「ビビってんじゃないの?」


 中性的な人物が、からかうように軽い口調で言う。ハスキーボイスのせいで、ま

すます性別があやふやになる。果たして女か男か。道化か王か。敵か味方か。


「まあ、これまでの依頼主たちの反応からしてみれば、まともかしら」


 長髪の女性は書類の山を机に置き、床に舞い落ちた書類を拾いながら言う。拾いながら腰まである長い髪をかき上げる彼女の姿は、とても女性らしく辛辣な言葉は似合わないと改めて思った。「これまでの」と言うからには、今まで何人もの人々がここを訪れたことになる。一体こんな所にどれほどの人が、どれだけの想いを胸に秘めてやってきたのだろう。そしてその人々の反応とは、どのようなものだったのであろう。そして何よりいつからこの三人はここにいるのだろう。いつから人を救い、助けてきたのだろう。僕には三人はとても若々しく見える。二十代後半から三十代前半だろうか。だが、見た目からは想像を絶する「治療」を行っている。まるで優れた老齢な医師のように、その技術と知識は優れているのだ。だから見た目よりも歳をとっていてもおかしくはないが、やはり見た目にはいくら多く見積もっても三十代だ。一人の性別があやふやなように、三人の年齢もあやふやなのだった。


 「助けること」と「救うこと」は、似て非なるものだ。「助けること」は身体的であるのに対して、「救うこと」は精神的、さらに言えば魂的である。この三人はまさに、魂を救っているのだ。彼らの言葉を借りれば、彼らは「魂を専門とする医師」なのである。まるで歳を感じさせないこの三人は、三人が暮らし、治療を行うこの木造の洋館の時そのものが、止まっているかのような、錯覚を起こさせる。


 窓の外では、植生豊かな森が光を浴びて輝いている。硬質な針葉樹に、柔らかな広葉樹。僕が名前も知らない木々たちは、細く、太く揺れて光をこぼす。鋭い熊笹や薄い蕗はその斑の光を浴びて輝いていた。三人は神々しく、その光を背負っていた。


「君はまだ幼い。親戚のところに行くのもいいし、児童相談所に行ってもいい。ただそれでは、こちらの支払いは滞ったままだ。幼くても、借金を返さなければならないことぐらい、知っているはずだよ」


「でも!」


 それは僕の意志ではなかったとか、そんなにお金が必要だとは思わなかったとか、いろいろ思ったのだが、次の句が出ない。もしかしたら「若い」ではなく「幼い」という言葉に、反発したかったのかもしれない。そんな僕の言葉を塞ぐように、院長は言った。


「君はちゃんと依頼した」


 静かな声なのに、相手に有無を言わせない。牧歌的であるという事が、相手にとって耳触りのいいことだけを言うのではないと、僕は思い知る。


「そしてこちらは、依頼通りの仕事をして、完遂した。そこには当然、賃金が発生す

る。言った通り、こちらの仕事は命がけの特殊な仕事だ。慈善事業ではやっていけない。よって請求額はけして安くはない。だけど、君は今お金を持っていない。君の貯金、両親の死によって入るお金を足しても全く足りない」


「院長、相手はまだ子供よ? 少しはかわいそうに思ってやってさ、手持ちの金で勘弁してやったら?」


 中性的な方が、僕の名前と写真が付いた書類を、すっ、と机の上に滑らせて、院長の目の前に押し出す。院長はその書類をちらりと見ただけで、何も言わなかった。ただ相変わらずの慈悲に満ちた仏のような半眼でいるのだった。僕はそのハスキーボイスに、助けを期待してしまった。しかしその淡い期待は、すぐに高い声によって蹴散らかされる。


「駄目よ。かわいそうだからといって、何でも許されるわけではないわ。いくらかわいそうでも、周りが何の見返りもなく手を差し伸べてくれるわけではない。それとも、あなたが不足分の面倒を見てくれるのかしら?」


 気の強い女性は、まるで相手の頬を叩くようにぴしゃりと言った。


「金の亡者が」


 顔をしかめて、ハスキーボイスが吐き捨てるが、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「何ですって? あなたこそ、依怙贔屓しているじゃない」

「金に溺れた女は醜いね」

「放埓者のくせによく言うわ」

「自分の態度を少しは見直せってんだよ!」

「恥じ入って反省するのは貴方の方でしょ?」


 院長を挟んで始まった言い争いは、激しさを増していった。院長は困り果てた顔で肘を机に付いて両耳を塞いだ。しばらくして板挟みになった院長は、深く溜息をついた。


「分かった。分かったから、やめてくれ」


 院長は二人に掌を見せて、空気を押すような仕草をした。まあまあ、と二人をなだめている。


「院長……」

「だって……」


 二人は納得がいかないと言いたげに、互いの顔を見合わせた。目がお互いに合った瞬間、火花が散って、二人はすぐにそっぽを向いた。二人の髪がばさりと、舞うように流れた。


「もう君たちの言い争いは耳に痛いよ。タコができているかもしれない。お金の問題はひとまず保留。この子には、家事手伝いと僕の助手と言うことで、様子を見よう。どう? 二人とも、これで文句はない?」


 院長は一転して態度を変えた。自分の両耳をさすりながら、口をとげている。いかにも妥協的な案だったが、僕にとって好条件に思えた。


「院長がそう言うなら……」


 アルビノの二人が抜刀しかけた刀を鞘に納める。どうやらこの二人のアルビノは、院長のいう事には基本的に反対しないらしい。二人が院長に対して尊敬の念を持っているのは、確かなようだ。




「待ってください。僕にはあんなこと分かりません」


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