4-2
「浜田君がどこの出身かなんて、どうでもいいよ。ここのクラスには本当に悪い人はいない気がするんだ」
「変な奴」
僕は何も持たず、浜田君はラケットケースを持って、二人で肩を並べるようにして体育館に向かった。僕は浜田君のラケットが羨ましかった。両親がいた頃には、何にでも余裕があったから、すぐに両親が買い揃えてくれた。しかし今はその余裕がどこにもないのだ。ひたすら我慢するしかない。ラケットケースにはきっと、大会に出場できる立派なラケットやボール、ラケットのケア用品が入っているのだろう。ラケットケースに目が釘付けになっている僕に気付いた浜田君は表情を変えずに言った。
「すぐにラケットが使えるわけねぇんだから、それまで小遣い稼げ」
卓球部にいるのにラケットがすぐに使えないのはどういう事かと首を傾げながら、僕は体育館に入った。この時、巡が体育館に向かって一礼したので、僕も慌てて頭を下げた。
大きな体育館は、ネットやフェンスによって、四つに区切られていた。出入り口付近では左に柔道部、右はバレー部が活動していた。奥の柔道部の隣には剣道部がいて、バレー部の隣に卓球部のスペースがあった。浜田君が体育館に一礼して入ったので、僕もそれを真似して入る。体育館の隅を歩いて卓球部のスペースに入り、ステージ上に荷物を置く。そしてステージから降りると、赤いジャージの人と黒いジャージの人のところへ行く。赤いジャージの男の人は職員室を出入りしているのを見たことがあるので、学校の先生だろう。黒いジャージの人は校内で見かけたことはなかった。後に耳に挟んだ情報によれば、黒いジャージの男の人はこの小学校の卒業生で、外部指導員として卓球部のコーチをしているらしい。
「おはようございます。
浜田君が大きな声を出して、赤ジャージの綾部先生と、黒ジャージの東条コーチに頭を下げたので、僕も慌てて挨拶をする。放課後なのに「おはようございます」と挨拶をした浜田君について、何も言えなかったくらいに僕は緊張していたのだ。浜田君は僕をちらりと見て、綾部先生に向きなおる。
「こちらは、今日から体験入部の天地海君です。天地君、こちらが顧問の綾部先生で、こちらが東条コーチだよ」
浜田君も若干緊張した面持ちで、自然と僕に対する時もどこかよそよそしくなる。
「よ、よろしくお願いします……」
「おお、そうか。うちの部は厳しいぞ」
目がぎょろりと大きくて、黒いひげをたくわえた綾部先生は、その体型と赤いジャージとあいまって、だるまを彷彿とさせる。一方の東条コーチは、マッチ棒みたいに細く、弱弱しい不健康そうな印象を与えた。
「浜田、悪いけどここでのルール、天地に教えてやれ。三日間、お前が面倒見てくれると助かる」
「はい。全くの初心者ですので、道具の名前から教えても構いませんか?」
僕が道具の名前すら知らない本当の素人だということに、ダルマは目を丸くしたが、一つ咳払いをしてうなずいた。
「そうなのか。だったら台には入れないから、ボール拾いと掃除、ウォームアップから教えてやれよ。ちゃんと教えろ。ラケットは台に入れるようになってからな」
「はい。ボールから教えてきます」
浜田君が大声ではきはきと答えるところを初めて見たので、教室の浜田君とは正反対だと思った。それ以上に、怒鳴るように話すダルマは迫力があって、僕は委縮してしまった。もはや酩酊しているのではないかと思われるほどの赤ら顔だ。今や教師の行き過ぎた対応が問題視される中、ここではいちいちそんなことを気にしていられないのだ。僕はコバンザメのように、浜田君について歩いた。
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