3-6


「信じだが?」

「ただの噂」

「あの外見からは想像できないけど、姫野には付き合ってる奴が他にいるんだよ。浜ちゃんも女子人気高いし」


 からかわれたと分かった僕は、何だか嬉しかった。しかしそれと同時に恥ずかしかった。僕は耳まで赤くして、今度はそれを笑われた。そして、「関白」とか、「秀吉」とかとあだ名をつけられた。そして唐突に思い出す。僕はS市の学校で、親しいと思っていた友人からですら、仇名で呼ばれたことがなかった、ということだ。僕はこれまでずっと、「天地君」と、名字に君付けして呼ばれていた。名前ですら呼んでもらえていなかった。そこには、先生と生徒のような隔たりがあった。


「男子、先生来るよ」


 クラスの女子がわざわざ廊下に顔を出して先生の動向を教えてくれるところに、クラスの仲の良さが感じられた。三人はそれぞれ「やべぇ」とか「まじか」とか言いながら、わざとらしく急いで自分の席に戻った。遠藤君だけが、学級委員長らしく、最後まで残って僕を気にかけてくれていた。僕はその場から動くことができなかった。視界がぼやけて、周りがよく見えなかったからだ。


「お前、泣いてんなが?」


 やがて、こけし似の子安先生が小走りに僕に近づく。


「遠藤君が泣かせました―」


 伊藤君がそう言うと、「えー?」とクラスじゅうが声をそろえて騒がしくなった。教室で自分の机に座っていた全員が、一斉に廊下に集まった。そこに浜田君はいなかった。先生はいかにも困り果てた様子の遠藤君に、「何したなや?」とたずねた。遠藤君は首を振って、「普通に話してたら、突然です」と正直に答える。子安先生が僕にも遠藤君と同じことをたずねる。僕はしゃくりをあげながら、答えた。


「僕、うっ、嬉しくて。最初は、怖くって、ふ、不安、だった、けど、本当に、ここに来て、良かった、って、思い、ました」


僕が僕がそう言うな否や、教室から手を叩く音が聞こえた。


 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……。


 その音が徐々に増え、重なり、大きな拍手となった。僕は子安先生と、遠藤君と一緒に教室に迎えられた。


「ありがとう」


 僕は拍手の根源となったであろう浜田君にそう言ったが、やはり教室の彼は無言でうなずくだけだった。


 田舎のイメージとして「人情深い」とか、「人が温かい」とか言う人がいる。僕もそうだった。しかし、実際は大きく異なっていた。僕も最初は田舎が排他的で、冷たいことにがっかりした。それでも、その土地の中に根差そうと努力している人に対しては、「人情深く温かい」のだ。多くの都会の人が抱くイメージには、条件が付いていることをここに来て僕は初めて知った。後悔したり反省したりすることが多い日々だった。それと同時に、初めて知ることや気付かされることも、同じくらい多かった。そんな日々が僕は楽しくて仕方なかった。




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