4-4

「まじ?」

「まじ」

「じゃあ、僕のためにCのメニューにつき合わせちゃって、ごめんね」

「いいんじゃね。初心忘れるべからず、ってやつだよ。ほら、筋トレだ」

「え? もう?」

「早ぐすねど、俺がごしゃがれっべ」


 筋トレは、腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットを十回ずつ五セットだ。その後、体育館の隅に並んで、反復横跳びしながら素振りを行う。卓球のラケットは持たない。僕はすぐに息が上がり、苦しくなるのに、巡は淡々とメニューをこなしていく。これがAとCの差なのかと思ったら、他のCの人も僕ほど疲れが見えていない。どうやら僕は軟弱者らしいと、思い知る。そして自己紹介の時にはもう既に僕は「相手にならない」、「最下位」と烙印を押されていたことに気付いた。妙に殺気立った雰囲気は、僕が卓球の巧い人間だったら、皆の地位を脅かすことになるからだったのだ。ここでは皆がライバルであり、切磋琢磨している場所なのだ。


「次、いくぞ」

「次? どこに行くの?」


 見れば同じCの人は球拾いをしながら大声で応援したり、掛け声をかけたりしている。「ファイト!」とか、「ドンマイ!」という聞き慣れた応援もあったが「ナイス〇〇!」などは何が「ナイス」なのかよく分からなかった。他にも節をつけながら小学校の名前を叫ぶものなど、様々な応援が体育館を飛び交っていた。そこに床を踏む音や靴底がきゅっ、きゅっとなる音が混じり、さらに点が入ると大声を出すので卓球部の一角だけでもかなり賑やかだった。耳元に口を近づけなければ、互いの声さえも聞こえないほどだ。卓球は静かなスポーツで、せいぜい点が入った時に叫ぶ程度だと思っていたのに、僕のイメージしていた卓球とは印象がかなり異なっていた。


(だから運動部の人って声が大きいのかな?)


 そんなことをぼんやり考えていた僕は、次の声出しの練習が一番きついことをまだ知らなかった。


「綾部先生、お願いできますか?」


 巡は、ステージ上で胡坐をかく、綾部先生に声をかけた。


「おう」


 ダルマはそう返事をすると、ステージの真ん中で仁王立ちしていた。僕はわけの分からないまま、ステージとは反対側にあるギャラリーに連れて行かれた。そこからはダルマがよく見えた。


「俺が手本みせっがら、後はまねすろよ」


 そう言った巡は、だるまと向かい合うように立って、すうっ、と息を吸った。そして何のはばかりもなく、大声を張り上げた。


「おはようございます‼」


 ダルマはステージ上で両手を使って大きく○を作った。どうやら、ステージまで声が届いたら、合格ということらしい。巡が立っていた場所に僕が立ち、声を出す。


「おはようございます!」


 ダルマは大きく×を出す。


「恥ずかしがってると、いつまでもやらされるぞ」


 巡にそう言われたが、恥ずかしくないわけがない。それに、体育館にいるのは卓球部だけではない。他の部の人に迷惑がかかるのではないかと心配になる。そんな僕の気持ちを察したように、巡は言う。


「全部の部活でこれくらいやっているから、大丈夫だ。それより、早くしないと綾部先生が怒鳴り散らすぞ。その方が迷惑だ」


 確かに、ダルマが怒ったら恐そうだ。僕は意を決して、すうっと、息を吸った。


「おはようございます‼」


 今度はダルマが〇を出した。


「そのいきで、挨拶し続けて。ガンバとか、ドンマイとかでも大丈夫ださげ。じゃあ、俺はもう行ぐは。台ば使いたいさげ」


「え? 一人でやるの?」


 僕が巡の背中に声をかけると、遠くから「当たり前だろ」という軽い声が返ってきた。そして巡は僕のところに一度戻って来て、耳打ちした。


「大声も呪いの一種だぞ。魔よけになるから、頑張れ」


 そう言った巡は僕の背中を軽く叩いて、今度こそ行ってしまった。結局、僕は一人、ギャラリーに取り残された。ステージ上では巡とダルマが何か話していて、巡はダルマに一礼してラケットを取り出すと、台に入った。


「おーい! 何ぼーっと立ってんだー?」


 ダルマが手でメガホンを作って、僕を急かす。僕は半ばやけになって、声がかれるまで大声で挨拶を繰り返した。判定では×が多かった。それでも叫び続け、ある程度○が出るようになったところで、ダルマが手招きした。僕が喉を抑えながら階段を下りていると、「走れ!」と、ダルマの怒号が飛んできた。僕が言われた通りに走ると、今度は「返事がない!」と叫ばれたので、「はい!」とかれた声で返事をした。もうこうなったら必死に練習についていくしかない。


 ステージ上のダルマは、太く黒い眉毛の下の大きな目で、僕を見下ろす。


「卓球やるのに声を大きく出すのは変だと思っているだろう?」

「は、はい」


 僕は息を切らしながらうなずく。するとダルマは豪快に笑う。


「卓球の試合は見たことがあるか?」

「テレビで、少し……」

「選手が点を取った時、叫ぶべ?」

「え? その練習なんですか?」

「違う! Aが大会に出た時、それよりも大きい声で応援する練習だ」

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