4-6

 夕日に染まった一羽のカラスがけたたましく鳴いて、首を傾げて家路を急ぐように飛び立った。そしてあの光景に出くわした。そう言えばあの和服の女性は、返り血を浴びていなかった。佇まいが凛としていて、何となく神聖な感じもした気がする。しかし、今はそれどころではなかった。


 僕はあの時の光景をありありと思いだして、だらだらと油汗をかいていた。顔も唇も真っ青だったが、夕日のせいで誰も気付かない。部活動が一斉に終わり、多くの児童たちが行き交う中、僕の足だけが鉛を付けたように重い。瞬きも呼吸も思うようにできない。


「見違えたんですかねー、やっぱり」


 細谷君は笑いながら頭を掻く。


「でも、熊も野兎も、猿も猪も出るんだから、いるとしたら首部落だと思うよ」


 細谷君と巡の会話が、やけに遠くに聞こえた。


「そうっすよね。もしかしたら白蛇みたいに、見つけたら幸せに……」


「不幸になるよ」


 僕の乾ききった唇から出たのは、そんな言葉だった。その言葉こそ、不幸な響きを持っていた。二人は驚いて僕を見た。


「僕、見たんだ。白いカラスを。でも、その後家に帰ったら……」


 たどたどしい言葉に、あやしい日本語。僕の体はがたがたと震えだし、もはや立っていることはできなかった。膝から崩れ落ちた僕を、巡が咄嗟に抱えて、細谷君もそれに手を貸した。二人が僕の両腕を持って、隅に移動させ、校門にもたれかけさせる。とうとう僕の目は瞬きを忘れ、呼吸が乱れ、喉がヒューヒューと鳴っていた。


「細谷、保健の先生、呼んでこられるか?」

「はいっす」


 細谷君が全力で走り出したのと同時に、巡はバックの中からティッシュと水筒を取り出す。ティッシュにスポーツドリンクを浸み込ませると、その濡れたティッシュを僕の唇に押し当てた。わずかに口の中の渇きがおさまり、震えもおさまった。


「大丈夫が?」


 僕は強張った体で、何度かうなずいた。


「俺のは清めの水に、粉状のスポーツドリンクの素を溶かした、婆ちゃん特製のヤツなんだ。死は穢れ。穢れに触れすぎたんだ。やっぱり、一応人形供養してもらった方がいいど思うんず。だがら、メモはランドセルに入れでおぐさげ、一人でみろな。俺の家でもたぶんでぎるけど、苦手な人も多いがらって」


 巡はメモ用紙を四つ折りにして、僕のランドセルの隙間から中に入れた。その直後、鈴を鳴らしながら細谷君が戻ってきた。巡は細谷君のランドセルについた熊よけの鈴で、細谷君の近づき具合を計っていたのだ。後方から、こけしとダルマ、まな板と呼ばれる保健の先生が走ってくる。どこでこけしとダルマが一緒になったのかは分からない。僕は頭がぼんやりとして、座り込んでうつむいたままだ黙っていた。細谷君が一足先に着き、巡に様子をうかがう。巡は「大丈夫だ」と、笑って答える。


「車、もう来てんぞ」


 巡は細谷君を送迎するために来た軽自動車を顎でしゃくった。細谷君の母親らしき人が、駐車場に車を停めて待っていた。


「あ、はい。でも、天地さんが……」

「いいから帰れ。ただの脱水症状だ。過呼吸になったから手足がしびれて、しばらく動けないだけだから」

「良かったら、家の車で天地さんの家まで送りますよ?」

「先生に頼むから、いいよ。な?」


 巡に強く押された細谷君は、謝りながら帰って行った。


 駆け付けた先生たちに、巡はテキトウで、適切な説明を行う。僕はまな板からいくつか質問され、脈や手足のしびれ具合を確かめられ、帰宅してゆっくり休むように言われた。


 僕は子安先生の車の助手席に乗り、巡にランドセルとショルダーバックを渡される。巡が笑顔で手を振る後ろで、ダルマがまな板から説教をくらっていた。おそらく、部活内容についての駄目出しだろう。


 僕は、手足に痺れを残したまま、帰宅した。畑にいた祖母が、見慣れない車に気付いて、草刈鎌を手にして出てきたが、子安先生に支えられながら歩く僕の姿を目にして、鎌を置いて近づいた。




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