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 夏休みが明けると、僕はランドセルに紙幣と本のミニュチュアを下げたエケコ人形を、キーホルダーのようにして登校した。


 思った通り、僕の周りには登校直後から人垣ができた。その人垣を率いるように教室に入る様は、さながら人々を導く王様のような気分だった。


「あー、それ、テレビで見たことある!」

「本物⁈」


 最初に食いついてきたのは、やはり女の子たちだった。そして少し遅れて男の子たちもつられて集まった。「それは現地で買ったんだから、折り紙つきだ」と僕は言う。そして、この人形を作った人と父が話して最後の人形を買ってくれたのだと言い足した。


「すげーじゃん!」


 単純に羨望の眼差しで叫ぶ者もいれば、恨めしそうな声を上げる者もいた。


「いいよな、金持ち」

「お前の家、年に一回は外国行くんだろ? 俺の家なんか婆ちゃんの田舎だぜ?」


 夏休みのプールや虫取りで焼けた肌の級友たちが口をとげる。僕の場合は言うなれば、赤道焼けだった。


「しかもお前、金と本って、欲張りだな」


 紙幣のミニチュアは金運や仕事運がアップする。本のミニチュアは学業や志望校合格に効果がある。僕の成績はクラスでもいい方だったが、持っているだけでテストの点数が上がるなら、それに越したことはない。


「二つもつけて大丈夫なの?」

「え?」

「だって、初詣の時とか、神様には願い事を一つにした方が良いって言うから」

「大丈夫だよ。これは神様じゃなく、ラッキーアイテムだから」


 僕の両親は国内トップの大学を出て、一流企業に勤め、温かい家庭を築き、僕の勉強も熱心に見てくれている。おかげで、僕は塾や習い事をしなくても、様々な経験を積むことができた。海外旅行もワーキングホリデイや海外出張を経験してきた両親が、僕に小さい時から国際的な視野を持たせるために毎年行っているのだ。いつかは僕も父や母のように堂々と海外の人々と話したり、お金のやり取りが出来るようになったりするだろうか。両親がいない海外旅行なんて、今は考えるだけで心細いが、いつかはその時が来ると思っていた。僕は皆とは違う視点を手に入れ、その世界を自由に、時には果敢に飛び回るのだと信じていた。傲慢な願いだが、いつの頃からかそれは僕の目標となっていた。


「皆にも現地のチョコレート菓子を買ってきたから、後で先生が配ってくれると思うよ」

「今年もチョコか」


 わずかに溜息をもらした級友の発言に、僕は不安になった。やはり激安のチョコレートは皆の期待外れだっただろうか。


「嫌だった?」

「いや、外国のお菓子なんてめったに食えないから嬉しいんだけど、毎年じゃん。毎

年違う国に行って、何でお土産は同じチョコなのかな、って」


 この発言を聞いて、僕は安堵する。


「チョコレートには、外れがないからだよ」


僕は父の口調を模倣した。


 しかし、今回のチョコレートは外れたかもしれないと、僕は内心はらはらしていた。ヨーロッパでは高級そうなチョコレート専門店で、クラスの人数分を買っていた。もちろん箱付きだ。一方今回のチョコレート菓子はバザーで買った激安の量り売りチョコレートだ。もちろんこちらは箱などなく、ビニール袋にいっぱい入っている。


 先生がチョコレートの入ったビニール袋を掲げ、皆に向って声を張る。


「天地君からエクアドルのお土産を貰いました。一つ取って、後ろに回してください」


 先生は出入り口の一番前に座っている二人の児童に、ビニール袋ごと渡した。そして、この機会だからとエクアドルについて説明を始めた。


「エクアドルは赤道の近くにあって、中南米の国の一つです。ここですね」


 先生が地球儀を持ち出して指を指しながら説明していくが、チョコレートに夢中で誰も聞いていない。僕は先生の説明もチョコレートも経験済みのことだったので、暇を持て余していた。先生はチョコレートが皆にいきわたったことを確認して、地球儀を元の場所に戻す。


「では、天地君にお礼を言ってからいただきましょう。せーの」


 僕の席に皆が注目し、声を合わせた。


『ありがとうございます。いただきます』


そう言って、皆はチョコレートを口に運んだ。


 父が味見をさせてもらって買った物だから、信用してはいるが皆がどう思うか心配だった。


 見た目は丸くて、日本の某チョコレート菓子に似ている。中にはブルーベリー味のチョコレートが層になっていて、その中心にはパフが入っている。僕も一粒食べて、美味しいと思ったからこれにしたのだが、やはりヨーロッパの箱付きの物とは見た目の落差がありすぎる。


 チョコレートを食べた皆の感想は様々だった。「チョコとブルーベリー合わねぇ」と言う人もいれば、「パフの食感が良い」という人もいた。賛否両論が教室に渦巻いたが、皆、義理なのか「美味しかったよ。ありがとう」と、僕の机に来てはお礼を言ってくれた。




 放課後、僕は帰ろうとランドセルに教科書やノートを詰めていた。誰もいない教室が夕日に照らされて、燃えるように赤くなっていた。今までの喧騒が嘘のように、静かだった。僕の黒い影が、机や椅子よりも長く伸びていた。呆けていた僕の目の前を、一つの影が横切ったかと思うと、けたたましい鳴き声がした。驚いて振り返ると、ベランダに一羽のカラスがいた。


「え……?」

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