一章 人形買い〼
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ある噂を耳にした。その噂の出どころは分からないが、というか、そこが噂の気味の悪さであるが、それでも興味を引く噂はいつだって、世の中に蔓延し続けている。しかも、今のSNS社会では、それが共同体規模ではなく、世界規模で行き交っている。よく考えると恐ろしい社会だ。
しかもこの噂というものは、主に女性や女の子の心をとらえやすい。
この噂話も、教室やコンビニで、女子や女性から聞いた話だった。
聞いたというよりも、自然に耳に入ってしまったのだ。盗み聞きと言われれば僕が悪いような印象をもたれるだろうが、周囲に聞こえる声で話す方も、立派なマナー違反だ。女性は何故か、噂話、特に恋愛話になると会話が弾むらしい。メイクやファッション、世間体や占い、マスメディアのゴシップネタだって、結局は恋愛話につながっている。メイク術やファッションセンスを競い合うのも、流行に必死で過敏なのも、周りにダサイと思われたくないからだ。そして最終的には、異性や好意を持った相手の興味を引くためにそれらに日々心血を注いでいるのだ。特に雑誌や新聞の占いなどは、完全に恋愛ありきのことしか書いてはいないし、朝のテレビでもそうだった。しかも星座などに順位をつけておきながら、ラッキーアイテムやラッキーパーソンという謎のアドバイスまでついてくる。
僕がこれからかかわることになる噂話も、「占い」といういかがわしい噂話の中にあった。正確には、僕がかかわることになるものは、「占い」とは何の関係もないのだが、類は友を呼ぶように、「占い」のついでにその噂はひょっこりと顔をのぞかせた。
おそらく彼女たちの大きなカテゴリーの中では、占いと同じくらい興味を引いて、それと同時に占いと同じくらい関心がないものとして、扱われていた。文字通りレッテルを貼れば、「面白そうだが、いかがわしいもの」である。
僕も初めは気にしないでいたから、いつものように噂話を聞き流していた。僕の机の横で、女の子たちが「エケコ人形」のことを話し出す前までは。
「昨日テレビ見た? 恋愛成就の人形だって」
一人の女の子が、興奮気味に身を乗り出す。フレアスカートがふわりと揺れた。声のトーンが急に高くなる。窓の外には校庭に植えられた桜が葉桜となって、風に揺れていた。
「見た見た。エケコ人形でしょ?」
女の子の正面にいた別の女の子も、身を乗り出す。女の子はいつだって、共感性を大事にする。僕はそこに熾烈な女の戦いが、もはや生まれつき備わっているのではないかと恐ろしく思った。そう思いながらも、女の子たちの話が気になっていた。
「いいなぁ。欲しいよね?」
「でもバッタモン多いんでしょ?」
「南米だかどこだか知らないけど、現地には行けないもんね」
僕はこの話を耳にして、調子に乗った。鼻を高くして聞いていたと言ってもいい。何故なら今年の夏休みに、僕は家族旅行でエクアドルに行くからだ。エケコ人形はエクアドルのラッキーアイテムだ。
僕は長期休暇の時には、毎回海外に旅行に行く。これまではヨーロッパが多かったのだが、今年は少し趣向を変えてみようという話になり、エクアドルを選んだ。エケコ人形のことも、もちろん知っていた。
エクアドルと言えば、年末に行われる「人形燃やし」が有名らしいが、今回は夏に行くのでそれは見ることができない。「人形燃やし」は、その名の通り人形に火をつけて燃やすというエクアドルの年末行事だ。僕はエクアドルに関するサイトを見て回り、エケコ人形を紹介するサイトにも行ったのだ。
しばらくしても、女子の会話は続いていた。ただし彼女たちの手に入らない物だと分かると、急にエケコ人形は話題の中心から遠ざかっていた。
「人形とかぬいぐるみって、いらなくなった時に困るよね」
「そうだよね。魂入るって言うもんね」
エクアドルに本物のエケコ人形を買いに行けない代わりに、今度は人形の悪口を言って自分たちを慰め、納得させている女子たちの姿は、滑稽だった。僕は笑いそうになるのをこらえた。
「そうそう。うちさ、ひな人形とかマジいらないんだけど。人形供養って、一体でいくらって、お金かかるみたいでさ」
「え? そうなんだ」
「そうだよ。かなり高くつくよ」
「でもさ、これもテレビでやってたんだけど、いわくつきの人形とかぬいぐるみとかを供養してくれるお寺だとか神社だとかなかったけ?」
「いわくつきって、髪が伸びるとか? こわっ!」
「怖いね。だったらこんなの知ってる? そこも神社だったんだけど……」
「えー? 知らない。だって……」
「怖い……」
この先、女子の会話はオカルト系の話に移行していった。
僕はまた笑いそうになるのを必死でこらえなければならなかった。
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