈りがちらりと豆腐をねめつけたが、何も言うことはなかった。


「おばさん?」


 母に姉妹がいるとは、きいたことがなかった。祖母も叔母がいるとは言っていなかったし、もちろん会ったこともない。父も三人兄弟だと言っていた。


「叔父さんのお嫁さん?」


「いや、お母さんの妹さんだよ。近所の人の話では、いつも優秀な姉と比べられるのが嫌で、十八で結婚して家を出たきり、音信不通だったようだよ」


 つまり、祖母を殺す動機が、叔母にはあったということだ。しかし、何故今なのか、という疑問が残る。最近、祖母に起きた変化と言えば、僕を引き取ったことぐらいだ。


「僕のせいですか?」


「近所が犯人なら、そうかもしれなかったかもしれないが、どうも様子がおかしいんだよ」


子供が自分自身を責めているというのに、豆腐は何のフォローもしてくれなかった。ただ淡々と自分の疑問を口にする。そして僕も豆腐とまともな会話をすることを期待しないことにした。それでも、問わずにはいられなかった。


「どういうことですか?」

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