プロローグ

 銀髪で色黒の青年は、恬淡としたまま薄く微笑む。今の状況やこの時が当然だと言うように。今がとても幸福だと言うように。彼が背負った観音開きの窓から差し込んだ光が、彼の影を机に落とす。白く塗られた鉄製の窓枠に縁どられた外の世界は、さながら「生ける絵」のようだ。窓の外では濃い緑が激しく自己主張していたが、そのおかげで彼の影は斑となり、風が吹くたびに、もしくは小鳥が飛び立つたびに、何度も揺れるのだった。椅子に座って両手を祈るように組んだ青年は、猫背をなおそうともせず、手に鼻を乗せるようにしている。

今、ふと僕は公園にいる気がした。白い鳩が沢山いる公園だ。幻覚だと気が付いた瞬間、一斉に鳩の群れが飛び立って、僕の視界を覆った。一瞬ひるんだ僕の目の前に、彼らはいた。


 彼を挟むようにして二つの影が現れ、僕は瞠目する。この二人はいつもこうだ。存在感がないというだけで、確かに存在しているのに、まるで舞い降りた小鳥のように自由で気ままに現れる。だから僕は、この二人を認識したとき、いつも鳥の羽ばたく音を聞いたような心地になるのだ。二人はそれぞれ一羽ずつ白いカラスを飼っていることもあり、僕にはそのカラスの化身がこの二人であるようにさえ思えた。三人はどこか浮世離れした雰囲気をその身にまとっていた。この外から隔絶された場所が、その雰囲気を醸し出しているのではないかと思われた。


 右側には、大きなツバのついた帽子を被った中性的な人物が、後ろ向きで机に手をつき、一枚の紙をひらひらとさせている。その書類の一番大きい欄に、見覚えのある名前を見つけた。僕の名前だ。そしてその名前の横には僕の顔写真まで付いている。ただその写真は遠くから隠し撮りされたような写真だった。僕には全く身に覚えがない。それは文房具店で母に教えてもらった履歴書と言う物に、よく似ていた。

左側の髪の長い女性はたくさんの書類を抱え、今にも書類の山を崩しそうになっている。はらはらと、書類が山から数枚こぼれる。その書類には見覚えのない名前と写真があった。写真はカラーの物もあれば、白黒の物もあった。白黒の写真は古い写真のようだ。書類の文字は今どき珍しく、全て手書きだった。それも至極当然のことだろう。ここにはパソコンもプリンターもないのだ。


 二人ともアルビノで、院長である青年とは見た目が対照的であるように見える。アルビノとは、染色体の何らかの異常で色素が抜けてしまった個体を指す。よって中性的な人物も女性も、髪の毛は真っ白で、瞳の色は南国の海の浅瀬のように青い。

ただし、院長の瞳の色は緑色をしているし、髪は硬質の銀髪だから、髪の色は三人とも白く見える。


 院長の家系は多くの異国の血が混じっている。欧米だけではなく、南米やアフリカ、ユーラシアやオーストラリア。地球儀のどこにピンを刺しても、院長の血筋がいる。しかも少数民族にその血筋が多いという。だからハーフとかクォーターとか、そういったレベルの話しではない。院長が日本国籍で、日本語を話しているのが奇跡的なくらいのレベルだ。そして院長が和装を好み、今日も着物なのがとても奇妙で、エキゾチズムに見えた。もしくは、扇子を持って着物を身にまとった金髪の女性がポーズをとっているジャポニズムの有名な絵画を彷彿とさせる。


この三人の職業は「シャーマン」だ。


 「職業」と言うと、少し語弊があるかもしれないが、人の需要に応じて仕事を行い、賃金を得ているのだから、日本語では「職業」としか言いようがない。

「シャーマン」と言う単語は、元々北方少数民族が使っていた言葉らしい。無理に日本語に訳すと「呪術師」とか、「呪医師」、もしくは「霊媒師」や「妖術師」。「精霊使い」とも訳されるそうだ。学術的な定義は「トランスを統御できる者」となる。「トランス」を辞書で引くと、次のようになる。




『催眠状態の時などに見られる、常態とは異なる精神状態。この状態では通常の意識は失われ、自動的な活動や思考が現れる』

                  <『広辞苑 5版』より>



つまり、通常ではない意識を自らコントロールできるのがシャーマンだ。僕にはさっぱり分からないが、とにかく「普通」とは違った特殊な技能を体得しているらしかった。


女の人の服にはボルドーの赤ワンピースに黒いリボンがあしらわれており、白い襟には清潔感が漂っていた。一方、中性的な人物は白い無地のTシャツにGパンという、これもまた中性的な格好をしていた。


「何か質問は?」


黙ったままの僕に院長が言った。唐突な声に、緊張していた僕はびくついた。




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