2-6

「高いんだと思う。俺はやったことないからわかんないけど、あんなの所詮、ぼったくりだろ? モノによっては本当にちゃんとしたところに頼まないといけないし……」


「俺は、ってことは、誰かやった人を知っているの?」


「ああ、まあ、そうだな。お前、本当に勘が良いな」


 浜田君は自分の失言に小さく舌打ちをした。


 突然廊下の方から、甲高い少女の声が響いた。僕と浜田君は驚いて声の方を見る。そこには、息を切らした女の子が立っていた。真っ黒な髪はおかっぱで、黒縁眼鏡をかけた色白の子だ。洋服よりも和服が似合いそうで、座敷童のような印象を受ける。クラスにはいなかったから、隣のクラスの子だろう。体育着を着ているから、部活中かもしれない。


「巡、何話してんのよ! 部活にも来ないで」


 浜田君は、大きく舌打ちをした。それは僕というよりその女の子に聞かせるためのような舌打ちだった。しかし女の子はそれに臆することなく、浜田君を睨みつけていた。一見おとなしそうな女の子の外見とはちぐはぐな印象を受ける。浜田君を呼び捨てにして会話を意図的に遮った彼女は、一体何者だろうか。僕は完全に蚊帳の外にいて、浜田君と女の子を見比べる事しかできなかった。


姫野ひめの、学校でその呼び方は禁止だぞ」

「はぐらかさないでよ。そんな話、学校でしていいわけないでしょ⁉」


(そんな話?)


 僕が反応して浜田君を見ると、浜田君は姫野に向って二度目の舌打ちをした。


「あー、もー、めんどくさいな。分かったよ。今から部活に行くよ。悪いな、海。俺は部活してから帰るから、お前も気を付けて帰れよ」


 浜田君は素早く体育着に着替え、姫野と一緒に教室から逃げるように去って行った。その間、姫野が僕を、怒っているような、憐れんでいるような、そんな顔で見つめていたことが気になった。


 僕はランドセルを開けて、仮入部届の用紙を引っ張り出し、志望欄に「卓球部」と書いて切り取り線から切り取ると、残りをランドセルに戻した。保護者の欄には、すでに祖母の名前とハンコがあった。「あまりお金のかからない所に入りなさい」という祖母の言葉が、耳の奥に残っていたが、実のところ、どれにどのくらいのお金がかかるのか、さっぱり分からなかった。ただ僕は、もっと浜田君と話をしてみたくなったのだ。


 僕は細い紙切れを潰さないように握り、職員室に向かった。ドアの前にランドセルを置いて、ドアをノックする。


「失礼します」


 そう言って入室すると、僕の顔を見た子安先生が手招きをした。若いのに髪の毛の少ないところが、やはりこけしに似ていた。


「どうした?」


「これを提出するために来ました」


 僕は握っていた紙切れを差し出す。




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