4-3

 掃除は練習前と練習後にモップで行うこと。台を出すときは、指を挟まないように注意すること。ネットはピンと張ること。他の部の邪魔にならないように、卓球用のフェンスを他の部との境界に設置すること。球は今のところ三〇〇個あって、毎日使用後に数が合っているか確認し、球の管理ファイルに記入すること。足りなかった場合は、見つかるまで皆で探すこと。ちなみに宿題忘れや遅刻があった場合、台が空いていても入れないことになっている。ボールは釣り具用の網ですくって集めるが、その時は台に入っている人の邪魔にならないように気を付けること。ウォーミングアップの前に、これらの準備を全て終わらせておくこと。全員がそろったら、部長の合図で綾部先生と東条コーチの前に集まり、その日の活動指示に従うこと。浜田君は事細かに場所を案内し、人の名前を教えてくれた。今、浜田君と僕は五年生だが、この部は弱肉強食の世界で、強い人ほど格上で、学年は無視されること。部長は六年生の多田ただという色黒の人だが、副部長は四年の転入生で、名前は細谷ほそやという背の小さい子だという。学年は一つ下だが、同じ外部からの途中入学というこで、にわかに親しみがわく。


「転入生?」


「地元は一緒なんだけど、山奥の人里離れた部落から来てる。昔はその部落にも小中学校があったんだけど、何年か前に廃校になって、こっちに通うようになったんだ」


 山奥と聞いて僕は驚かずにはいられない。この辺りだって僕にとっては「山奥」と言っていい。それなのに、さらに山奥から通う人がいるのか。しかも「小中学校」というテレビでしか見聞きしたことがなかった学校が、今は身近にあるのだと思うと、僕は言葉が出なかった。


こうべ部落って言うんだけど、その部落の出身者は卓球が強いって評判なんだ。やっぱり、住んでんのが山だから、体が鍛えられるんだろうな」


 僕が「へえ」と感嘆の息を漏らすと、「集合!」という多田の大声がした。この体育会系の声の張り方に、僕は常にびくびくしていた。浜田君は皆が集まった場面でも堂々と手を挙げて、「すみません、今日は体験が一人入っています」と言った。多田部長の睨むような目が恐ろしかった僕は、ずっと浜田君の陰に隠れていたのだが、後ろからダルマに押された。


「ちゃんと挨拶せい!」


 ダルマのおせっかいのせいで、僕は輪の中心に押し出された。多田部長が手招きして僕を横に立たせて「自己紹介」と耳打ちする。


「えっと、転校生の天地海です。あの、卓球はやったことがないので、よろしくお願いします」


 我ながら変な日本語だった。声も上ずって、最後の方は裏返ってしまった。だがそのせいか妙に殺気立っていた雰囲気が緩み、僕が頭を下げると拍手が起こった。するとすぐに多田部長が大声を発した。


「今から全員で準備運動後に十分間走。Aは台練習の後、試合形式の練習に入ります。Bは筋トレの後、Aの試合練習に合流。CはBと一緒に筋トレした後、声出しと球拾い。以上、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 多田部長の声に、皆で一斉に応え、頭を下げる。その後、すぐに東条コーチが口を開いた。


「そう言うわけで、三日間、浜田君にはCについてもらいます」

「よろしくお願いします!」


 僕は早くこの部になじもうと、がむしゃらに動き回った。


「間隔!」


 と言われて皆が一斉に両手を水平に伸ばすと、すぐに「一、二、三、四……」と準備運動が始まる。卓球台は六台しか出ていなかったが、ただでさえ狭いスペースなので隣の人と何度もぶつかりそうになり、はらはらした。それが終わったかと思うと、息つく間もなく皆一斉に走り出したので、僕もそれについていく。どこに行くのかと思えば、外に出て、校舎の周りを汗だくになって走る。グラウンドを走ればいいのにと思ったが、グラウンドでは野球やソフトボール、陸上などの部が使っている。そのため卓球部のランニングは、全く整備されていない場所で行われていたというわけだ。足の遅い僕は、当然次々に抜かれて、周回遅れになる。これほど長い十分を経験したのは、これが初めてだ。


「十分間走終わり! 五分休憩後に、各メニューに入って下さい」


 長い十分の後の五分の短さも、僕の体にはこたえた。皆走って体育館に戻り、水筒の水を飲んだり、タオルで汗を拭いたりしていた。僕はスポーツが苦手で、体育の授業や新聞でスポーツ欄を読むことでしか、スポーツに関わってこなかった。卓球は台の周りで動くだけかと思ったし、球速も遅いと思っていたのに、僕の考えは相当あまかったと反省した。


「熱中症なるぞ。それに、汗拭がねど、臭ぐなっぞ」


 僕は急いで水飲み場で水を飲み、顔を洗って、ハンドタオルで汗を拭いた。


 そんな時、ふわりと柔軟剤のいい香りが漂ってきた。見れば、女子の卓球部員五人だった。女子卓球部と男子卓球部は、基本的に別れて練習を行っていた。練習試合の時だけ一緒に練習を行うのだという。女子卓球部の面々は、固まっておしゃべりをしている。姫野もその中にいて、なじんでいる。僕は姫野に会ってはいけないような気がして、逃げるように体育館に戻った。


「あのさ、浜田君」

「巡」

「あ、うん。巡。ABCがランクだってことは、何となく予想がついたけど、巡はどこに入ってるの? 前に台に入っていたから、Cではないんでしょ?」

「俺? Aだよ」


部活をしている時の巡は、教室とは違って得意げによく笑う。


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