1-11
僕は密かに自分が犯人、もしくは犯行の原因とされ、牢屋みたいな所に入ることを恐れた。両親が死んでしまったのに、自分の心配なんて愚かだと思うが、僕にはまだ自分の力だけで生きていく力はない。
「近く、とは言っても隣県だが、母方のお婆さんが君を引き取ってくれるそうだよ。俺は、良かったと思う。施設は満員で、親戚はかかわろうとしない。学校も変わるから、苛めのリスクも減るからね。だから俺が君は他の子と比べて幸福な部類に入るだろうと思う」
僕の母方の祖母は、二つ返事で僕を引き取ることを了承してくれたらしい。そして今、遠い所から僕を迎えに来るために車を走らせているという。
「何ですか、さっきから。両親を殺された僕が幸福? 一体どこまで僕をからかえば気がすむんですか?」
僕は胸に風穴があいて、今度は腹にドロドロとしたものが沈殿していくのを感じた。だから、あえて敬語を使う。しかしそんな僕を山下は鼻で笑う。
「俺は現実主義者なんだよ。お前みたいなガキはたくさん見てきた。施設でも学校でも、家でも苛められて、人生が狂った奴を見てきたんだ。それに比べりゃ、お前なんて楽なもんだろ。何にすがって不幸ぶってるかは知らねえし、知りたくもないけど、現実見ろよ」
僕は山下をにらみつけた。緊張した空気が、無音のまま流れていく。
「お前に同情するとしたら、一点だけだ。お前には、憎む対象がいないってことだよ。だから、自分を恨むしかない。ほら、これやるよ」
山下は銀の名刺入れを爪ではじくようにして開け、一枚の名刺を取り出すと、僕の目の前に置いた。それはジッポに火をつける仕草に似ていた。
「憎むなら、俺でも憎んどけ。けど、憎んでいいのは俺だけだ。間違っても他の奴を憎しみの対象にするなよ。分かったか」
山下はそう言って、部屋を出て行うとした。
「人殺し!」
僕は山下の背中に向かって叫んだ。
「おう。そのいきだ」
山下は何故か嬉しそうに笑って、そう言うと、部屋のドアを閉めた。
僕は山下の名刺を受取って、また泣いた。それはさっきまでの冷たい涙とは違う涙だった。僕の中の黒い澱は、いつの間にかなくなっていた。
しばらくして、僕のランドセルを持った女の刑事が入ってきて、ランドセルを僕に渡した。
「お婆ちゃん、そろそろ着くみたいだよ。一緒に待とうか」
優しい女性の声が、母と重なって、僕はまた泣きたくなったが、涙を拭いて大きくうなずいた。「お父さんとお母さんに会いたい」と言いたかったが、台所での光景が思い出され、言う事が出来なかった。僕は山下の名刺をポケットに入れて、ランドセルを抱え、部屋を出た。
他のキーホルダーと一緒に、エケコ人形が揺れていた。
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