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僕は宿題を取出し、鉛筆を手動で削り、スタンドの電気をつける前に戸をしっかり締めた。隙間なくしまったことを確認して、僕はドリルやプリントを書き始める。以前、戸に隙間があるままスタンドの電気をつけて、大小さまざまな虫が大量に家に入ってしまったことがある。その時は祖母と二人で殺虫スプレーをまいたり、虫を箒で掃きだしたり、本当に大変な目にあった。S市でも虫はいたが、コンビニの誘蛾灯が関の山。こちらの虫はその種類も多さもS市とは比べ物にならない。海外でもやけに派手で大きな虫はいたが、ここは日本だ。それなのに、僕は海外よりもここでカルチャーショックを受けている。
日が傾いて、祖母が汗と土にまみれて裏口から家に入ってきた。祖母は働き者だ。本当に太陽と一緒に生活をしている。日の出とともに起床し、朝食を作って食べ、畑に行ったり田に行ったりして一日を過ごし、夕方に家に戻ると、夕食を作り、僕と一緒に夕飯を食べて眠る。ほとんど毎日、この繰り返しだ。天気が悪い時には、念入りに掃除をする。洗濯ものは風呂に入っている間に回し、眠る前に干した。祖父は五年も前に癌で亡くなっているから、祖母は一人でずっとこんな生活を送ってきたことになる。僕は祖母がこんなに広い家に一人残された時、寂しくなかったのかきこうとして、やめた。寂しくないはずがないからだ。祖母が僕を引き取ったのは、僕の気持ちを誰よりも分かってくれたからなのかもしれない。だから自分の娘である母が亡くなっても、僕の前では涙一つ見せずに、仕事に打ち込んでいるに違いない。本当に頭が上がらない。
収穫した野菜は、最近できた道の駅にも出荷している。形や色のいいものは売り物になるため、家では曲がったキュウリや色の悪いトマト、傷のついたナスを食べる。恥ずかしい話だが、僕は母が買ってくるきれいな野菜を当然のように食べていた。規格外の物は行先すら考えたこともなかったし、キュウリがこんなに曲がっているのもここで初めて見た。まるで英字の「C」だ。しかし今は、むしろ規格外の野菜の方が美味しいと思うようになった。きっと水がきれいだからだと、僕は勝手に思っていた。S市の水は煮沸しなければ飲めないくらいにまずかった。しかしここでは水道水がまるでミネラルウォーターのようだ。しかも井戸水がまだ生きていて、洗濯やトイレ、野菜の水やりには、その井戸から引いてきた水を使っているという。そのため上下水道代は、使っている量の半分の代金で済むのだそうだ。
外からメロディが聞こえてきた。町の防災無線が時を告げているのだ。町中にあるスピーカーからは、防災に関することはもちろん、選挙結果や気象注意報など、個々の暮らしには欠かせない情報も流す。時間は午前十時と十二時、十五時にサイレンで知らされる。休憩時間やお昼の時間を知らせるためだ。そして一日の終わりに十八時にメロディが鳴る。「ふるさと」のオルゴールバージョンだ。腕時計をせずに農作業を行う人が多いため、これも重要な生活情報だ。防水や防塵の時計は知っていても、農作業には適さないと、祖母をはじめとする年配者たちは口をそろえる。スマホなどはもってのほかだ。もちろん、スマホを農業に取り入れている農家もあったが、ここでは「若い人がやること」であり「軟弱者」であり、何より「農業をなめている」と思われるのが落ちだった。
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