4-7

「うぢの子、何したんべ?」


 祖母が僕のことを「うちの子」と呼んでくれたことに、心臓がとくん、と鳴った。


「んねんね。たいしたごどではねぇんけげど、ちょっと部活ば頑張り過ぎで、過呼吸さなったっけみだいで。今日は無理させねでけろは。んだらば、お願いします」


 僕は祖母の横に並んで、先生の車を見送った。そして祖母は畑をいつもより早く切り上げ、僕の布団を敷き、お粥を作ってくれた。僕が風邪をひいた時に母が作ってくれたお粥の味にそっくりで、懐かしくなった。風呂に入って汗を流すと、体の強張りがほどけていく感覚を覚えた。手足のしびれも、もう残っていなかった。


「今日は早ぐ寝ろは」

「うん。ありがとう」

「お前、そうまでして、出の子と同じ部活すっだいのが?」

「うん、ごめん」

「べづに謝るごどでねぇ。明日、学校休むが?」


 僕は黙って俯くことしかできなかった。両親のことを思い出していたからだ。またあの時の事を思い出したら、再び他の人に迷惑をかけてしまう。今までSでの記憶を封印してきたのに、僕は自分が弱くて情けなくなる。もしもまたあの白いカラスを思い出したら、急にフラッシュバックを起こしてしまうだろう。


(僕は、どうすればいいの?)


「んだが。へらば買いにいがんなねべ」


 祖母は今思いついたかのように言った。


「へら? ああ、婆ちゃん、それはへらじゃなくて、ラケットって言うんだよ」

「ロケット?」

「ラケット」


 祖母が真面目な顔で間違えるので、思わず僕は爆笑してしまった。一文字違いで大変なことになってしまっている。


「高いのが?」


「どうだろう。本体の他にラバーとかフィルムとかいろいろあって、それによって値段が違ってくるみたいだから。明日の学校のことは、明日になってから考えるよ」


「んだが」


「おやすみなさい」


僕はそう言って、自分の部屋の障子戸を閉めた。布団に入ろうとしたとき、巡がランドセルに入れたメモのことを思い出した。だが、月明りは頼りなく、電気スタンドが光がもれたら、祖母に気付かれてしまう。明日にしようと思い、布団に入ると、悪寒を感じた。暑い夜のことだったのに、僕はその晩、布団にくるまって眠った。その悪寒の正体は、孤独だった。今日、あの事件のことを思いだして、両親の不在を再認識したのだ。この町に来て、皆に温かく迎えられたのに、どうしてもこの孤独感だけは拭い去ることができなかった。僕は寒さを抱いたまま眠りについた。


 翌日、ランドセルの中から僕はメモ用紙を取り出した。そのメモは「ネットで拾ったやつだから、気になったところがあれば、きけ」というメッセージで始まっていた。それ以降は、現在、様々な形で行われている人形供養の方法が書いてあった。


 その方法には、大きく分けて二つの種類があった。まず電話やネットの指示に従って、相手に人形を送付し、相手とは直接会うことなく、供養を行う方法。次に、最近葬式の主流になっている葬式代行業者や、寺社、観光で供養イベントを行っている場所に直接出向いて、供養に立ち会うというものだ。前者がいつでも供養を受け付けているのに対して、後者は年に一回など回数が限定されている。どちらも人形の数と大きさによって料金が変動するので、僕の場合は、安く済みそうだ。


「海」


 祖母の声に、僕は思わずメモを落としそうになった。


「はい。今行きます」


 僕の家にはネットもプリンターもないので、学校のパソコンを使って、自分でも人形供養について、調べてみようと思った。ランドセルに今日の授業分の教科書やノート、ファイルを入れて宿題も忘れずに入れた。


「何だ。学校さ行ぐのが?」


 祖母はわずかに残念がっているように見えた。


「うん」


 祖母は僕を気遣って、畑に出ないでいてくれたようだ。


「無理せんたて、いいんだがらな」

「うん、大丈夫。心配しないで」


 僕はいつもより少し豪華な朝食を食べ、祖母が洗濯して干しておいてくれた体育着をたたんでバッグに入れた。祖母はその間、何か言いたそうにずっと僕を見ていてくれた。


「行ってきます」


 僕は無理に明るく大きな声を出す。祖母は念を押すように再度僕に言った。


「無理せんでいいんだからな」


僕は笑顔でうなずく。


「分かってる。じゃあ、行ってきます」


「気を付けてな」


これが祖母の最期の言葉であり、最後の姿となってしまうという事を、僕はまだ知る由もなかった。




 そして僕はいつもより早く学校に行って宿題をして、巡を待った。やがて、ちらほらと生徒たちがやってきた。巡も教室に入ってきて、僕の方に近づく。


「メモ、どうだった?」

「ありがとう。参考にさせてもらうよ」

「もう、大丈夫が?」

「うん。本当にありがとう」


巡はぼそぼそと話して、最後にはうなずいて自分の席に着いた。


 つつがなく時は流れ、あっという間に最後の授業が終わろうとしていた。子安先生が手についたチョークの粉をはたいた時、青ざめたダルマが教室に突然走り込んできて、子安先生に何か耳打ちした。こけしもダルマも、顔が青ざめて、固まっている。二人とも、そんな表情のまま、二人は僕を見た。まるで、僕を怖がっているような、不気味がっているような目だった。僕は鳥の羽ばたく音を聞いた気がして、ベランダを見た。




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